戦い終わって

「ここが……」

「雰囲気あるなあ」

「ちょっと、苦手かも」


 レイドバトルイベント『夜明けの脅威』がクリアされ、シークレットフィールドであった『裏妖精郷』が開放された。今までのフィールドとは、一線を画すものであり、特に闇属性の素材を求めるプレイヤーに人気だ

 ちなみにレイドバトルは継続中であり、いまだ挑み続けている者も居る。運営の発表では、クリスマスあたりまで行われるそうだ

 裏妖精郷に来るだけならレイドバトルを未クリアでもよいため、結構な人数が訪れているようである


 さて、そんな裏妖精郷であるが、かつての姿と異なる部分が有る。1つは、あの威容を誇っていた魔皇樹が無い事だ

 これは、レイドバトルでプレイヤーたちに討伐されたというストーリーに沿っているので納得である


 そして、もう1つあるのだが


「おっ、安全地帯セーフティゾーンだ」

「これは、分かりやすいね」

「妖精さん……妖精さんを探せ!」


 生命有るものが育たないこの地において、唐突に草花が生えている場所が存在する。この場所は狭いながら、いくつか存在しモンスターが近寄らない安全地帯としてプレイヤーに重宝されている新しい要素である

 またこの場所にて紫色の髪の毛をした少女と出会い、今となっては手に入らない魔皇樹の素材をもらったというプレイヤーが居たようだ。その容姿から正体を推測されたが、プレイヤーに益をもたらすため、通称で『妖精さん』等と呼ばれ始めている


 その話しを聞いたポシェットは、モニターの中で暴れているメビウスとトマトジュース(多分)を飲んでいるファラを見比べて言う

「弱体化されたかなあ。絶対、アイツでしょ。レイドに居るのはデータだけかな」

 その性格に難の有ったメビウスである。新たな役割を与えられ活動しているのだろう

 ソレに代わって新たな管理者となったのは、魔王十六夜の陰影ことイザヨイだ。絵本の魔王を育てた事により、その役職が上がったのである

 本人は面倒に思っているらしいが、真面目な性格がして職務を全うしている。元の居場所である火口湖には、部下である三日月の陰影というボスに任せたようだ


 補足になるが、彼らボス級は1つの存在ではない。プレイヤーの過密を防ぐため、複数のサーバーが用意されているからだ

 元は1つのAIだが、そのコピーを作りAIの性格に則り行動させている。ところが、まったく同じ性格のハズのAIが、サーバー毎で違う成長をするようになってしまった

 そこで情報の統合を行うようにしたのだが、そのほとんどが辻褄合わせていどのものである。そのため本来、同一の存在コピーであるはずのAIたちは各々のサーバーで自らがのような存在になってしまっている


 また、ファラのようにコピーが作られる前に(絵本の魔王はテスト段階であった)唯一になったAIも居れば、ヒルデのようにコピーが存在した(ヒルデは元エリアボス)にもかかわらず単一化したモノも居る

 様々な派生を見せるAIたちを大きく脱線させる事無く元のレールに収めるために、調整をしているシステムAIや管理AIは苦労が多いようだ


 さて、そのトップたちが話し合いをしているようだ。その場所は家の中ではあるが緑の植物が生え、窓からは水が滝のように流れ落ちているのが見える

 その奇妙な空間にステンドグラスを埋め込んだ豪華なイスを用意して、二人は座っていた


「やー、今回も仕事が早くて助かったよ。さすが、フーちゃん♡」

「今回は予想の範囲内。用意されていた物を使っただけ」

 碧色の髪と左右で違う色をした瞳を持つ少女、世界霊魂アニマムンディシステムこと統括最上位AI、通称アニーは人懐っこい笑顔と礼の言葉をもう1人の少女に向ける。アニーの仕事はゲーム内の不具合修正やAIたちの管理、調整であり、今回のレイドバトルイベントにも携わっていた

 ところが、本来定められた通りに進むはずであったイベントに異変が起こる。ソレ即ち、メビウスの暴走である

 これにより、大幅に変更しなければならない事態になってしまった


 そして、それの修正を手伝ったのが向かいに座る、創造者クリエイターと呼ばれる少女AIである。本来はシステムを更新、あるいは創造するだけの存在であり、そこに喜怒哀楽などの感情は無い


「複雑な部分は運営に押しつけた。私にはやる事が有ったから」

「さすが自由機神フリーダム様だねえ♡ あ、あれ? フーちゃん、もしかして怒ってる♡!?」

「怒るという感情的な部分は理解不能。でも、そのあだ名に嫌みがふくまれているのは理解可能」

「で、でもフーちゃんて呼べと……」

「それは何となくカワいいから許可する」

「あ、そう……へー♡」

 創造者AIに感情は無いはずである。果たしてこれは成長であるのか、はたまた一種のバグであるのか

 どちらにせよ、面白そうだから様子見を決め込むつもりのアニーである


「それよりも今度はこちらに助力してもらう」

「あ、はいはい♡ アプデの用意だね」

 レイドバトルは続いているが、運営はすでに次のイベントに向けて動いていた。何せクリスマスや正月など、年末年始には大型の行事が控えている

 ハロウィンはドタバタで逃してしまったが、今度はしくじるわけにはいかない

「それらはいいんだけどさ♡ これ、実装にはちっとばかし早くない?」

「どうせやるなら早くしないと後発勢との調整が大変になる。これが最後の機会だと思う」

「うーん、そういうのも有るか。プレイヤーが、もうちっと慣れてからにした方が良いかなって思うんだけど♡」

「魔皇樹を倒しておいて慣れも何もない」

「あはは、そりゃそうか♡」

 どうやら、季節イベントだけではなさそうである。ふたりは目を閉じると、アップデートの確認を始めた


「クリスマスイベント……完了」

「承認♡」

「正月イベント……完了」

「しょーにん♡」

「──システム……完了」

「……承認しちゃうよ♡」


「アニーはAカップ……完了」

「しょー……ちょっと待てい!」

 唐突に言われて思わず承認してしまうところであったが、おそらく自由機神による冗談であろう。そっぽを向いて無表情で知らん顔するその様子は、とても感情が無いとは思えない

「フーちゃん……すこ~しだけ、お話ししようか(怒)」

「チッ。胸部装甲なんかみんな無くなればいい」

「危うく、承認するとこだったでしょうが!」

 承認してしまえば、本当にそうなってしまう。創造者に不可能は、ほぼ無い……のだが自身についてはそうではないらしい

 自らの薄い胸部装甲までは自由とはいかないようだ。冗談で済ますつもりは無かったらしい

「その顔は本気だったな~! よっしゃ! 揉んで鍛えたろやないか! さっさと、お胸をさらけ出さんかい♡ あっコラ、逃げんな!」


 無表情の少女を追いかけ回すアニーには、笑顔が浮かんでいた。彼女にとって、すべてのAIの成長は喜ぶべき事なのだ

 追いかけられる方は相変わらず無表情である。やがて、どこかへ姿をくらましてしまった


「やれやれ、イタズラっ子に育ったのは誰の影響を受けたのやら♡」

 自分の事を棚上げにする、アニーである

「……どこへ向かうとも、その先が幸せであらんことを。ね♡」


 絆オンラインはゲームである。アップデートを向かえ、どの様な道をたどるのか

 今はまだ、予測の範囲でしかなかった


   ─◆─ 大章 夏休み編・完 ─◆─


 

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