夜明けの脅威
「よろしい、本懐である」
「
「やめろ! 縁起でもない」
ポシェットのスキルが発動し、戦場にワーグナーの『ワルキューレの騎行』が響き渡る。この曲を聞いてテンションが上がるのは、もはや日本人としての
ところで、ワルキューレの仕事は勇敢な戦士の魂を天上界へ導く事である。縁起でもないとは、つまり戦死を意味するのだ
「何で
「タマを守るためさ」
「お前、言いたいのは分かるけど死ぬぞ」
こちらは、もはやお約束のセリフである。知っている人には、攻撃ヘリの編隊飛行が思い浮かぶだろう
わざわざ、地面に兜を置いて防御力を下げてでも言ってみたかったのだろうか
「さてー、ジークフリートはブリュンヒルデと結ばれるかなー。ねー、カボチャさん」
「……」
「その沈黙は肯定と否定、どちらかなー? ふふー」
モモのからかいをジャックは沈黙でやり過ごそうとしている。歌劇では炎の壁を越え、眠っているブリュンヒルデを目覚めさせるのがジークフリートなのだ
そして、我らがポシェットはというと
「ワルキューレが、わたしを除いて8人。ということはプラス80%で……攻撃力が2倍だあ!」
正しくは物理の攻防力と魔法攻撃力である。滅多にない倍率に、テンションが上がったのか小躍りして喜んでいる
「ふむ、舞台は整った。これより、我らは攻撃を開始する……続け! ホヨト、ホー!!」
『ホヨト、ホー!!』
その唱和の声と同時に、ワルキューレたちの足下から魔方陣が浮かび上がった。それらは召喚の魔方陣であり、現れたのはワルキューレが乗る馬たちである
当然、普通の馬ではなく、ワルキューレたちの特徴に似た性質を持つ
そのどれもが美しい光彩を放ち、艶やかな毛色をしていた
「
ヒルデが騎乗するのは、エルのナイトメアである
相性が良いのか、ナイトメアの方も満更ではなさそうだ。スクルドは
そしてポシェットの前に、一頭の神馬が現れた。ポシェットのヨロイと同じ色の白銀の馬であり、取り付けられた鞍は黄金の縁取りがされている
たてがみは虹色に輝き、最大の特徴として何と脚を8本、有していた
「……コレ、ヤバいんじゃない? 主に
「おお、正解だよ。スゴいのが来たねえ」
「ヤッパリー!! ってか、そんなお気楽で良いの!?
八脚馬スレイプニル
北欧神話の主神、オーディンが駆る怪馬である。オーディンはワルキューレたちにとって上司みたいなものなので「ちょっと社長のベ○ツ、借りまーす」と言っている様なものだ
スクルドのお気楽な言葉に、北欧神話を知るポシェットが慌てるのも仕方ないのである
「大丈夫だよ、これはゲーム。その馬さんの発生も特殊だから、北欧神話とは関係ないよ。疑うなら波動共感で観てみなよ」
波動共感とは、精霊種同士なら何となく正体が知れてしまう特殊技能である。これにより、たとえ姿形が変わろうとも「おめーの、属性は○○かよ」と判明してしまうのだ
「んなっ!? あんたか、
それはレイドバトル前半戦において、門の向こうであるボス部屋の主だったモノだ。様々な精霊が合体した存在であり、とてつもなく強い
最後はリックスの必殺技で切り裂かれたが、何とポシェットと同じ姿で巨大化し、ボスとして復活を遂げてしまった
それでも何とか討ち倒したのだが、それが後半戦突入のトリガーとなって現在に至る。プレイヤーにとっては、厄介な存在という認識である
「リーダー、大丈夫だよ、倒された相手に歯向かったりしないから。それに戦闘力は、そんなに無いから」
そう言うのは、水色のヨロイを着け
「元水精霊、名前はウィスカルドだよ」
ワルキューレたちに初めて会った気がしない理由が判明した。この娘たちは、ジャックとヒルデがマザーの所から連れてきた精霊が進化した姿だったのだ
元々、水の精霊だったためか、ゆったりとした性格のようだ。その手には
その他にも
「また目立つなあ。まあ、もうあきらめてるけどね」
光の軌跡を描きながら、ワルキューレたちは魔皇樹に向かって駆けて行く。プレイヤーたちは空を見上げ、その姿を眺めていた
「……綺麗」
「これがワルキューレの騎行か」
「いや、馬……なのか? アレ」
狼っぽいのや、魚っぽいモンスターを見て冷静なプレイヤーにツッコまれながらも、行進は続く。そのうちエルとファラも合流し、隊列に加わった
スクルドのスキルにより大天使となったエルが駆るのは、ネーベルの相棒である
そしてエルの後ろには、モルモーという種族に進化したファラが乗っている。吸血鬼の一種ではあるが、結界の中でも平気そうであり耐性が有るのだろう
「さあ姉妹たち、我らの戦いを披露しようではないか。
ヒルデの合図と共に、ワルキューレたちの前に扉が現れた。開かれた扉へワルキューレたちは、一斉に飛び込みと扉もろとも消えて行く
そして魔皇樹の周辺にランダムで扉が出現すると、そこから飛び出したワルキューレたちが得意の属性で攻撃してゆく。反撃を受けそうになると、扉ごと消え去り再び出現しては攻撃を繰り返した
出現はランダムなので、予測不可能な攻撃であり、受ける方はたまったものではない。魔皇樹は対応に追われ、動きが止まってしまった
「さて、決めるぞ皆の衆。最大火力を叩き込め!
好機と見たヒルデは、自身の最大火力を放つ。ポシェットによって防御力を下げられた魔皇樹には、闇魔法も効果が出るようになっていたからだ
やる事やって満足したヒルデは、MP大量消費の副作用で眠りに着く。すかさずエイルが支えに入ったので、空中からの落下ダメージは防げたようだ
「確かに最後のチャンスだね。
スクルドが2本の雷撃を放つ。それは轟音と共に、凄まじい破壊を撒き散らした
「ボクたちも行こう」
「そうじゃな、行こう」
エルとファラがお互いの手を握り、魔皇樹へと突きだす
『
シンシン、ステラ戦では大人になった姿で放った技だが、今はその容姿は変わっていない。真っ黒い極太の光線が魔皇樹へ突き刺さる
「真打ち登場。
ポシェットの最大火力が魔皇樹の表皮を削る。プレイヤーたちも、ここぞとばかりに持てる火力を放ち続ける
あと少し
「サオトメー! あそこじゃ~!」
ツネヒサが指差したのは、魔皇樹の内側が露出した部分。そこへ、麒麟の風魔法をぶつけた
「おう! ナオイエ、モトナリ援護頼む」
「へいへい。早よせんと、仕留めてまうぞ」
「やれやれ、仕方ありませんね」
サオトメは援護と言うが、二人にその気は更々ない。仕留めるつもりで、射撃を始める
大きくダメージを負った魔皇樹が倒れ込んだ
もう少し
「炎駆よ、わしの魂ごと真っ赤に燃やせ!
サオトメの機械目から拡散型のビームが
炎に焼かれながらの突進は、もはや捨て身の一撃だ。辺りを破壊の光線で焼きながら、その二つ名の通り破壊の権化となったのである
「ぐはあ! 反動ダメージがデカイのお……これでも仕留め切れんのか!」
あと、ほんの少し
突然、サオトメの目に黒い扉が映る。それが開いたと思う間もなく、白い閃光が勢いよく中から飛び出して来た
「回れえ! ブルークリスタル!! これでとどめだあああぁ!!!!」
パキン
そんな音が聞こえた
ついに魔皇樹は
その巨体を
地に投げ出して
力尽きたのである
『バトルアナウンスいたします。レイドバトル、夜明けの脅威をクリアしました。おめでとうございます。これより30分後に、このサーバーは閉じられます。順次、退出をお願いいたします』
「終わった……はあああぁ~」
とどめを刺した白銀のヨロイを着たワルキューレは、喜びよりも疲労が勝っていたようである。大地に仰向けで身体を投げ出し、大きくため息を吐き出した
その顔に満面の笑みを
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