泣き虫とホヨト、ホー!!

「あ……終わったわ、わたし」


 魔皇樹最後の足掻きは凄まじい攻勢だった。それが、わたし個人に向けられているのだ

 そりゃ、こんな言葉をつぶやいてしまうのも仕方ないよね


 大量に飛んでくる槍の形をした闇魔法。これだけでも回避しきるのはムズかしいと思う

 それに範囲攻撃かと思う様な、巨体による突進。こんなのダメージはお釣りが出るよ


 先に魔法の方が到達するだろうけど、いやにスピードが遅く感じる。何個かは避けられるだろうけど、この数だ

 絶対に当たる


 それがだけに、あきらめの境地に立ってしまった。せめて地上に居るプレイヤーさんには当たらないよう、空へ飛ぼう


精霊の結界エレメンタルバリア!』

 エル君たち結界を張れるプレイヤーさんたちが、前に出た。その中にはNPCワルキューレたちも居るのだが、わたしを守るように位置を取った

 何をしているの、そんな事をしたら死んじゃうよ


 やがてソレは到達し、破壊をもたらした。結界により、いくつかは防げたようだが数がまるで違う

 豪雨の様な闇の槍は、仲間たちを傷つけた


「リーダー、無事?」

 水色のヨロイを着けたワルキューレが、心配そうに声をかけてくる。いやそれは、わたしのセリフだよ

 みんなボロボロじゃないの。わたしを放って逃げてくれれば良かったのに

「リーダーを守るよ、全員集合!」

 赤いヨロイのワルキューレが他の娘たちを呼び寄せ、わたしの前に居並ぶ。何を言ってるの? まさか、あの突進をそれで防ぐつもりなの


「おおーい! 嬢ちゃんたち、俺たちに任せな」

 下から大声をあげて、全身ヨロイの人が盾を構えた。あのヨロイ姿は……確かジャックと一緒にラスボス部屋に行ってた人だ

 チームハウスのカフェによく来て、光ウサギを愛でてる姿をよく見る。あれは目立つヨロイだから覚えてたんだよね

 まさか、魔皇樹の突進に突っ込むつもりなの!?

「リックスのアニキほどじゃないけどよ、まもりには自信があるぜ、なあお前ら。うおおお、我が前に脅威あり! 岩石硬化肌ロックスキン!!」


『おおお! 我が後ろに憂いなし!!』


盾巨大化ビッグシールド!」

重量増加ウェイトゲイン!」

身代わり人形スケープゴート!」


 盾職のプレイヤーさんたちが、自慢のスキルを叫びあげる。その結束力で、一丸となり魔皇樹へと突撃して行った

 防御力を上げるバフが、追いかける様に彼らを包み込む


 ズドオオオォォォン


 超重量物同士のぶつかる音が響き渡る。圧倒的な質量を誇る魔皇樹の突進が、緩やかなものに変わりだした

「皆んな、スゴい……」

 命を削る攻防が始まった。プレイヤーさんたちは数で押すつもりみたいだけど、HPは急速に減っていってる

「HPが危険域レッドゾーンのやつは下がれ! 回復したやつから戻って来い!」

 そう指示が出るけど、アドレナリン全開のプレイヤーさんには届いてない


「まだ、やれるっす!」

「バカヤロウ! 1人でも倒れたら、一気に持っていかれるだろうが! 素直に治療してこい!」

 ここが崩壊した後の想像などするまでもない。今でもジリジリと押され続けているんだ

 魔皇樹は、その巨体をもって辺りを蹂躙するに決まってる。戦力的な余裕は、ほとんど無いんだから

 そんな中、こちらに向かって手を振っている人が居た。その人物は魔皇樹を押さえつけながら笑ってる

 周りのプレイヤーさんたちが押し負けて離脱するなかで、決して後退をしない。一体、どれほどの胆力なの

 あれほどのダメージを受けて、なお後退しないのはリックスさん以外には知らない。もし痛覚設定を切っているならば可能だろうけど、それが出来るってもはや狂人レベルだと思う


「皆んな、どうしてそこまで……」

「愛されているな後輩よ。それは人徳とか魅力とか才能的なものではなく、後輩の行動が成してきた信頼ゆえだな」

 いつの間にか戻っていたヒルデセンパイに、ポンと肩を叩かれた

「そう、ポシェットちゃんの行動でもたらされた結果だよ。皆んな、ポシェットちゃんの事が大好きなんだね」

 わたしの姿をしたスクルドさんが言う。この人も相当、わたしに執着してるんだろうなあ

「まっ、深く考え込まないでゲームを楽しもうぜ。ほら、何泣いてるんだよ」

 エイルさんがハンカチで拭いてくれる。彼女の発言はお気楽に聞こえるけど、多分気を使ってくれてるんだろう

 他のワルキューレたちも、うんうんと頷いてる

「うん。皆んな、ありがとね」

 わたしを暖かい光が包み込む。どうやら、妖怪から精霊に戻った光みたい


「では、反撃と行こう。まずはエイルからだな」

「おう。ワルキューレの騎行、発動!」

 センパイの指示で、エイルさんがスキルである『全回復』を発動させた。前線を支えていた人たちを含め、みるみる回復していく


「こ、これって!?」

「おお、HP満タンじゃん!」

「凄え。ワルキューレ、凄え」


 プレイヤーさんたちは驚きつつも、戦闘へと向かって行ってる。皆んな、一様に晴れやかな笑顔だ

「さて、仕上げは後輩……いや、勝利をもたらすものシグルドリーヴァ……ふむ、これも違うな。我らがリーダー、ポシェットよ。ぶちかませ! ホヨト、ホー!!」


『ホヨト、ホー!!』


 ワルキューレたちの歓喜の声が唱和する


「これだけワルキューレたちが居るなら……よし、スキル発動! ……えっ? この曲って、ワルキューレの騎行!?」

 これ確かワーグナーの作曲した、『ワルキューレの騎行』だよね、皆んなにも聞こえてるみたい。最初に発動した時は、こんな演出無かったのに

 ひょっとして、ワルキューレの人数が条件なのかな? やるな運営、これはカッコいい演出だ


 ワルキューレの騎行は、誰もが耳にした事がある曲だ。その勇ましいメロディーは、士気高揚にもってこいだろう

 それは、スキル発動と同時に戦場全体に流れ始め、これを聞いたプレイヤーたちは、一様に盛り上がりを見せるのであった

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