泣き虫と世界の名を冠するモノ

 戦乙女ワルキューレ シグルドリーヴァ


 進化したとはいえワルキューレでなくなったわけではなく、要は名前の付いたワルキューレである。ステータス的には微増だし、スキルも1つしか変わってない

 見た目も変化が無いので、今までの進化と違い身体の動かしかたに違和感等も無い。つまりあまり変わってないのです

 特徴は変化したスキルだけなので、これを確認してみよう


 【スキル:ワルキューレの騎行 

        パッシブ/アクティブ】

 戦闘時の命中率30%上昇

 戦闘時の回避率20%低下

 精神系の状態異常にかかり難くなる


 ※スキル保持者のみパッシブ常時発動スキルとして機

 能する

 ※他者に使用する時は宣言が必要

 効果範囲はパーティーメンバー全員

 その他(レギオン構成)等では肉声の届く範

 囲


 アクティブスキルとして使用した場合

 範囲内の味方に攻撃力、防御力、魔法攻撃力

 に20%のプラス補正

 範囲内に、このスキルを持つ他のワルキュー

 レが居る場合、さらに10%ずつプラス補正

(人数分)

 時間制限あり


 というもしかしなくても、ぶっ壊れ性能。パッシブとしては精神高揚と変わってないけど、新たに追加された効果も重複するらしいからスゴい事になる


「じゃあ、さっそく発動を──」

「待った、待った」

 金髪の戦乙女ことエイルさんが、わたしを止めた

「どうしたの?」

「このまま発動させれば、メビウスに狙い撃ちされるぞ。時間制限もあるし、発動のタイミングをよく考えないとヤバいぜ」

 それはイヤだなあ。でも、わたしが倒されても他の戦乙女たちが居るなら問題無いんじゃないの?」

「オレたち戦乙女のバフは、それぞれ効果が違うんだ。アネキなら人数分、攻撃力アップとかな」

「ん? それだと、わたしのとあんまり変わらないんじゃ?」

「いや、違うぞ。私のは人数分、攻撃力が上がるのだ。強化が個人な分、上がり幅は大きいがな」


 んん~? それなら、センパイがメビウスを撃破してくれれば解決じゃない

「そう、上手くはいかぬのだ」

「……もしかして、さっきまで寝てた事と関係ある?」

「さすがだな。そういう事だ」

 なるほどね。じゃあ、お二人さんはどうなの?

「オレは防御系のバフだからなあ」

「わたしとしては、ポシェットちゃんに譲りたいんだ。それに、せっかくのレイドバトルなんだからプレイヤーさんたちにバフが乗るシグルドリーヴァが最適解なんだよ」

 スクルドさんの言う通りなんだろう。このバトルは戦乙女たちだけのものじゃないからね


「それじゃ、とりあえずパッシブを撒きますか……何て言えばいいんだっけ?」

 ワルキューレの騎行を宣言すると発動しちゃうよね

「統合されて、ややこしいよね。そこは普通に精神高揚で良いみたい」

「あっ、そうなんだ。じゃあ、精神高揚を発動します!」

 スクルドさんの頼もしさがハンパない。ありがたや~、ホンマ助かりますわ


「ふむ、プレイヤーたちも我に返ったようだな。行くぞ、エイル」

「分かった。スクルドは、このままシグルドリーヴァのサポートをしてくれ……くれぐれも間違えるなよ」

 そう言ってプレイヤーさんたちに混じって、メビウス討伐に向かうヒルデセンパイとエイルさん。さて来たるべき時に備えて、わたしは何が出来るかな


「とりあえず待機で」

 あらら、何もさせてもらえませんでしたよ。少しなら回復とかも出来るんだけどなあ

「その状態じゃあ、満足に戦えないでしょうに。もうちょい待ってね、援軍が来るから」

 あー、確かに自分の装備を見てみればボロボロなんだよね。自動攻防システムである、アスラアームは全部、折れたまま

 武器も急造品で、サオトメ爺ちゃんには悪いけど扱い難い。でも、現状ではどうしようもないと思うんだけど……待てよ、援軍とはもしかしてヤツか?


「待ち人、来たるですかな」

 やっぱり、ジャックコイツか。どこにでも出てくるよな、コイツ

 おや? その腕に抱えているのって、もしかして

「アスラアームと槍は回収しておきましたぞ。さあ、修理いたしますので脱いでください、さあ! さあ! ぐふぉ!!」

「手をワキワキさせながら脱衣をうながすな!」

 まったく、変態腐れカボチャが。しかし、いくらジャックでも修理する時間が足りないんじゃない?

「イタタタ……ああいや、生産というものはですな、1度作ってしまえば材料とレシピで簡単に量産が可能なのです。ただし安定して製作出来る反面、大成功といえる高品質な物は出来ないのですが」

 ほー、身近に生産職の人たちが居るのに知らなかったよ。それなら時間はかからないか

「まあ、超が付くほど高品質な物など滅多に出来ません。ワタクシで言えばヒルデ殿のヨロイですな。アレのちょっと品質を落とした物が、皆様のソレでして」

「やっぱり、廉価版だったんかい!」

 アームの数からして違うからね。きっと防御力も高いんだろう

「それにしてもメビウスが居ないとはいえ、よくあそこまで取りに行けたもんだね」

 仮にもラスボスが鎮座していた場所である。

あそこら辺は、それなりのアンデッドのお迎えが有っただろうに 

「まあ、1人ではなかったですからな。ああ、ほらあそこ、管理者メビウス殿に接近戦を挑んでいる方が居るでしょう。あの方以外にも仲間が居りまして。まあ、その話しは後に致しましょう」

 おや、あのゴツいヨロイの人はチームハウスのカフェで光ウサギを愛でていた人ではないですか。なるほど、うちに来る人ならジャックと面識が有っても不思議じゃない


「それでは修理を始めましょう。ヨロイはすぐ終わりますが、槍を更新いたしますので少しばかり時間をいただきますぞ」

「何するの?」

「その大太刀と融合させます。かなりイケてる槍になりますぞ」

 ちょっと、この大太刀こと末青江はサオトメ爺ちゃんから預かった物なんだから。勝手に改造するなんてマナー違反じゃない

「心配ご無用ですぞ、には許可を頂いております。生産職同士の繋がりというやつですな」

 へえ、そりゃ根回しの達者な事で

「情報交換が盛んなのは、生産職も同じですからな。それはさておき作業に入りますので、お二人は攻略の相談でもしておいてください……では、フオオオオ!!」


 トンテンカンと作業中のジャックを横目に、言われた通りスクルドさんとメビウス攻略について話し始める。今のところ、ワルキューレの騎行発動待機中くらいしか決まってないんだよね

「う~ん、メビウスなら、放っといても勝てるんじゃない?」

「へ?」

 じゃあ、何のためにこれだけ準備してるのよ。勝てないからじゃないの?

「考えてみて、これはレイドバトルだよ。なのにラスボスのサイズが標的として小さ過ぎると思わない?」

「それは……それも、作戦の内だから?」

 巨大なボスなら接敵人数も多くなる。でも人間サイズなら、その限りではない

「って事かな?」

「うんでもね、これゲームなの。戦えないプレイヤーが出たら不満に思うでしょ」

「だから、アンデッドたちが居るんじゃないの?」

「せっかく、レイドに参戦してるのに通常モンスターばかりじゃ、つまらないと思わない?」

 まあ、わたしもマスタークラスと戦えなかったのは悔しかったからね。でも現状としては……あっ、まさか!


「あると思うんだよね、アレが」


 スクルドさんの言葉に、イヤ~な予感がしだした。この予感が当たるなら、わたしを温存した理由も分かる

 いくら、この運営でも皆んなを楽しませるため何かしら用意してると思うんだよね。つまり、スクルドさんの言いたい事は


「RPGボスの伝統技、第2形態のパワーアップ巨大化バージョン……」

「あっ、勝った」

 わたしの言葉には答えずに、当たり前の様に勝利を告げるスクルドさん

「ええ、ホントに!?」

「だいぶ、弱体化してたからねえ。暴走してパワーアップしてたけど、結晶爆弾の影響で落ち着いたみたいだし」


 まあ、勝てたなら良いかな。うわ、やっぱり勝利アナウンスが流れない

 ゲーマーとしては予想通りで、やっぱりかという気持ちだよね


 そんな事を考えていた時だ


『大地刧末ごうまつ

 パイプオルガンの様な重厚な精霊語が、この世の終わりを告げる。その直後、ドンという衝撃が地面から発生した

 不意の地震に皆んな驚いてるけど、それどころじゃない事が起ころうとしていた


 地面から轟音を上げて、木の様なモノが何本も伸びてくる。それは波うちながら辺りを這いずり回り、やがて巨大な根っ子である事を明かした

 さらには枝が曲がりくねった、高層ビルくらいの巨木が姿を現す。その巨木には、見覚えがありまして

「あれって、裏妖精郷の」

「間違いなく、魔皇樹ですな」

 作業中のジャックが手を止めて、わたしの記憶を肯定した。魔皇樹は、その根を獣の足の様に地面に突き立て動き始めた


 オオオオオオオオオオオオォォォ


 そして本物の獣の様に咆哮すると、裏妖精郷と同じく紫色の瘴気を撒き散らす


『フ……フフフ、魔皇樹とは闇に堕ちた世界樹なのだ。果たして、世界の名を冠するモノに勝てるかな?』


 メビウスの残滓ざんしが口惜しそうに、プレイヤーたちに告げる。今度こそ、本当のラスボスなのだろう


「ポシェットちゃん、準備をしておいてね。もうすぐ出番だろうから」

 もちろん、そのつもりだよ。いよいよ、ワルキューレの騎行を発動する時が近づいてる


 ジャックの打つハンマーの音が、それを待つカウントダウンの様に辺りに響いていた

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