泣き虫のそのノリは恥ずかしい

「さあ、祭りの時間だ!」


「アネキ、そこはイッツパーリータ……ぬおお!!」

『ブオンッ!!』という、ものすごい風切り音と共にヒルデの馬上槍が頭のあった場所を通り過ぎる


「ソレ以上ハ、イケナイ」

「は、はい!」

 ヒルデのあまりの迫力に、素直に返事をする金髪の戦乙女ワルキューレことエイル。生命を司る精霊であった彼女だが、ちゃっかりと進化していた

 元々はエルの傍でサポートをしていたが、エルとファラの間で形成される甘々スイートな空間に耐えられずヒルデと合流していた。ちなみに馬上槍でのツッコミは、ギリギリで回避成功している


「楽しそうで結構ですが──」

「──もう、時間は無いのだろう?」

 戦乙女たちの漫才に呆れながら、キラキラとザラザラは持ってきた荷物を解いた。中に入っていたのは、正20面体の形をした透明なサイコロの様な物が2つ


『説明しよう! これは吾輩が時間をかけて、煮詰めに煮詰めた世界霊魂を形にしたものだ。名付けて物質最上位結晶。で、これを使って……』

『爆弾を作りました~。ダメージこそ発生しませんが~、魔法やスキルを強制的に解除ディスペルさせられます~』

 製作者はご存じ、クリンとエクトである。この結晶、例えるなら魔法やスキルが書かれた紙を世界霊魂という修正液で塗り潰す様なものだ

 これは大発見と同時に、頭の痛い問題でもある。今までは魔法やスキルは物質とは関係が無いと思われていた

 これは錬金術等で、製作時に魔法を必要としないからである。一方、魔法を使う時も何らかの触媒等は必要としていないしスキルも同様だ

 だがしかし物質の根源たる世界霊魂は、それらの事象を打ち消してしまった。これはプレイヤーにとってかなり重要な事である

 物質を起点として無力化される事が証明された今、時間をかけて育てた自身のキャラクターを1から見直す必要が生じたのだ。魔法とスキルという優位性を失ったプレイヤーはどうすれば良いのか?

 答えはステータスのみで戦う事である。さて、それはゲームとしてどうなのか

 プレイヤーからしてみれば「冗談じゃない!」である。華麗で強力な技を失い、ひたすらペチペチと殴り合う戦闘など嫌気がするだろう

 多くのプレイヤーがゲームを辞めるかもしれない。運営はそんな可能性が有る物を、なぜ仕込んだのか

 答えは解明されていないが、開発者であるクリンとエクトが取った行動はそれを秘匿する事である。互いに表に出さない約束をして、1つずつ確保し後はすべて廃棄

 レシピも封印し、タンスの肥やしとして日の目を見る事は無かったはずである。これを引きずり出させたのは、ヒルデとエイルだ

 メビウスの暴走を止めるべく最上位AIであるアニーに相談したところ、この情報を教えてもらえた。エクトと情報共有するアニーには、筒抜けであったのだ

 最初は渋った錬金術師弟だが、仕方なしと供出してくれた。そのままでは効果範囲が狭いため、それを広げる錬金を施し配達屋へと託される事になったのだ

 ヒルデたちは先行し、上空にて様子を伺いつつ出来上がりを待っていたのである。なお、使い方等の説明は指定されたプレイヤーにしか通じないチャットで行われているため、外部に漏れる事は無い


「それで、ボクたちが1個ずつ持って──」

「──すれば、いいんだな?」

 つまり、そういう事である。彼らなら容易く、メビウスの懐に入り込めるだろう

「だけど、消せるのは2つ──」

「──あと1つは、どうするんだ?」

 物質最上位結晶は2つしかない。対してメビウスは3体居るのだ

「そこは、任せてくれて構わない。ワルキューレたちの長姉ちょうしとして意地を見せよう」

 自信を覗かせるヒルデに安心したのか、配達屋たちは自らの仕事をするべく去って行った

「あいつらも謎だよな。多分、人種だろうけど平気で空中に現れるし」

「正体など知れたところで成すべき事は変わるまい。さて始めるぞ、後は任せたからな」 

 エイルが同意するようにうなずくと、ヒルデは銀河爆発へと視線を向ける

堕天六翼尾ルシファーテール、全起動! 暗黒波動砲ブラックホールキャノン、装填!」

 チラッと他のメビウスを見れば、銀河2つが消えていた。配達屋たちは上手く仕事をしたらしい


「よし! 全弾発射!!」

 ヨロイから分離した6つの翼から、ヒルデ最強の闇魔法が放たれた。6つの暗黒はメビウスの銀河を呑み込んでいき、やがて1つとなり消えていった

 普段は酒ビン抱えてぐうたらしているヒルデだが、実力はかなりのものなのだ

「おー、やったなアネキ。さすがは長姉」

「はははは! わた……しにふかの……うは……ないの……らzzz」

「おっと」

 突然、ぐったりと眠ってしまったヒルデをエイルは抱き抱える

「MPの大量消費による副作用かあ。これさえなければ、配達屋の力を頼らずに済んだんだけどな」

 メビウス最大火力を消してしまえるのに物質最上位結晶を持ち出したのは、この体質ゆえである

「さて、残るは本体だけだな。頼んだぜ、スクルド」


 ─◆─ その頃、ポシェットは ─◆─


 いやあ、驚きましたよ。いきなりメビウスの分身たちを巻き込んで、あの銀河爆発の魔法が2つ消えたんだから

 ポカンと呆けてたら、今度は強力な闇魔法が飛んで来るし。あれって、もしかして

「さすが、ヒルデパイセン。ただの呑んだくれじゃなかったね」

 なんて、わたしのそっくりさんが言ってる。やっぱりそうかって、センパイとも知り合いなのね

 何が起こったか、知ってるぽいので質問してみたら

「いつもの爆弾戦法だよ、もはやチーム名物だね」

 という、お答えが。いや味方を巻き込まずに相手だけを消し去る爆弾なんて、都合良すぎるでしょ

 そう思わずにはいられないが、作ったのがクリンさんとエクトちゃんだと聞けば納得してしまうのが恐ろしい

 軽く聞いたところによれば、魔法やスキルを消し飛ばす爆弾みたい。なるほど、それで銀河と分身たちが消えたのか

 接近戦をしていたプレイヤーさんたちの強化バフも消えているらしいので、バッファーさんたちは大忙しだろう。と思ってたんだけど、なぜか皆んな動かない

 何が起きたか理解出来ず、戸惑ってるのだろう


『みんな! メビウス本体は生きてるよ! さあ、動いた動いた』

 全体チャットにて、そっくりさんが声を張るとハッとした表情でプレイヤーさんたちがこちらを見てきた。驚いたり、納得したりと様々な表情に変わるのが面白いが、落ち着くと皆んなメビウスの方を見る

「本当だ、ラスボス生きてら」

「なあ、今のって……まあ、いいか」

「うおおー! 白と黒のポシェットちゃん!!」

 色んな言葉が聞こえるが、とりあえず戦闘再開だ


「さて、わたしも行こうかな」

 末青江を握り直し、いざ突撃しようとしたら、そっくりさんが立ち塞がった

「今のまんまなら何も変わらないよ、ポシェットちゃん」

 メビウスは単体でも手強いからね。でも、それならどうすれば良いというのか

「スキルレベルアップの種って覚えてる?」

 うん? ああ! ガチャチケットで引いたアレの事か。使う機会が無くてというより、わたしがすっかりと忘れてインベントリに眠ってたやつだ

「それ使えば、何とかなるよ」

「ホントに~? ってか、何で持ってる事を知ってるのよ」

「そこは信じてもらうしか。ああそうだ、これで信じてもらえる?」

 そう言って、そっくりさんは武器を構える。そ、その武器は!! ……そんな物を見せられたら信じるしかないじゃない

 だって信じなければ、会わす顔がなくなってしまうのだから


「んで、どのスキルに使えばいいの?」

 とりあえず信じる事にしておこう。そして、これは重要

 間違えると取り返しがつかなくなる

「それはねえ……戦乙女専用スキル、精神高揚です!」

 ジャジャーン! っと口で効果音を付ける、そっくりさん。さてこれがレベルアップして、どんなスキルに化けるのやら

 少しためらう気持ちはあるけど、信じると決めてしまったからには後には引けない。どうせ死蔵してたアイテムだ……あ、違う忘れてたんだった

 いやー、お恥ずかしい。では、気を取り直しまして


『スキル、精神高揚をレベルアップします  

  か? YES/NO          』


 イエス、ポチっとな

『レベルアップが完了しました

 精神高揚はスキル、ワルキューレの騎行へと

 変化します


 ──条件を満たしました、進化が可能です

 進化しますか? YES/NO       』


「ふぁっ!?」

 思わず変な声が出ましたわ。もしかして、こっちが本命? ホンでもって、スキルのレベルアップが進化の引き金トリガーだったったと?

 そっくりさんの顔を見ると、ニタ~って感じで笑っていやがりますよ。すべて知ってらしたようで、そうならそうと言ってくれればいいのに、まったくもう

 でもまあ、ワルキューレの進化については、殆んどあきらめていたからなあ。うれしい誤算ではあったね

 ほんじゃ、進化といきますか


「ちょっと、待ったあ!」

 うお! 何か急に金髪の美人さんが現れやがりましたよ。うん? 背中に負っているのはヒルデセンパイではないですか

「アネキ、起きろー!!」

 今度はセンパイを下ろしたと思ったら、襟首持ってガクンガクン揺さぶってるよ。あー、それじゃダメダメ

 センパイを起こすには、これしかない

「おーい、センパイ。起きないと、お酒なくなるよー」

「ふあっ!? なんらと! どこら? 酒はどこらー!!」

 はい、起きました。ちょっと寝ぼけてるのかな? ろれつが怪しい

「アネキ……それは、あまりにも情けねえ」

「!? ……すまない、取り乱した。あー、状況は……上手くいったようだな」

 呆れた様子の金髪美人さんに謝る酒好きセンパイ。状況把握をするフリして誤魔化してら


「残念、これからだよ。ポシェットちゃん、始めて始めて」

 そっくりさんが促してくるので始めましょう。ほい、ポチっとな

 わたしを進化の光が包み込む。選択肢は1つしかないようだね


「我は戦乙女、スクルド。未来を司り、勇者の饗応きょうおうをするもの。新たなる姉妹の誕生を見届けん」

 そっくりさんはスクルドって名前なのね


「我が名はエイル。戦乙女にして慈悲と癒しの女神なり。新たなる姉妹の誕生を見届けん」

 そんでもって、金髪の美人がエイルさんと


「我は戦乙女の長姉、ブリュンヒルデ。さあ、新たなる姉妹よ、汝の誕生を見届けん」


 ……これ、付き合わないダメかなあ。まあ、こういうのはノリが大事だし、たまにはね


「我は戦乙女、シグルドリーヴァ。その名は勝利をもたらす者なり!」


 うわ! ハッズい


 

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