泣き虫たちの危機(前編)

「うわ、荒れてんなあ」

「どうすんの? アレ」

「とりあえず、守り固めろ。1発で殺られるぞ」


 プレイヤーたちが見ているのは、本来後方に控えているメビウスの荒ぶる姿である。チーム精霊の指導者のメンバーがポシェット救出のため突入した後、腐敗竜ドリーチェのHPを削っていた矢先の出来事だ


「運営はこちらを勝たす気、有んのかね?」

 ドリーチェ単体ならばともかく、そこにラスボスが怒髪天で参戦し、もはや戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図。プレイヤーたちは、片っ端からなぎ払われている有り様だ


『それはないだろがー! 待っている身にもなれ、ドチクショウ!!』

 メビウスにしてみれば、やっと出番が回って来たと思ったら肩透かしを食らったのだ。ポシェットとの戦闘が劇的であったため、余計に戦いに飢えてしまったのである

 鬱憤の捌け口にされているプレイヤーたちにとっては、たまったものではない


「何かラスボス、キャラ変わってね?」

「アレが素だったりして」

「突入したやつら、何したんだよ!」

 何もしていないから、こうなったのである


『ドリーチェ、再び我が元へ! ソーラス! 汝も手伝え。ワハハハ、大盤振る舞いじゃ~!』


「げげええぇ!!」

「まだ、パワーアップすんのかよ」

「運営、ゆるすまじ」

 腐敗竜ドリーチェと光導竜ソーラスは、その身をヨロイへと変化させる。以前と違うのは、1つに合体しメビウスへと装着された事だ

極宙光鱗黒翼天瘴きょくちゅうこうりんこくよくてんしょう、光と闇が1つとなった究極のヨロイだ。汝らに破滅をもたらす、福音となるであろう』

 黒と白が合わさる破滅の化身に、皆一様に戦慄するのであった


 ─◆─ 一方、その頃 ─◆─

 

 メビウスが暴れている少し後方で、退却したポシェットたちが対策を講じていた

「嬢ちゃん、直接戦ったんじゃろ。何か弱点とかないんか?」

 ツネヒサ爺ちゃんの質問に、わたしは両手を挙げる

「ガチンコしたから分かるけど、近接戦闘も強いよアレ。何が後衛が本職だよ、まったく」

 殴り合いがあれだけ強いのに、魔法使い系の能力も高いだろうから、まったく隙がない。どうやら防御力が更に上がった様だし、どないせえちゅうんじゃ


「ここは、基本に立ち返りましょう」

 意見を挙げてくれたのは、我らが軍師エル君。簡単に言えば、強化バフを切らさず各々がするべき事をするという事だ

 盾職の人がしっかり守り、隙を見ては一斉に攻撃。ダメージを受けたら即回復し、魔法はよく狙って確実に当てる

 派手な事はしないで、地道に削っていこうという作戦

「ただ……あの様子を見るに、ラスボスは運営の手を離れて動いているかもしれません」

「とっくにそうだと思うよ。勝つ気、満々だもんアレ」

「ハア……そうですか、ハア」

 エル君の懸念はもっともである。苦戦させつつも、プレイヤーに勝ち筋を残しておくのが運営の仕事だろう

 決して、一方的にはならないように設定をしているのが普通だ。にもかかわらず、アレだもんなあ

 他のサーバーではどうなってるか知らないけど、のメビウスは完全に暴走しちゃってるよね。何でかね、わたしたちと関わるNPCたちは人間臭さが強くなると思うんですよ


「嬢ちゃんは奇縁を呼ぶのう」

「厄介な事もあるがの。だが、それも良し」

 爺ちゃん二人が、わたしに変な値札を付ける。そんな特殊な値段を付けないでよ、こっちは普通にゲームを楽しみたいのにさ

「普通って何でしょうね?」

「なるほどのう。余がここに居るのも必然か」

 遠い目をするエル君と、どこか納得した顔でトマトジュース(多分)を飲むファラちゃん。いや、ファラちゃんに関してはエル君が連れて来たんでしょうに

「ハア……計算外って、こんな事を言うのかなあ」

 エル君よ、子供らしくないため息を吐いて、わたしを見ないでよ。身に覚えがないとは言わないけどさ、偶然の結果だよホントに

 どこからこんな風になったのかなあ? 地竜戦あたりかな

「まあ、とりあえず再開しようよ、皆んな頑張ってるんだしさ……しまった、武器が無い」

 メビウスの所で放り投げたままだった。アスラアームも全部、切り離したからホントの丸腰状態じゃないの


「ツネヒサ、この辺じゃ。そう、そこら辺」

 サオトメ爺ちゃんが大太刀『末青江』を抜いて、鞘の真ん中辺りを指定した。そこへツネヒサ爺ちゃんが薙刀を一閃

 半分くらいになった鞘に再び大太刀を納める。当然ながら半分刀身が露出しているが、サオトメ爺ちゃんは満足そうに頷くと大太刀と鞘をヒモで固定

「槍の様に振り回すのは難しいが、威力は申し分なかろう。ほれ、持ってけ」

 ポイッて感じで渡されたけど、これって

「わたしが貰ってもいいの? これ、爺ちゃんの最強装備じゃない」

「ああ、かまわんぞ。ワシにはもう必要ないからの」

 サオトメ爺ちゃんは何だか悟った顔をしてる。そんなスッキリとした顔をされたら、断り難い

 素直におこう


 ふむ、確かに槍というより長巻ながまきに近いかな。鍔の位置も本来と違うから、ちょっと扱いづらいかも

 まあ何にも無いよりは、はるかにマシだよね。それに精霊特攻が付与されているから、メビウスにも効果的だろうし


 よし、先ずは阿鼻叫喚しているプレイヤーの皆さんに『精神高揚』をかけて落ち着いてもらおう。うん、発動したね

 それでは再戦と参りましょうか


 ─◆─ とある場所 ─◆─


「なあ、アネキ。アレ、ちょっとヤバいんじゃねえ?」

「うむ、完全にヤバいな」

 白く輝く道を2人の女性が歩いている。1人は金髪で、もう1人は黒髪だ

「いくら運営がAIたちに甘いとはいえ、これは憂慮されるべき事態だ」

 黒髪女性の言葉に、渋面を作る金髪の女性

「じゃあ、最悪も有るって事か」

「さあな、だが否定はせん。しかし、それゆえに……」

「オレたちの出番というわけか」

 今度は2人して、ニヤリと笑い合う


「おまたせ。準備は万端、気力も満タン」

 そこへ、扉の形をした黒い穴から新たな人物が現れた。そちらは白に近い銀髪で、その頭には捻れた角が2本生えている

「本当に口調まで変わるのだな」

 少し感心した様に黒髪の女性が応じた

「当然。私が一番、一緒に居る時間が長いんだもの。戦闘の手順から私生活のアレコレまで、すべて完璧だよ」

「そ、そうか。ハハ」 

「どんだけだよ」 

 その言葉には、苦笑で答える黒髪と金髪の二人

「それで、これからどうするの? 様子を聞いた感じだと、すごく厄介そうなんだけど」

「それなんだけどよ──」


「──ちょっと、強引過ぎない?」

 金髪の説明に懸念をしめす銀髪。いくらなんでも、自分たちの権限を超えているのではないか

「話しはつけた。問題あるまい」

「本当に?」

「ああ、我らが姉妹何とかしろ……だそうだ」

 黒髪の話しによると、認めるから丸投げさせろという事らしい。正確には4人が中心になって、プレイヤーたちと共にだろう

 さて結論が出たなら、即行動するべきだ。戦況は刻一刻と変化していく

 どちらかというと、プレイヤー側が不利になるように

「じゃあ早速、行きましょう。うーん、アレの事を覚えてるかなあ? ちょっと不安」


 今度は3人で苦笑しながら、真っ黒の扉をくぐって行った


 ─◆─◆─◆─ 


「ハークショイ! うん? 誰かウワサしてるのかな」

 ミルクティー色の髪をしたプレイヤーは、まだ自分がキーである事を知らないままである

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