荒野に虚しく風は吹く
「ここは……そっか私、負けちゃったんだ」
復活部屋、それはスタート地点の砦内にあり、ゲームで死亡判定されたプレイヤーが文字通り復活する部屋である。ラスボス戦の真っ最中である主戦場からは遠く離れており、今から駆けつけても勝敗は決しているだろう
特に何も考えずフラフラしていたが、いつの間にか屋上にきていた。風にでも当たりたかったのだろうか
「よう、負けたみたいだな」
不意に声をかけられ、そちらに振り返る。声の主は金髪がまぶしい綺麗な女性だった
「そっ、完敗。で、あなたは何をしてるの?」
自分が知っている限り、とあるプレイヤーと一緒に居たはずだ
「あー、雰囲気的に邪魔な気がしてよ。それで別行動してたんだよ、そしたらさあ……」
「何?」
言葉から不穏な気配を感じとり顔をしかめる
「あんたの大事な人が危ねえぜ」
その言葉ですべてを理解した。しかし、その場所へたどり着くには時間が無さすぎる
「だから迎えに来たんじゃねえか、サッサと行こうぜ。んん? 何、難しい顔してんだ? ああ手段だな、
じゃあ、早くしろと言う代わりにキツく睨み付けた
「いやあ実はな、コレ我らが姉妹たちにしか使えないんだわ。後は分かるだろ?」
「少し待ってて」
言葉の意味を理解して、ログアウトを選択する
「ああ、コッチはその間にアネキを拾っておくぜ。んじゃ、また後で……って、もう居ねえ」
まあ、時間が少ないのは確かだ。1つ深呼吸をすると、金髪の女性は足早に転移扉へと消えて行った
─◆─◆─◆─
「うわああぁぁ!!!!」
ポシェットが怒りに任せ、そのパワーと機動力でメビウスに襲いかかる。決闘フィールドはすでに解除され通常のバトルフィールドであるが、他のプレイヤーたちが到達していないため一騎討ち状態である
『ほう、警告が鳴っておるのにログアウトにならぬか。どうやら使い方を覚えたようだな』
メビウスが指摘したのは、さきほどまでポシェットに使っていた狂戦士化の事である。メビウスはこのスキルを譲渡していないが、どうやらポシェットの身体に馴染んでしまったようだ
強力なスキルだが、使いこなせなければ宝の持ち腐れである。今のポシェットは怒りに支配されているため、冷静な対処が出来ずスキルに振り回されてしまっていた
『鉄鎖収束、貫け』
そして、そんな隙を見逃すメビウスではない。メビウスの手に有った8本の鎖も、繋がれていたプレイヤーが敗北、または引き分けた事により3本まで減っていた
それをより合わせ強固にし、槍で突く様に先端をぶつけてくる。ドンという音と共に、その突きは衝撃波をまといポシェットを後方へと吹き飛ばしてしまった
『鉄鎖分離、
再び3本に別れた鎖の先端に、牙の形をした闇魔法が現れた。それが噛みつく様に、連続でポシェットを殴打してくる
ガツン! 何度も──ガツン! 何度も
その攻撃に対しポシェットは、何ら防御的な動きをしていない。ダメージは発生しているのだが、それをまったく気にした様子もない
後悔と自責の念を傷口に刻むためなのか、それとも反撃する気力さえ失ったのか。もしくは必殺の一撃を虎視眈々と狙っているのかもしれない
まだ新しいAIであるメビウスには、その感情を量るのは難しい。だが、何かドス黒いモノが形成されていく様に思えた
「……
囁きにもかかわらず、メビウスの耳にハッキリとポシェットの声が聞こえたと同じタイミング。槍を手放した両手で、1本づつガッシリと鎖を掴み、その動きを封じた
生き残っている鎖が変わらず攻め立てるも、ポシェットはまったく意に介さず歩を進める
ゆっくりと。それは陽炎の様でもあり、冷たい気を放つ幽鬼の様でもあった
『これは……』
メビウスには見覚えがある。ポシェットのチームメンバーである、リックスの『狂鬼モード』と同じものだ
感情に任せて暴れまわる『狂乱モード』とは違い、静かな立ち上がりを見せるそれは対戦相手への威圧で金縛り状態にしてしまう。スキルや魔法とはまた違ったもので、言うなれば相手の精神にうったえる
全プレイヤーが知っている事だが、アバター作成の時間短縮のため思考を読む機能が、このゲームにはある。それの応用で、どのようにか工夫すれば思考や感情を相手に送りつける事も出来てしまうらしい
その事を知ってか知らずか、ポシェットは自らの怒りを精神感応に乗せメビウスに送りつけているのだ
焦り 困惑 嫌悪
初めて感じるものにメビウスは混乱して、動けないでいた。感情の種類と特徴は
そしてAIは混乱の正体を、こう告げる
恐怖と
『これが……恐怖。思っていたより多種の感情が入り交じっているのだな』
相手に対応出来ない焦り
身体が動けない事への困惑
自らを敵視する相手への嫌悪
恐怖の正体は様々なのだ。そしてメビウスには恐怖と真逆の感情も潜んでいた
『さあ、一体どうなるのだ! おぬしは私に何を見せる? 分からぬ、ゆえに
「メビウスウゥゥ!!」
ポシェットの回答は単純だった。握った鎖を思い切り手繰りよせ、自らの突進を加えた
人間の肉体から聞こえてはいけない様な、ゴツンという音が脳内に響く。痛烈な打撃にさすがのメビウスものけ反るが、背中と首に力を込め、倒れる事を許さなかった
『せやあぁぁ!』
気合いを込めてメビウスが叫ぶ。背筋のすべてを使った頭突きが、お返しとばかりに打ち込まれた
今度はゴスッという音が響く。頭どころか下半身にまで衝撃が伝わるが、それでもポシェットは引かなかった
それはポーチとの戦いで見せたカウンターの様なものではなく、ダメージなどまるで気にしない鬼気迫る闘争心ゆえである
ガスッ! ゴン! バキッ!
二人は頭蓋骨を楽器でも鳴らすかの様に響かせ、何度も打ち合った。ゲーム的には素手による戦闘であるため、武器によるダメージほどではない
だが衝撃は相当なものがあるため、渾身の一撃を放った両者は意識を失いかけ、飛行は困難になってしまった。墜落という言葉そのままに、大地に倒れ伏す二人
そして、先に立ち上がったのはメビウスである。まだ意識が朦朧としているポシェットの首を片手でつかむと、その怪力で自らの頭上に吊り上げた
『近接戦闘も悪くないな。何と言うか……ダイレクトに伝わって来るものがある』
「うぐ、ぎぎぎ……」
頸動脈を絞められているため意識が遠のきそうなものだが、そこはゲームである。継続ダメージを与えられながらも、ポシェットにはメビウスの感想を聞く余裕があった
「そんなに……お望みなら……付き合ってあげるわよ!」
声を絞り出して叫ぶとポシェットはメビウスの頭部をつかみ、力の限り握り潰そうとする。一方は
分が悪いのはポシェットの方である。似たような継続ダメージを与える技であるため、ラスボス補正でメビウスの方がHPは高い分、勝ちは確定である
それに気づいたのかポシェットはメビウスの頭を離し、自らの首を絞めるメビウスの腕を握り直す。そして足を相手の首にからめ、頸動脈を絞め上げた
いわゆる
これを嫌ったか、メビウスは絞め上げられたままポシェットを後頭部から地面に叩きつけた
かなり身長のあるメビウスが頭上から落としたのである。それはもう、一撃必殺の威力がある技だ
しかし、ポシェットは離さない。それどころか、さらに強く絞め上げる
メビウスはその剛力でポシェットを掲げると、再び喉輪落としを敢行する。それでも離れない
ならばと三度め。渾身の力で叩きつけ、ようやく絞めがゆるみ、引き剥がす事が出来た
ここが勝負と見たのか、メビウスは3本の鎖をポシェットの足にまとわせると、その両足首を脇に抱え自らを軸にして回転を始めた
ジャイアントスイングという豪快な技だ。相手だけではなく、自らの目も回ってしまうがそんなのはお構い無しだ
人間をはるかに超える身体能力を持つメビウスは高速で回転し続け、最後はその怪力で空中へとポシェットを放り投げる
ポシェットの足には鎖がついており、当然ながら長さの限界に達するとポシェットの強制空中飛行も終わりを迎える。鎖は空へと伸びたままで固まっていたが、中ほどから折れてポシェットを重りにした振り子の様に戻って来た
それを待ち構えていたものは──
『
──珍しく、雄叫びをあげるメビウス。右腕をL字に曲げ、斧の形をした闇魔法をそこにまとわせると、それを戻ってくるポシェットのアゴへとぶち当てた
「ぶべらはあっ!!」
プロレスでいう
意味を持たない叫びを上げて、ポシェットの顔が歪む。逆さ宙吊りの状態から、空中で大きく3回転した後に地面に激突
鎖が拘束を解いて投げ捨てたため、メビウスのかなり後方に飛ばされてしまった。HPはかなり削れたが、かろうじて生存はしている
今まで近接戦闘をこなしていたメビウスだが、本職は後衛である。フィニッシュは魔法でと思い手を伸ばすが、途中で止めてしまった
『来たか、勝利者たちよ』
倒れ伏したポシェットのもとに、決闘フィールドで勝利した仲間たちが駆けつけて来たのだ。サオトメとツネヒサが庇う様に前に立ち、エルとファラはポシェットの治療を始めた
「皆んな……わたし、ポーちゃんを……」
すでに狂鬼モードの解けたポシェットの顔に涙があふれる。二人の仲の良さを知る者は、それだけで何があったかを察した
「頑張ったのお。少し休んでおれ」
「無茶し過ぎです。ヒドイ怪我ですよ」
サオトメとエルが声をかけると、さらに顔がグシャグシャになるほど涙で濡れた
「うん。ゴメンね、ゴメンね、心配かけて……」
頼もしい味方の登場は、ポシェットにとって何より有りがたかった
「さて、エルよ。作戦通りにな」
「はい、大丈夫です」
ツネヒサはエルに話しかけ、その了承を得ると召喚陣を展開した
「
現れたのはエンチェン戦で見せた霊機獣である。今回は赤と黄色のソレだ
「行くぞ、サオトメ! ハイヤー!」
「おう!」
二人はそれぞれ霊機獣に跨がると、メビウスへと突進する。炎駆に乗るサオトメは全身が燃え盛り、炎その物と化した
一方、麒麟を操るツネヒサは飛ぶ様に駆け、まるで風の化身である
自身に向かって来る敵に、メビウスは
『よくぞ、たどり着いた。我が名はメビウス、始まりと終わりを告げるモノ。さあ力を振るえ勇気を奮え、すべてを受け止めよう。そして我が技を食らうが──「撤退じゃー!」──え?』
先ほどまで勇敢に向かって来た老人二人が、踵を返し遠ざかって行く。その先には、いつの間にかナイトメアたちを召喚したエルとファラがポシェットを乗せ退却用意を済ませていた
全速力で遠ざかって行く4つの騎影を見つめながら、メビウスはぽつねんと佇む
『……あれえ?』
この時のために考えていたラスボスらしいポーズのまま『ナゼ、コウナッタ?』の文字がメビウスの顔に表れている
最終ステージである荒野に、虚しく風は吹き渡るのであった
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