Episode2 治療

外から見たとおり、屋敷内は広い。

エントランスだけでも住むには問題がなさそうだ。


広さだけではない。


美しく保たれ、古さを感じさせない壁。綺麗に磨かれ、光を反射する床。豪華な灯りに装飾品の数々。

目の前にある、二階に続く広い階段。


ここは、富豪か貴族の屋敷だろうか。


圧倒されて思わず立ち止まっていると、彼が振り返る。


「どうした?医務室はこっちだ。問題が無ければ行くぞ」


訝しげにこちらを見る彼の顔を、まじまじと見てしまう。


もしかして、彼がこの屋敷の主なのだろうか。


顔が良いだけではなく、強くて貴族。

現実味がまるで無い。


などと考えていると、視線を逸らした彼がゆっくりと歩き出した。


トントン、と扉をノックする音が響く。


「誰かいるか?いないな?よし、入るぞ」


ギィ、と音を立てて扉を開いて入る彼を追い、入室する。


室内にはベッドが一つとソファーにテーブル、向かい合わせの椅子、そして薬品棚が並んでおり、至って普通の医務室のように見えた。


そのことに何故かほっとする。


「そこに座って少し待てるか?ツェルセイ…医者を呼んでくる」


「分かりました」


示されたソファに腰を下ろすと、廊下から声が聞こえてきた。


「ツェルセイ!どこにいる!?治療が必要な者がいるぞ!」


彼の声だ。


屋敷の広さを考えると、こうやって探すのが効率が良いのだろうか。


「あははっ、あんなに大きな声出さなくても今日は聞こえるのに。君が彼の言う、治療が必要な者?」


笑い声と共に現れた彼に視線を向け、肯定する。


背はとても高いが、威圧感は無い。

人懐っこい笑顔のおかげだろうか。


「ツェルセイ!」


外からは未だに声が聞こえる。

教えようと腰を上げると、ツェルセイさんに止められた。


「あれ、面白いからそっとしておこうよ。そのうち気付くから大丈夫大丈夫!

ま、シトライエ様専門医って言ってるのに、オレを呼んだ仕返しでもあるんだけど」


さらりと楽しそうに言う様子を見るに、悪戯が好きなのかもしれない。


「それで、君は誰?オレはツェルセイ。シトライエ様の専門医さ」


「私は…」


私は誰、だっけ。


思い出そうとするも、ぼんやりとしか思い出せない。


そうだ、名前、名前は…。

フィソア、だった気がする。


「フィソアです」


「フィソアちゃんね、よろしく。詳しいことはシトライエ様が聞くだろうし、今は名前だけでいいや。

で、なんだっけ、治療だっけ?いいよ、薬は選んであげる。見せてごらん?」


言われるがまま怪我した部分を見せると、ツェルセイさんは顔を近付けじっくりと傷を眺める。


「なるほどなるほど…。じゃ、まずは洗おうか。染みるけど我慢ね」


こっち、と連れられた先で傷口に常温の液体をかけられた。

肌に付いた血を、傷口に触れないよう指で撫でるように落とされる。


思っていたよりも優しい手付きが妙にくすぐったい。

水で流すと、付いていた血が綺麗に無くなっていた。


「どう?綺麗に落ちたろ。オレが作ったんだ」


声を弾ませ、ツェルセイさんは笑う。


「薬の研究もしているんですか?」


「まぁね。ここに来る前はそっちが本業だったもんで。

それじゃ、準備するから座ってていいよ」


今度はソファではなく、治療用であろう椅子に腰掛けた。


ツェルセイさんは薬品が入った瓶が並ぶ棚から取った黄緑の瓶を片手に、引出しから包帯を取り出している。


何となく私はその様子を眺めた。


取り出した包帯を鋏で切り、トレイに置く。


瓶を開け、置いた包帯の上に液体を垂らして染み込ませたところで視線に気付いたのか、彼が顔を上げて笑顔を向けてきた。


「これ、気になる?効果は主に三つ。殺菌、痛み止め、回復力向上。まぁどれも弱い効果の物だけどね。強いと、並の人間じゃあ耐えられなくて」


残念だ、とでも言うように彼は肩を竦めてみせる。


「そろそろ十分に染み込んだかな。貼るよ」


ツェルセイさんはピンセットで薬が染み込んだ包帯を摘むと、傷口の上に被せた。


その上から包帯を巻き、固定していく。


仕上げに包帯を留めると、包帯越しに傷口を優しく撫でた。


「うん、ばっちり。後は治るだけだ。これで治療は終わったし、ひとまずお客さん用の部屋に案内するよ」


使った道具を隅に寄せ立ち上がったツェルセイさんの後を素直に追う。


両開きの扉に辿り着くと、彼はノックも無しに扉を開けた。


室内には既に数人いて、優雅に紅茶を傾けている人と目と目が合う。


「おや、君が連れて来るなんて珍しいこともあるんだねぇ。ところでツェルセイ、ノックはどうしたんだい?いつもするようにと言っているだろう?もう忘れたのかな?」


「あはは、そうだっけ?今はお客さんもいないしいいじゃん」


どちらも満面の笑みを浮かべているのが逆に怖い。


笑いながらツェルセイさんは部屋に入り、壁際の椅子に腰掛けた。


「君も入っておいで」


入室を躊躇っていると、それを見透かしたように彼に招かれる。


彼らの他に、森で助けてくれた彼もいた。


「こちらへどうぞ」


執事さんに案内されるまま、恩人の隣へと腰を下ろす。


高価なソファなのだろうか、思っていたよりも体が沈んだ。

座り直したところで、執事さんが淹れた紅茶を目の前に置いた。

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