OathGRACE

七枦藤

第一部

序章:星影の花

Episode1 目覚め

最初に感じたのは、草と土の香りだった。頬を撫でる風に瞼を震わす。


ここは外、だろうか…?


瞬きを数度繰り返すと、記憶にない光景が目の前に広がっていた。


視界を埋める木々の隙間から見える、宇宙が見えそうなくらい透き通った空。

むせることのない新鮮な空気と、生き物の気配が感じられない静寂。


現実味がない。夢の中のようだ。

ここはどこだろうとひとまず立ち上がって、気が付く。


地面との距離がおかしい。視点が違うのだ。

気の所為ではなく、はっきりといつも見ている光景より異なっていた。


まるで、私の体ではないみたいに。


風に吹かれて揺れた髪が目に映る。その色は、見慣れた髪色ではなかった。

冷静に見ると、服も自分の物ではない。

胸元には宝石がはめ込まれた、見たことの無いペンダントが飾られていた。


自分の顔を確認したい。

不安で早くなる鼓動を落ち着かせようと、辺りを見回す。


左を向くと、木々の隙間から何かの視線を感じた。私の他に誰かいるのだろうか。

木々の間を歩いて先に進めそうだが先は見えず、嫌な気配を感じる。


それでも誰かいるのなら、と木と木の間を縫うように進むと、遠くに白い物が見えた。


なんだろう。


一歩近付くと、白い物体が目の前に移動した。あまりの速さに、体が動かない。


白い物体と目が合う。三角錐の白い側面には、複数の目が、存在していた。


「──っ」


声にならない声が零れる。

白い陶器のような側面から、刃のような脚が生えた。


それが振り上げられたところで、私の腕が強く引っ張られる。


「避けろ!」


「ひゃっ…」


低い声が響くと同時に、引っ張られた勢いで地面へと倒れた。

カン、と何かが落ちる音がする。


遅れて左肩に痛みが走った。

腕を伝って、血が地面へと滴り落ちる。


どうしよう。

痛みと恐怖で頭が真っ白になる。


「大丈夫か!怪我をしたのか!?」


その声でハッとし、理性が戻った。

どうやら私は白い物体に襲われ、目の前の人に助けられたようだ。


広い背中で、後ろで一つに纏められた淡い空色の髪が揺れる。


私を庇ってくれているのだろうか。


「少し待ってろ!コイツを片付けてからどうにかする…!」


僅かに焦りを滲ませた声に、うなずくことしか出来なかった。


彼のおかげで生まれた余裕で、痛む傷口を押さえ、いつでも立てるように体を動かす。


せめて足でまといにならないよう、木の陰に隠れ、様子を伺った。


白い物体と対峙する彼の右手には、細身の剣が握られている。

それを構え、白い物体を見据えて口を開いた。


「性質反転。対象、危険種外殻。──起動」


剣が僅かに青く発光する。

飛び掛ってきた白い物体を迎え撃ち、貫いた。


白い物体に亀裂が走り、割れて崩れる。

中から出てきた小石サイズの宝石のような物を回収すると、彼が振り返った。


目と目が合う。

初めて彼の顔を見た。


髪と同じ色素の薄い瞳は、鋭く細められている。


「まだいる。気を付けろ」


彼の言う通り、嫌な気配はまだ残っていた。

気配、というより、はっきりそこに“いる”。


姿は見えないが、じりじりと彼の背後に回り込むように移動していた。


彼は気付いていないのだろうか、周囲に視線を送って探している。


場所を伝えた方が良いだろうか。


少し迷って集中している様子に余計なことはしない方がいいかもしれないと思い、見守ることにした。


静寂の中、葉が揺れる。


「そこか」


瞬時に彼が剣で薙ぐと、白い物体が木の幹に叩き付けられ、地面へと落ちた。

トドメとばかりに勢いよく上から貫くと、砕けて動かなくなる。


彼は、破片に混ざっていた宝石のような物をしまうと、私の方に向き直った。


「さて」


その言葉と共に、剣が剣先から消えていく。


「傷の具合はどうだ?」


先程怪我した所を見ると、まだ血が溢れていた。私の視線を追った彼の顔が歪む。


「これは酷いな…。痛むだろ?怪我はこれだけか?」


「はい。怪我はこれだけです。助けてくださりありがとうございます」


「当たり前のことをしただけだ。それより、手当てが優先だな。

あいにく俺は手当てができねぇ。

だが、医者は知ってる。紹介しよう。少々遠いが…歩けるか?」


何とか立ち上がってみるも、視界が揺れて再び座り込んでしまう。


「大丈夫そうじゃねぇな。仕方ない、俺の背に…、いや、それでは傷に障るか。

腕を使わせず抱える方法…。…よし、これで行くか。触るが悪く思うなよ」


「…!?」


膝の裏に彼の手が回り、背を支えられて持ち上げられた。


これはいわゆる横抱きではないか。


そう認識すると、じわじわと頬が熱を持ち始めてしまう。


「この体勢で見つかったら厄介だ。走るぞ」


幸い顔色には気が付いていないようで、そのまま私を抱えて走り出した。


何事もなく彼が走り続けて数分後。


前方に屋敷が見えてきた。


「ここまで来たら安全だ。医者はあの屋敷にいる。もう少し我慢できるな?」


「はい」


よし、そう呟いて彼は広い庭を横切る。


扉の前に辿り着くと、ゆっくりと私を下ろした。


「悪いな、こんなところで下ろしちまって。扉が開けられなくてな」


そう言うと、重そうな両開きの扉を開ける。


「入れるか?」


彼の腕の中で休めたおかげか、今度は視界が揺れなかった。


彼に促されるまま、屋敷の中へと足を踏み入れる。

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