第42話 総力戦

 アシィドの質問にエリスが答えた。


「私は、エリスと申します」

「ありがとう。では、姫君エリスのご期待に応えましょう」

「もうひとつ、お願いがあります」

「はぁ」

「生きて戻りなさい」


 アシィドはニヤッと笑い、古龍の元へ走り出した。


「ん~、限界じゃ~。魔力切れ手前じゃぞ~」


 重力魔法をかけていたモレニが限界に達し、その場に崩れ落ちた。[サンピラー]の仲間が集まり、魔力回復薬を飲ませる等、対処を行なう。


「地上に転移させた方がいいのでは?」


 ルコットが声をかけた。


「まだじゃ~、こんな戦いは一生に一度だろう。極力最後までやりきって、その光景を目撃してから帰還すべきだぁ」


 弱々しくモレニが言う。


「多少の抵抗には協力しよう」


 レイラ・リステア・トコピが、[サンピラー]の前に立った。


 アシィドは、古龍に向かって走り出している。ゆっくりと巨体を起こす古龍は、強酸液を雨のように吹き散らした。あまりにも量が多い強酸雨は、魔力限界が近い冒険者たちには防ぐ術がない。


「こりゃ、参ったな」


 思わずラドヤが言葉に漏らした。


「お邪魔するわね」


 分厚い防御魔法が展開された。


「こっちに来ちゃっていいの!?」


 リステアが驚いて声を上げた。


「ゃ~、どぉもぉ、魔物管理センターのおさですぅ」


 凍りつくセンター長を初見の冒険者たち。

 リステアが説明した。


「どこに転移されるか分からない魔法陣用紙で行った先が魔物管理センターのある別次元で、そこの魔物がダンジョンに送られてます。その依頼をかけていたのが古龍で、その古龍の要求にご立腹の方が、こちらのセンター長」

「ホント、あの古参はどうにかしてあげないと、魔物も迷惑してんのよ。それにこんな催し滅多にないじゃない。よくよく考えたら興奮しちゃって。あのアシィドとかいう通常魔物とは違うのも、どうなるか見たくて。しかし、アンタたちボロボロね。防御魔法はしてあげるけど、体力回復なんて、してやらないからね」


 妙な期待をした冒険者たちは、少しがっかりした。

 強酸雨が落ち着いて、アシィドの闘っている光景が見えてきた。首を大きく振り、アシィドの接近を拒む古龍。足元に狙いを変更するも尻尾により近づけない。

 『どうにかして隙を作るしかない』と考えたアシィドは、大きく振りかぶって大鎌を高速回転させ古龍の頭部へ投げつけた。その間、アシィドは古龍の胴体から背中に飛び乗ろうと試みた。しかし、古龍は大きく振り向いてアシィドに噛みついた。


 ァンムッ!


 アシィドの左腕~肩口まで古龍に食らいつかれた。じわじわと食いちぎろうとアシィドの苦しむ様を見ている古龍。


「人の体で遊ぶな、無駄に生き続けた龍よ。姫君からの贈り物だ」


 アシィドは、ポケットに折りたたんでいた紙を右手で取り出し、古龍の舌に貼り付けた。そう、僻地転移の用紙だ。パッパッと二回点滅して古龍の体は第30階層から消え去った。宙に浮いていたアシィドの体は、床に激しく叩きつけられた。

冒険者たちは、アシィドの落下地点に駆け寄った。

 アシィドは左肩周辺が食いちぎられており、また落下の衝撃で出血量が増していた。


「姫・・姫君・・・、私はご依頼を果たせましたか」


 エリスは、アシィドの右手を握り、こう言った。


「はい、あなたの活躍により、多くの命を救いました。救ってくれたのです。あなたは成し遂げたのです」

「私は宮廷を・・・守れなかった。お許しください。彷徨い、長く生き、悔やんだ」

「もう大丈夫。アシィド、あなたは報われたのです。その忠義を守るあなたは素晴らしいのです」

「姫君・・・」


 アシィドの腕から力が抜け、アシィドは誇らしげに満足した顔で少し微笑んだ最後だった。

 冒険者たちは、大変苦しめられたアシィドだったが命を救ってくれたことに感謝し、涙した。


 エリスは提案をした。


「このまま遺体を持ち帰れば、理解せぬ者もいるでしょう。せめて、あの大鎌で灰にし、第26階層で弟アゥカリの横に埋葬するのはいかがでしょう」

「それは姫君の提案なので、断る理由はない」


 モクレンが大鎌を持ち、エリスに手渡した。


「おぉぉわぁぁぁ」


 大鎌が重すぎて、エリスはよろめいた。


「では、[王室調査隊]として送ってあげましょう」


 三人で大鎌を持ち、アシィドの足元を刺した。赤紫の炎が現れ、徐々に広がりアシィドの体は灰になった。

 また、エリスが言った。


「何か装備品は残ってないかな。ゴンブトとノルチェンも同時に埋葬しましょう」


 二人の遺体は古龍のブレスや強酸雨により、ほぼ形が失われていた。飛ばされていた靴と手袋を代わりに埋葬することになった。


 周囲を見渡す冒険者たち。第30階層まで到達できたが、ひどい有様だった。

 パラジが言う。


「何のためのダンジョン作成だったのでしょう・・・」


 センター長が持論を語った。


「あのね、古参は昔から自然生成されるダンジョンではなくて、設計をしたかったのよ。でもね、どうにも飽きてきて『他の者に作らせて、最後に全部ワシの物とすればいいじゃないか』って考えに至ったの。だから、利用されたのよアンタたちは。それは、魔物管理センターの魔物たちも含めてね。なので、誰かが古龍に引導を渡す必要があった。その役目をアンタたちがやったのよ。討伐したってことに誇りを持ちなさい。魔物のアタシが言うのも変だけどさ」


 なんとも言葉が出ず、涙する者もいた。

 さらに、センター長が言った。


「さっき言ってた第26階層ってとこまで案内しなさいよ。アンタたちが設計したダンジョンを見てみたくなったわ。その代わりに、ちょっと体力回復と対魔物防御をかけて戦闘しなくていいようにしてあげる」


 冒険者たちは、センター長による回復を受け、第26階層まで向かった。


 ゴンブトとノルチェンの遺品は冒険者側の埋葬先に埋められ、アシィドの灰は、アゥカリの墓の隣に埋められた。


「そんな時間が経ってないはずなのに、この墓地には数年振りに来たような感覚がする」

「いろんなことありすぎたし、何度も死にかけたらそう思っちゃうんじゃない?」

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