第40話 転移の選択

 魔法効果が消えたラギンは、イザベルの灰が降る中、天井を見上げた。冒険者たちからは、まだ煤の影響が強くラギンの姿を確認することができない。

 ラギンは大きく聞こえるほどの呼吸をし、深く息を吐いた。その直後、ビリビリとした空気の振動が伝わりダンジョン自体がガタガタ揺れだす地響きが起きた。そして、ラギンを中心に下降気流が起き、冒険者たちは吹き飛ばされた。


「や、やはりか」


 ルイターが横たわりながら、つぶやいた。

 大きな古龍が現れた。以前見た姿と違うのは、漆黒になっており、威圧と恐怖を感じさせられる。

 階層の柱に掴まっていたアシィドが、古龍に斬りかかる。ガギィィィンと大きな衝撃音が響く。


「何かしたのかね?」


 イザベルドラゴンを一撃で仕留めた大鎌でさえ、古龍の体・鱗を傷つけることさえできない。しかし、何度となくアシィドは攻撃を繰り返す。胴体、足、尾、場所を変えるが、すべて弾かれる。


「遊ぶ気はないんだよ」


 古龍は、コォォと音を立てながら大きく息を吸った。


「まずい!魔法が使える者はバリアを張れ!重ね掛けしろ!そうでない者は、バリアに入れ!」


 ルドヤが叫び、大急ぎで冒険者たちは密集し、[サンピラー]、ルコットがバリアを張り、レイラ・パラジ・リステアは、補助魔法でバリア強化に協力した。


 ブホォォォォォォ


 古龍のブレス攻撃が始まった。灰色に緑色や黄色の部分が時折見えるブレスは、階層の床にある赤絨毯を焼き焦がして、さらに溶かしていった。多重バリアを張っているが、高濃度のブレスはいつまで耐えられるのか。

 [サンピラー]が話し始めた。


「相手さんもさ、このブレスでケリつけるつもりなんじゃろ?」

「多分な~、空気よりも重そうで、我々の背丈より高く色付いたガスが溜まってる感じだなぁ」

「魔力切れまで待つつもりか?」

「古龍は遊ぶからな。一思いに仕留められるのに、じわじわと苦しめて、その姿を見たいんだ」


 ラドヤが提案した。


「改良版転移魔方陣用紙(転移用紙)があるだろ。皆に渡して、ここで地上に戻るか、もう少し戦ってみるか、それぞれに選択してもらおう」

「この状況だ。全滅するよりマシだろう」


 ズフィッチが返事をした。

 このやりとりを聞いていた冒険者たちは、考えていた。何のために階層主を競い合っていたのか、富や名声、理想のダンジョンを作り出す、そんな思いがあったが、結局は、古龍であるラギンの思惑に振り回されて現在、絶体絶命の状態だ。

 ラドヤが転移用紙を配り始めた。[陽だまり]に渡すと、早速使いだし、体に貼り付けたり、踏んでみたり。あっという間に、四人いなくなった。使った転移用紙は粉々になって消滅した。


「無事、地上に着地できているといいな」


 ラドヤはそう言って、さらに転移用紙を配っている。その時、大きく床が揺れた。古龍が飛び跳ね、この階層だけを揺らし、冒険者たちを動揺・混乱させる目的だ。そのため、ラドヤは転び、複数あった転移用紙を撒き散らかした。この状況を見て、冒険者たちは転移用紙を拾い、一枚ずつ受け取った。


「全員分行き渡ったかな。この転移用紙をいつ使うかは、それぞれの判断だ。[陽だまり]のように今使うのも可能。あえて古龍に挑むのも自由だ。ただし、生きているからこそ意味があるとワタシは思う」


 イモウがレイラに話しかける。


「レイラ、一緒に生き延びてくれないか?」

「・・・そうだね。あの古龍には、今、有効打が思いつかない」

「皆さん、先に離脱します」


 イモウが転移用紙を使った。それに続いて、レイラが転移した。


「現状では、足手まといになる。お先です」


 リステアが転移した。

 ラドヤが聞いた。


「エリス、王室に対して、十分な報告ができると思うが?」

「いえ、最後まで見届けないと」


 エリスが、震えながら答えた。


「そうか、転移する頃合いを見逃さないようにしないと」


 ラドヤは、そう伝え、古龍に対して攻撃手段を考えていた。


 一方、地上に転移した冒険者たちは、無事に転移できたのか?


 ドサッ!


「イタタタ。しかし、眩しいな」

「うわぁぁ、地面じゃぞ。この木々の匂い、地上じゃ~」


 [陽だまり]は大した怪我もせず、無事に地上に転移した。

 後に続いて、イモウが転移した。


「・・・あれ、レイラがいない。レイラ見ませんでした?」


 モスモスが言う。


「あの娘さんかい?皆、この場所に転移してるから、もう来てないとおかしいだろ」


 不安になるイモウは、周辺を探した。


 レイラは、どこに転移したのか?


「アタッ!なんだよこの狭い空間!それに真っ暗じゃねぇか!」

「おわぁぁ、なんでまたここなのよ!」

「お前誰だ!」


 レイラは、見えない空間でぶつかられたため、声がする存在を掴んでいた。


「待って待って、わたしリステアよ!」

「へ、なんで?」

「まさか・・・地上転移と別次元の転移用紙が混ざっていたのでは」

「ラドヤが、用紙をぶちまけた時・・・」


 レイラとリステアは深いため息をついた。


「何にも見えないよ」

「え、そうなの?・・・あ、わたし二回目だからか」

「リステア、あんた来た事あるの?」

「第28階層で背中押されて転移したのが、ここ。魔物管理センターがある別次元」

「ん~、試してみますか」


 レイラは、悪魔の目になって周囲を見る。


「お、見える。通路あるね」

「いいね、便利。センター長に会いに行こうか」


 レイラとリステアは、念のため手をつなぎ、迷って孤立しないようにしつつ通路を進む。やがて空間の切れ目があり、さらに進んだ。


 カカカカカカカッ


「もー本当にヤになっちゃう!何体、転移してくるつもりよ!って、アンタさっき戻ったでしょ、リステア」

「手違いがあって、また来ちゃいました」

「どう間違えるのよ!そっちは、匂いが違うわね。こちら側の存在じゃないの」


 幽体である存在のセンター長がレイラの周りをグルグル動いている。


「えぇ、ワタシはレイラ。元サキュバスでダンジョンの力で、デビリッシュに変わったの」

「まっ!そんな力があるの?古参は何でもありにしたわけね。しかし、その目はイイわぁ。立ち話もなんだから、また部屋に来なさいよ」

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