第9話 必死
大騒ぎになっている第6階層。冒険者たちは、細い路地に身を隠したり、幻術魔法により姿を変え、第7階層の下り階段を目指した。また、第5階層に一旦逃げる者もいた。
しばらくすると、サキュバスたちが通路から大幅に減っていた。
この騒動を大きな通路に隣接した建物3階『足つぼマッサージ』で見ていた[陽だまり]の面々は戦々恐々としている。襲われたらひとたまりもないからだ。しかし、店内のサキュバスたちは変化がない。
「なんでお前さんたちは、行かないんだ?」
「魅了と興奮はサキュバス同士で連鎖反応するし、その効果範囲がある程度決まってるの」
「あ、そうなの。ところで、俺たちには興奮しないのか?」
「うん、タイプじゃない。枯れ専は、よそにいるよ。紹介しようか?」
「あ゛ぁぁぁ、遠慮しとく」
徐々に落ち着いてきた大きな通路に冒険者たちが顔を出し、各々が覚悟を決め第7階層へ下りることにし、下り階段周辺に近づくと、大きなうめき声が響いてくる。
「よし、慎重に行くぞ」
順番に下りていくと、よく見かけるダンジョンの造りになっている。きれいに敷き詰められた石の壁・床。ただ、見える範囲だけでも扉の数が多い。これは、アルラムが身を潜めるため、多くの小部屋を作ったことによる。
多くのパーティが順番に扉に入って行き、慎重に一つずつ部屋の確認をしていった。遠くからモンスターの声が聞こえるため、そうせざるを得なかった。
第6階層から下りてきた階段周辺を探索していくが、まだモンスターに遭遇しない。部屋数が多いが宝箱や罠もない。少し緊張感に慣れてきた頃だった。
「コボルトが出たぞ」
群れをなしたコボルトが現れた。ホッとする冒険者たち。普段なら大した強さもないため、落ち着いて対処できる。
「フゥゥゥゥ」
コボルトが大きく息を吐き、逆立つ毛並み。よく見ると目が血走っている。明らかに興奮状態だ。
いざ戦闘が始まると、通常より圧力があり、防御しても弾かれる。
「おい、いつもと違うぞ。気を付けろ!」
別ルートで探索していた冒険者たちも似た戦闘状況になっていた。
普段なら問題なく対処するゴブリンたちもまた、目が血走り、息が荒い。
「なんだ、こいつら。同士打ちしても構わず突っ込んでくるぞ」
モンスターの生命力は変わらないが、無鉄砲な攻撃手段をとってくる。やはり異様な状態だ。
サキュバスたちから逃げるアルラムも、同様のことを感じていた。どうにか隠れながら移動しているがいつ限界が来るか分からない。いくつも小部屋を移りながら、必死で考える。
「やっぱり、サキュバスの集団が影響しているのか?」
サキュバスが集団となり、強烈なフェロモンがモンスターたちに影響して興奮状態になった。そう考えるのが妥当だろう。それなら、どうやってモンスターたちを沈静化させるか。アルラムは設計仕様書にサキュバス討伐のため、より強いモンスターを隠れている部屋の前に召喚した。
「サイクロプス、我が身を守ってくれ!」
他モンスターとは異なる気配に、サキュバスたちは即座に反応した。離れた場所にいたサキュバスも同族の思念伝達により、集まりだした。
複雑な通路も難なく集合したサキュバスたちは、サイクロプスすら魅了し始める。
アルラムは、部屋の周囲が静かになったことが気になり、ゆっくり扉を開け様子を確認しようとした。
ドゴーン!
開いた扉は弾け飛び、アルラムもその衝撃で部屋から引っ張り出された。
「アイタタタ、なんだよ一体?」
四つん這いになっているアルラムの背中をサイクロプスがゆっくり掴み、広い通路まで放り投げた。激しく壁に打ち付けられたアルラムは全身強打し、動けなくなる。そこへ、リーダー格のサキュバスが近づいて、こう言った。
「アンタとの契約を無効にしたいんだ。それを約束してよ」
「・・・」
アルラムは激しい痛みで声が出せない。
「沈黙かぁ。それじゃ、仕方ないねぇ」
複数体のサキュバスがアルラムの体に触れ、エナジードレインを始めた。そもそも興奮状態にあるので、その効果は数倍早く苦しむ間もなくアルラムの体は消滅した。
「さて、他の冒険者たちも吸い尽くしてやろうか。サイクロプスも暴れたりないだろう?好きにしなよ」
また、サキュバスは階層内を散り散りになり、冒険者たちを探し始めた。ゆっくりとサイクロプスも行動を始める。
単独で活動していた冒険者は、さすがにこの第7階層では協力体制をとって集団で攻防していた。しかし、一向にモンスターたちの興奮状態が収まらない。適度にやり過ごして、逃げる冒険者たち。
そこに、サイクロプスが襲い掛かってきた。応戦しようにも剛腕に複数の冒険者が弾き飛ばされれる。その中にはリステアやトコピも含まれていた。
「なんだあの力は・・・」
これまでにない衝撃に意識が飛びそうになる。
「何のために鍛えてるんだ!全員で攻撃するぞ!」
被害を目撃した[ビッグトルク]は、サイクロプスに総攻撃を仕掛けた。その間に、体力回復をする負傷した冒険者たち。
何か手はないか、周囲を見渡すトコピ。回復薬を飲んでいるリステアの奥の壁に見える物がある。それは、アルラムの装備品だった。
「おい、リステア!奥の装備品まで走れ!仕様書があるはずだ!お前の方が近い!」
キョロキョロとしたリステアは、転びながらも装備品にたどり着き、中身を漁った。設計仕様書が無事に見つかった。しかし、階層主権利の決定条件を聞かされていない。やむを得ず、設計仕様書を手に取って開いてみた。
階層が作成後に階層主が死亡したため、階層主権利はアルラムのまま。・・・物は試し、か。
リステアは、宣言してみた。
「第8階層の権利は、私、リステアに決定した」
薄っすらとリステアの体が光り、権利宣言が採択された。それを見たトコピが叫んだ。
「急いで第8階層への階段を下りて、階層を作ってくれぇ!」
リステアは、設計仕様書を抱きかかえながら壁際の通路まで走り、階段を下りた。冒険者たちは大声で叫んだ。
「第8階層に逃げ込め!」
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