第4話 階層主の美的感覚

 甘い物を食べ過ぎた胃もたれからようやく開放された頃、冒険者たちに連絡が届いた。


「いざ、集まれり第3階層へ!」


 装備を整えた冒険者たちは、第3階層へ下る階段前に集まった。


「ようこそ!改めて名乗ろう!私は、第3階層主エネルである!準備が整ったものから、順に下りるがよい」


 何だか面倒くさそうなヤツだなと思いながら、階段を下りた。

 たいまつ等必要なく初めから魔法効果の照明があるため、十分な明るさがある。タイルのようなテカテカした通路を慎重に進むと曲がり角があり、さらに進む。その先には、ドアはなく広い空間とつながっていた。

 冒険者たちは、散開して空間を調べだした。少しずつ奥に太い柱があり、何かくっついていた。


「ナニコレ?」


 柱上部から曲線で造形してあり、下から覗くと穴が2つある。


 ブホォ~


 穴から何か吹き出した。・・・鼻っぽい?


「おや、気付いた者もいるようだな。そう、これは鼻のオブジェ!私は鼻に美しさを感じている!どうにか美術館に展示物としてお披露目したいが理解してくれない。このような階層主権利を与えられたならば、数々の冒険者たちに優先的に鼻々の美しさを分かち合いたいのだ!」

「え~っと、鼻はこの空間だけ?」

「この規模に収まるわけがなかろう!鼻だぞ、鼻っ!多くの部屋を作って、私の魂を揺さぶられた美しい鼻々を知らしめなければならない!」


 鼻息荒く叫ぶエネル!その美的センスに閉口する冒険者たち。さらにエネルが言う。


「数多くある鼻の中には、私と感覚が繋がっている鼻がある。それを見つけ出したものが、次階層主権利を得られる。最後まで、その鼻が見つけられなかったら、次の階層主は私だ。もちろん、次階層も鼻だ」


 ギョッとする冒険者たちは、速やかに鼻探索を開始した。モンスターが出てくるのか、どういう種類か警戒するが一向に出くわさない。ただあるのは、壁から生えている鼻だけである。


「ぶん殴ってみるか」


 そう言い出したのは、物理攻撃に特化した[ビッグトルク]リーダー:ゴンブト。強烈な右フックが鼻を歪ませる。


 ん゛ふぅ~


「うわっ、何だよこれ!」


 緑色の煙が吹き出し、[ビッグトルク]の周囲に立ち込める。メンバーは嘔吐し、気絶する者もいた。猛毒である。かろうじて動けた者が毒消しを飲み、煙を吸わないようにしながら、メンバーを猛毒の鼻から遠ざけるよう運び出した。一定範囲に猛毒の煙は広がるが、吹き続ける時間が決まっているようだ。

 解毒が済んだビッグトルクの面々は、状況を見ながら体力回復を最優先とした。


 その猛毒の煙を遠くから見ていた別パーティがいた。


「こりゃ、いかん」


 慌ててルート変更したのは、高齢男性3人で編成されたパーティ[陽だまり]だ。リーダー:カメロは元冒険者で『白夜茶会』という名の知れた大所帯のパーティに所属していた。今回は、飲み屋で武勇伝を語っていたら飲み仲間が熱くなってしまい、冒険に出る羽目になった。


「いくつになっても、好奇心を失っちゃいかん」


 カメロが他メンバーであるピレン、ゼピンに向けて送った言葉が焚きつけたようだ。しかし、ダンジョン未経験らしく、また高齢。武器は肉切り包丁と大鉈おおなた。カメロは思った。


「武器だけは一丁前」


 カメロを先頭に、ゆっくりと通路を変え進む。カメロは進む。


「カメロ~、速いってぇ~」


 他2人が年齢的な歩み方。


「はぐれたら、襲われっぞぉ~」


 実は違った。歩きが遅いのではなく、通路壁上部に鼻があった。ものすごい吸引力で、ピレンとゼピンが吸われている。カメロが気付いて、こう言った。


「鼻があるぞ!吸われてるから、気ぃ付けろ~!」


 体重の軽いご老人は体ごと吸い寄せられる。カメロは思った『あの鼻の両穴に、ツルッとした頭がピタッてハマるんだろう』と。

 実際は違っていた。ピレンとゼピンは、冒険者ではなかったが刃物の扱いに慣れているようで、ザックザクに鼻を切り刻んだ。


「うわぁ、大惨事だよ」


 カメロが言うと、予想外の返事があった。


「ぁ~、ウチらは元荒くれだったからな。ちょっと思い出したわ」


 カメロは、顔が引きつった。正直、帰りたかった。


 また、別の場所でも鼻の扱いに困る状況が起きていた。単独で探索している猫系獣人忍者のトコピは低い位置に鼻のオブジェが両側に並ぶ通路に出た。


「気色悪い・・・」


 全身の毛が逆立ち、恐る恐る通路の真ん中を進んでいく。可能ならば左右の壁を蹴って飛び跳ねながら鼻オブジェの上を通過するのが安全そうだが天井が低いため、それができない。

 通路の半分くらい進んだ辺りで異変が起きる。通過した鼻が、くしゃみと鼻水を出している。それも何度もだ。大急ぎで走り抜けるトコピだが、相当数の鼻オブジェが口がないのにくしゃみをする。吸って吐く鼻が忙しい。とにかくその場を去ることだけ考えて距離をとった。

 離れた場所にいる階層主エネルに異変が起きていた。くしゃみと鼻水が止まらないのだ。


「ぶぇっくしょん!」


 そう、エネルの鼻が連動しているため、同じ状態になる。同じ症状と言うべきか。エネルは、動物の毛アレルギー。あらゆる動物の毛が粘膜に付着すると、くしゃみと鼻水がしばらく止まらない。とても苦しそうにエネルはうずくまっている。

 複数の冒険者がエネルの様子を伺うも、どうしていいものやら分からない。


「ちょっと試してみないか?」


 一人の冒険者が、粉末を鼻から吸い込むように差し出した。

 エネルは恐る恐る片方ずつ鼻の穴から吸引する。少しずつ症状が落ち着いてきた。


「おぉ、何だこれ。怪しい薬なのか?」

「いや、急性のくしゃみ鼻水が止まらない時に使う粉末状の薬だ。適応して良かったな」

「助かった、助けられた。あんた何者だ?」

「私は薬師くすしのアルラム。単独で参加している」

「そうか、この症状はまた起きるのか?」

「同じように次階層も鼻配置するなら、冒険者たちの何かに反応して、止まらぬくしゃみとズルズルの鼻垂れで何も出来ないだろう」

「何ということだ。それなら次階層主を継続することは出来ない話だ。アルラム、あんたに権利を譲る」

「お?いいのか?」


 エネルは、設計仕様書をアルラムに手渡した。アルラムの体が薄っすらと光った。


「この私が次の階層主となった。冒険者たちよ、楽しみにしたまえ!」


 多くの冒険者たちが、あっさりと権利を渡してしまったその光景を見て唖然とした。

 やり場のない怒りで、近くにある鼻に八つ当たりをし、次階層が出来るまで街に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る