第3話 甘々な階層
階層主を決める乱闘での傷が癒えた頃、探索参加する冒険者たちに案内が届いた。
「待たせた。第2階層へ来られたし」
準備を整えた冒険者たちは、第1階層の下り階段周辺に集められた。
「おい、さっさと探索させろ!お宝があるんだろ!」
第2階層主となったドワーフのモスモスが発言した。
「そう焦ることはない。探索は冒険者としての目的だが、階層主には夢や願望を叶えられる力が授けられる。この設計仕様書は、あらゆることが実現可能だ!」
興奮して話すモスモスを見て、若干引く冒険者たち。
「おぉぅ、そうか。あんたが設計した階層を見ても構わないか?」
「よかろう。行くが良い」
下り階段に近いものから、順番に第2階層へ足を踏み入れた。
とても甘い香りがして、足元はグニョグニョした適度な反発がある。
「とくと見よ!」
モスモスは、壁のスイッチを押すとダンジョン内に明かりが灯った。
「え?」
大半の冒険者は思わず言葉を失った。残りの冒険者は、歓喜の声を上げた。
「これ全部、スイーツだ!」
甘党な冒険者たちは、目を輝かせる。
「そうだ、これは私が子供の頃憧れたお菓子の家をダンジョンに再現した!もちろん食べられるぞ。食べた箇所は、すぐ補充されるようパティシエルームが存在する。ただし、パティシエルームには立入禁止だ。もし冒険者がパティシエルームに入り込んだ場合、飴細工として展示対象とされる」
大半の冒険者は困った顔をした。しかし、ここは一応ダンジョン。探索を開始した。
グニョグニョした床を歩きながら、ドアを見つける冒険者。
「ドアが、クッキーで出来てる」
ゆっくりドアを開けると、柔らかそうなスポンジ生地で囲まれた部屋だった。武器を収め、慎重に壁を触ってみる。
「すげぇ、ふかふかしている。食えるのか、食えるはずだよな?」
スポンジと生クリーム部分に手を突っ込んで、すくって食べてみた。
「・・・これ、うめぇぞ」
スポンジ壁を頬張っていると、天井にある照明に目がいく。
「この照明、飴細工のようだ。きれいな光沢だな~」
甘い物が苦手な冒険者ですら、完成度の高さに少しずつ食べてスイーツなのか確認している。計算された配置となっていて、子供も食べられる甘さから、大人向けの味を用意してある。少し進んだ奥にはティラミスで作られた壁があり、ほんのりコーヒーの苦味が効かせてあるが、マスカルポーネチーズの味わいも感じられる。また窓枠が加工されたビターチョコで、かじりつきたくなる。少し開けた場所には小さな泉があり、紅茶、コーヒー等のお茶が適温になるよう噴水で湧き出している。もちろん、チョコレートプールもある。
通路を通るのが面倒になった冒険者もいた。スポンジ生地の壁を引き裂いて通り抜けていると、飴細工でコーティングされた硬い壁に行き着いた。
「これが、外壁ってことか?」
外壁に沿って進むと、壁にボタンがあった。
「あ~、入口にあったスイッチと同じで、こっちでも照明が切り替えられるやつか」
あまり深く考えずにボタンを押す冒険者。
ボトボトッ、だば~!
真上から、大量のホイップクリームが浴びせられ、あっという間に姿が覆い隠された。
「んだよ、甘ぇよ!」
ヌルッとしたクリームまみれになったので、装備を外して拭き取るしかない。しかし、この光景を見た甘党冒険者の一部は、こぞってこのボタンを押した。通路一面に溢れかえるホイップクリーム。
「これ、たまんねぇよ!」
クリームを全身に浴び、浸る甘党冒険者。冒険や探索という目的を忘れてしまう階層。しかし、ここはダンジョンだ。グミで出来た床に足を取られつつも忍び寄る黒い姿。
「い、痛ぇ!」
冒険者よりも大きな黒アリが現れ、強力なアゴで鎧を挟み、クリームを舐めている。ギシギシと鎧を締め付ける音が響く。近くにいた甘党冒険者数名が救助に入り、てこの原理でアゴをこじ開け救出後、火炎魔法により黒アリを焼き尽くした。辺りには、黒アリの焼ける匂いと別に周辺が燃える甘く香ばしい匂いも立ち込めた。後者である匂いがとても危険だった。
甘く香ばしい匂いが、さらなる複数の黒アリを引き付けてしまい、甘党冒険者たちを取り囲んだ。
キュキュッ!
黒アリのアゴが激しく動く音が響き、急に命の危険を感じさせられる。
クリームで滑りながらも、甘党冒険者たちは戦った。黒アリの触覚を狙い、察知を鈍らせる者や、火ではなく氷魔法で応戦する者。
中には逃げ出す者もいた。しかし、黒アリの移動速度は速い。グニョグニョした床を必死に走って逃げる。他の冒険者の助けを借りるつもりだろうか?
逃げ続けて気付けば未探索の場所に来てしまう。ドアはあるものの『関係者以外 立ち入り禁止』と書かれている。だが、目の前には黒アリが迫りくる最中だ。罰則を受ける覚悟で、甘党冒険者はドアを開けると、侵入した足元が沈み込んだ。甘党冒険者は必死に床のグミを掴んで、床に這い上がって転がった。
バンッ!
黒アリがドアを壊し、ぽっかりと開いた空間に頭から落ちた。その瞬間である。天井から熱々の水飴がトロ~ッと滝状に注がれる。バタバタと暴れる黒アリだが、冷え固まり動けなくなった。
あっけにとられる甘党冒険者。ゆっくりと固まった黒アリに近づくと、後ろから声をかけられた。
「お前も同じようになりたくなかったら、立ち去れ。決して振り返るな」
ぞっとした甘党冒険者は、振り返らず、とにかく全力疾走して、その場を離れた。どういう道順だったかなんて覚えられないくらい必死に走った。気付けば、お茶の噴水広場にたどり着いた。
甘党冒険者は、自身が先程体験した状況を伝えようと、冒険者が集まっている所に近づくと、階層主であるモスモスがこんな話をしていた。
「次の階層主を決める方法を伝えるべきだが、もう候補者が見つかった。私を"マシュマロ・スマッシュ"の罠から守ってくれたエネルという錬金術師が次の階層主に指名する!」
設計仕様書をエネルに手渡すと、薄っすらと光に包まれた。仕様書ルールには違反していないので次の階層主と決定した。
ホイップクリームやチョコレートにまみれた冒険者たちは、ただ呆然としていた。しかし、お腹いっぱいで思考力も低下していたため、反論もせず錬金術師のエネルの言葉を待った。
「この私エネルが、階層主権利を頂戴した。すでに構想はある、私の理想を具現化するだけだ」
他冒険者たちは、第3階層が出来るまで一旦街に戻り、ベトベトになった装備品を洗浄することにした。
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