第9話 姉さんの脚……

大蔵が腹を刺された…

という一報を隆史が聞いたのは《東京スピンドール》の店内だった。


隆史

「安藤…ココ汚れてるじゃねえか!

ちゃんと掃除しろよ。」


隆史自らも店内の雑巾掛けをしている。


ルルルルル……隆史は梓からの電話に少し心が弾んだ。


「んっ?姉さん?………」


《梓》

「 (すすり泣き) タカ……た、大蔵さんか刺されたの……」


《隆史》

「だ、誰にヤられたんだ!……

大蔵さんは? 姉さんは? 病院か?……」


矢継ぎ早に聞く隆史に

「…ウン…ウン」と梓は答えるのが やっとだった。


隆史が病院に駆けつけた時には、

大蔵も腹の縫合手術が終わり、麻酔で眠っているようだった。


隆史は付き添っている看護師に、何か有ったら外にいるから…

と告げて梓と廊下に出た。


隆史

「いったい誰に……?」

梓は首を振るばかりで要領を得ない。


[姉さんって…こんな女性(ひと)だったか? もっと気性の荒い性格の女性じゃなかったか?]


隆史は梓とは別人と話しているような感じがした。


しばらくすると、「ご主人が目を覚まされました」と看護師が教えてくれた。


「あなた……傷は痛む?」


大蔵

「いや…大丈夫。梓…心配かけて済まねえ。

隆史さんも来てくれたんだな、ありがとう。

梓…ちょっとタバコを買ってきてくれるか?」


「あなた…タバコはお医者様から……。」


大蔵

「なあに…火を付けねえで香りだけでも嗅ぎたいんだ。」


……………………………………………………


大蔵

「なあ…隆史さん、ありがとよ。

頼りになるのは…やっぱり身内だな。

実は頼みが有るんだ。

しばらく梓の側に居てやってほしいんだよ。 

結婚してから梓はすっかり変わっちまって…

あんなだろ。

俺が入院してる間だけでも頼むよ。」


隆史

「分かりました。兄さんも早く良くなってください。」


……………………………………………………

その日は 梓は入院中の大蔵に付き添い、

大蔵の願いで 隆史もすぐ側で見守った。


夜中に隆史が ふと目を覚ますと、

大蔵も目を開けて起きているようだった。 


そして隆史の気配に気付くと大蔵は耳を疑うような話を隆史にしたのだった。


大蔵

「隆史さん…俺に もしもの事があったら、

梓の事を頼みます。

梓が他に好きな男性(ひと)が出来て一緒になるなら…それでも良いし。

もしも それが隆史さんなら…

俺は それでも良いですからね。

むしろ…そのほうが安心だ。」


隆史

「何を言うんですか…

大蔵兄さんの傷は かすり傷でしょ。

滅多な事を言わないでくださいよ。

それに俺と梓姉さんは姉弟なんですから…

そんな事絶対に…」


大蔵は隆史の言葉を遮って こう言った。


「梓さんから聞いたんですよ。

隆史さんは知らないかも知れませんが…

《隆史さんと梓さんは血の繋がりは無いんだと… 》」


隆史

「大蔵さん…冗談は止してください。

俺と梓姉さんは確かに昔の親父と死んだお袋の子供…」


大蔵

「驚くのも無理は無いです。

梓さんは《隆史さんは知らないんだ》と言っていましたから。

梓さんが言うには梓さんは子供の出来なかったお父さんとお母さんに養女として貰われて来たんだと言ってました。

その後に隆史さんが産まれたんだと…。」


隆史は 到底信じられないと思ったが…

心の何処かで《大蔵さんに もしもの事があったら…梓姉さんと俺って一緒になれる…》という叫びを聞いたような気がした。


それから数日経って…

大蔵

「梓も疲れているだろうから…

一旦家に帰ってゆっくり休んだらどうだい? 

俺なら この通り大丈夫だからさ。」


梓が渋々頷くと、

梓が席を立った時に大蔵は

「梓が心配だ。気持ちの面もそうだが…川崎組の奴等が梓を狙わないとも限らない。


そのほうが心配だから、今夜は家に泊まってやってくれ。頼む。」と言い、

隆史は断れない理由に黙って頷いた。


隆史は病室を出ると、梓の事で頭がいっぱいになった。

梓とは血の繋がりが無いこと…

大蔵が もしもの時には梓を頼むと言った事…

俺は梓姉さんの事をどう思っているのか?…


……………………………………………………


その夜、梓は隆史の布団を客間に用意した。

「タカと《二人の夜》なんて何十年ぶりかしら?…」


隆史は夕飯を戴いて早めに布団に入ると、

[もしも川崎組の奴等が今攻めてきたら…梓姉さんを護れるのか?]

そう思うとカーテンを開けて外を警戒したり、家中の窓の鍵を点検したりしてみた。


[肝心の梓姉さんは?]

と思って夫婦の寝室のドア越しに耳を澄ますと静寂が返って無気味で、


「姉さん?…もう寝た?…」

と声を掛けたが反応が無くて

[もう寝たのかな?]

と思う反面

[既に川崎組の奴等にヤられたんじゃあ?]

という思いが大きくなり、

「姉さん…」

と声を掛けてドアを少し開けてみた。


梓姉さんはベッドの上にいるらしく、

薄暗い部屋に女性の体が横たわっているのが見えた。


[よし、大丈夫だ。]

そう思ってドアを閉めようとした時に…

姉さんが寝返りを うったようで…

その時に長い綺麗な脚が見えた。


ドアを閉めて隆史は自分の布団に入ったのだが、眠れずに…

姉さんの事も気になるので、結局 姉さん達の寝室の前で眠りこけてしまった。


驚いた事に隆史が目覚めると、隆史は夫婦の寝室のベッドで寝ていた。

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