第二十三話「退廃した魔王」

 ハザンがブレイブ王国の城に招集された今日。

 エドワードの父、リチャードが殺されたのは今日よりちょうど二十五年前の同日であった。

 その日はリチャードが魔王、いやそのときは勇者と呼ばれていたロナ=リベルス公爵を王城に呼び出していた。


 勇者リベルスは魔王を討伐したために莫大な報酬を受け取り、貴族としてブレイブ王国の中でも一定の地位を得ていた。

 することが無くなったリベルスは、キャッシュレスの仕組みを作ってみたり、他にもいくつか、元いた自分の世界にあってこの世界にないものを魔法でうまく作ったりしていた。


 そのたびに少々大げさに感謝されたりもして、悪い気はしなかった。ただ、退屈だったのだ。することが無くなったRPG。ステータスもお金もカンストして、そこから自分は出られない。

 退屈を紛らわせるために、この世界で魔王より強いといわれている存在と次々と戦った。

 天候を操作する蒼天竜。大地の主、|星亀(スタータートル)、海の主、|核鯨(コアホエール)。どれも簡単に倒すことが出来た。

 そのせいで天候が荒れたり、害獣が異常発生して凶作になったり、津波が起きて街が一つ流されたりした。


 この日、リチャードはリベルスを注意するために呼び出したのだ。

 二人は同じ年齢だったが、リベルスはあるタイミングより、自分に禁じられた不老の魔法を掛けていたので、その見た目は魔王を討伐した日の、青年の見た目のままだった。

 しかし、髭を生やし、人生の苦労を感じさせる深いシワのあるリチャードと並ぶと、その美しさは、見ようによってはかえって滑稽にも見えた。


「意味もなく、守護獣達と戦うのはやめてくれないか」

 リチャードは言った。


 リベルスはそのとき、イライラしていた。朝、コーヒーをこぼし、自分のお気に入りの服を汚してしまったからだ。

 だからつい言ってしまった。

「おれに命令するのか?俺の敵ということか?」


 リチャードはまったく予想していなかったリベルスの反応に面食らったが、続けた。

「いや、そんなつもりはない。こちらとしては、お願いをしているだけだ。民の生活を守るために、これからは守護獣と無闇に戦闘しないで欲しい。逆に守護獣と戦う正当な理由はあるのか」

「理由なんて無いよ。退屈だっただけさ。ただ、なんでお前はそんなに偉そうなんだ。俺より弱いのに、俺に命令するのか?」


 リチャードは困惑していた。なんで話がこんな方向に行っているのかも分からなかった。

「もし、お前が望むならこれをやってもいい」

 王冠を自分の頭から外して、テーブルの上においた。

「ただ、それならば、この国の民のために働いてほしい。大きな権力には、大きな責任が伴う。それはこの世の摂理だ」

 なんで英雄と呼ばれている存在に、こんな説教をしなければならないのか、分からなかった。


「ああ、求めてるのはそういうのじゃないんだよ。もう面倒くさいな。そうだこうしよう。俺はこれから先もずーっと好き勝手生きる。文句があるなら、俺を倒してみろ」

「それはお前が魔王になるということか?」

 リチャードは目を見開いた。

「それも面白いかもしれない。なんか飽きたんだよね。いいこちゃんするの」

 リベルスは平然と答えた。


 王は恐怖した。今まで救世主だと思っていたものの実態に。今まで崇めていたのはただの偶像だった。この男は能力だけで中身がない。力に責任が伴っていない。これではまるでこの男は、女神から能力を授かっただけの、ただそれだけの、愚か者ではないか。


「フッ」

 王は笑った。自分と勇者のあまりにくだらない会話を嘲る笑いだった。


「あ、今笑った?俺のこと。すげえ苛ついたんだけど。謝れよ。殺すぞ」

 ああ、この男はそしてそれを今まで信じていた私も。


「五秒以内な? 五、四、三、早く謝れよ」

「なんて下らないんだ。この大馬鹿者が」

「ちっ。しねよ」

 リベルスは剣を抜いた。

 その日、王が殺され、この世界に新たな魔王が君臨した。

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