第二十四話「積み重なる罪悪感」
ダンジョンからの帰り道、奈路はカルマイに一つ頼みたいことを思いついた。
先程まで倒れていたというのに、奈路の前を元気に歩くカルマイの背中に声を掛ける。
「なあ、さっき借りは必ず返すって言ってたよな。それってなんでもいいのか?」
「もちろんだ、騎士に二言はない」
カルマイは歩を止め、振り返って答えた。
「頼みがあるんだが、俺とパーティを組んでほしいんだ。それでその、できれば修行もつけてほしい。この剣がなくても強くなりたいんだ」
奈路は自分の腰に穿かれた女神の剣を見た。
カルマイは、なんでもいいと言った手前少し気まずそうな顔をした。
「修行の方は問題ないが、パーティを組むのは無理だ。私は今マスターランクの冒険者で、お前はゴールドだろう。階級が2つ以上離れてると一緒に受けられる依頼が無いんだ」
「そうか。残念だな」
「もし階級が追いついたら、すぐにパーティを組もう。これは絶対に約束する。それによく考えたら今日討伐したモンスターの分で、お前の階級も上がってるだろうから、すぐ組めるかもしれない」
カルマイは言った。
ダンジョンは中々遠い場所にあり、二時間ほど移動してようやく街にたどり着いた。
街に着いてすぐ、カルマイと奈路はギルドに向かった。
「なんでカルマイさんと一緒に居るんですか?」
剣を使って瞬間移動をしたから気づかなかったが、どうやら奈路が向かった砂丘は、カルマイが向かったダンジョンとは反対方向にあるらしい。
そのため受付嬢は、砂丘に出掛けたはずの奈路が、ダンジョンに向かったカルマイと一緒にギルドの建物の中に入ったのを訝しんでいた。
「早いうちに切り上げて合流したんだよ」
「そうですか」
嘘は着いていない。ただ、どうやって合流したかは話さない。
受付嬢は納得はしていない様子だったが、話したくないという意思を尊重してくれたのか、それ以上の追求はしないでくれた。
剣の力で瞬間移動した、なんて言いふらしたら騒動が起きるだろう。既に手遅れかも知れないが、あまり目立ちたくなかった。
奈路とカルマイの冒険証に手をかざすと、受付嬢は驚いた。
カルマイについては、狩猟したモンスターの数に。
奈路については、倒したモンスターの内、一体が、とてつもなく強力だったからだ。
「奈路さん、あなた一体全体何を倒してきたんですか?」
「サボドッグを四匹と、なんかデカいやつを一体」
「その、なんかデカいやつのことを言っています」
やり取りを聞いていたカルマイが口を開いた。
「元魔王軍四天王のギューカイだ。古い魔王軍の残党らしい。近頃噂になっていたダンジョンに湧くボスの正体はそれだった。先に私が接敵してピンチになっていたところを、奈路が助けに来てくれたんだ」
「ギュ、ギューカイ……」
受付嬢は絶句した。
奈路も驚いていた。魔王軍四天王と聞いてもピンとは来ないが、幹部級の何かしらだということは伝わる。あの巨人は、そんなに強大な相手だったのか。
改めて女神からもらった剣を見つめて、その無茶苦茶な性能に怖気づく。あの女神はなんてものを渡したんだ。一介の男子中学生が手にしていい力じゃない。
「ランクの査定は、少しだけお待ち下さい」
そう言うと、受付嬢は下がった。
「パーティは今日組めるかもな」
カルマイが悪びれもせず言った。
しばらくすると、受付嬢が戻ってきた。奈路に渡された冒険証は、きらびやかに輝いていた。
「奈路さんおめでとうございます。現在のゴールドランクからプラチナを飛ばして、一気にダイヤランクまで昇格です。魔王軍の四天王を倒したとなると、実力的にはマスターランクにも相当するのですが、何しろゴールドランクの冒険者がその階級のモンスターを討伐するのは異例なことですので、今回は一度様子をみることになりました。勿論異議があれば申し立てることも可能です。どうされますか?」
「いや、そのままでいい」
奈路は頭の中で計算する。確かダイヤはマスターランクの一つ前だから。
「奈路。良かったな。パーティが組めるぞ」
カルマイが言った。
「どういうことですか?」
受付嬢が尋ねた。
「助けてもらったお礼に、奈路とパーティを組むことにしたんだ」
カルマイが答えた。
「なるほど、それなら無理ですね」
「なんでだ?」
「カルマイさん、あなたはブロンズランクです」
「は?」
受付嬢は丁寧に説明した。
「危険なモンスターの意図的な放置。並びにギルド他会員との私闘。施設内の掲示物損壊など、諸々の違反を計上した結果、本来ならば永久追放となるレベルの違反ですが、幸いにも被害者が出なかったことや、これまでの功績を考慮して、ブロンズランクへの降格処分となりました」
「な、な」
今度はカルマイが絶句した。
「奈路さんはダイヤランクなので、パーティを組むことは出来ません」
「さっきの異議申し立てしないっていうの、やっぱり取り消しできないか?」
奈路が言った。
「どうされますか?」
受付嬢が言った。
「昇格しない。ゴールドのままでいい」
奈路が朝苦戦したサボドッグは、ブロンズランク適正のモンスターだ。そもそもゴールドランクでさえ、本来の実力には全く見合っていないのだ。ダイヤランクになんかなってしまったら、それこそ剣に頼らないと受けられる依頼が一つもなくなってしまうだろう。ますます女神から貰った剣に依存してしまう。
「本当にそれでかまわないのですか?」
「構わない。俺の実力はダイヤなんかじゃないし、そうすればカルマイともパーティを組めるんだろ?」
奈路がそう言うと、カルマイが割り込んだ。
「いーや、だめだ。奈路、あまり私を舐めるなよ。ダイヤランクなんかすぐに追いついてやる。何なら今日中にでも」
「いや、なめてるとかじゃないって」
お前は俺が弱いって知ってるだろうが、余計なとこで割り込んで来るんじゃねーと奈路は顔で言ったが、カルマイには一切伝わっていないようだった。
「どうされますか?」
「だから昇格しないって」
「いーや、昇格しろ奈路。なんなら今日中にダイヤにあげてやる。おい、今から受けられる依頼はないか?」
そう言ったカルマイの口の端から血が垂れ始めた。
「ん?なんだ? ちょっと頭がクラクラするような」
カルマイが再度口を開くと、血は二筋になり、その幅が広がると、すぐにカルマイは倒れた。
「おい、大丈夫か」
そういえば、こいつピンピンしてたけど結構怪我してたんだった。
ギルドは一時騒然となったが、野次馬たちの中からランクの高いヒーラーが出てきて、応急処置の回復魔法を掛けてくれたおかげで、なんとか難を逃れた。
「凄い。こんなものもあるんだな」
奈路は、初めて見る魔法に興奮した。
ヒーラーは杖を握り、小さな声で呪文のようなものを呟くと、両手が温かい光に包まれ、その手がカルマイの体にふれると、先程まで険しい顔をしていたのが、穏やかな表情になった。
穏やかな表情になったなんていうと、死んだようにも聞こえるかも知れないが、スースーと寝息を立てている。
「本来なら身を起こすのも難しいほどの怪我です。なんでこの状態で元気で居られたのか、理解に苦しみます」
回復魔法を掛けてくれたヒーラーは言った。
「しばらく安静にしてもらうようにお願いします」
「わかった。目を覚ましたら本人にも伝えておくよ」
まあ、素直に言うことを聞くかは分からないが。奈路は心の中だけで思った。
ハザンは静かに酒を飲みながら、一連の騒動を見ていた。
奈路とカルマイがその場を立ち去ると、受付嬢はハザンに聞こえるように、わざとらしくつぶやいた。
「まったく。|単独行(ソロ)でランクを上げた人は、ブロンズランクに降格しちゃうジンクスでもあるんですかね?」
「さあな。知らねえよ」
ハザンは言って、酒を呷った。なんだか心ここにあらずといった、呆けた表情をしている。ハザンとの付き合いは長いが、そんな様子でいるのを見たのは初めてだった。
受付嬢は、なにかを予感して言った。
「死なないでくださいね」
予測していなかった突然の言葉に、ハザンは笑った。
「約束は出来ないね。この職業だもの」
「冗談で言ってるんじゃないんですよ」
「はいはい気をつけますよ。俺だって長生きはしたいからね」
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