第十二話「男子中学生の意地」
カルマイは血の匂いをたどり、ギルドの建物に入った。
獣臭い血を全身に被った男が受付に立っているのを見つけると、なんの迷いもなくその胸ぐらをつかんで、ギルドの依頼が釘留めされてある掲示板の壁に押し付けた。
奈路の体が勢いよく壁にぶつけられたため、衝撃で数枚の依頼書がパラパラと床に落ち、壁にヒビが入る。
それは大きな衝撃だったため、飲んでいた荒くれの冒険者達も何事だと集まり、すぐに周囲に人だかりが出来たが、カルマイの視界には奈路以外入っていない。
「お前がマモ太郎を殺したのか。あんなに体を斬り刻んで」
「ひぃっ」
これまでの人生で喧嘩などしたことがなかった奈路は、足腰が震えてうまく力が入らなくなってしまった。
カルマイは更に腕に力を込める。
「どうなんだ」
これ以上押し付けられたら喉を押しつぶされてしまう。奈路はギブアップするように腕を叩いた。
カルマイが舌打ちして腕を離すと、前に崩れ落ちて、「ヒーヒー」と下手くそな縦笛みたいな音で呼吸をする。凄まじい力で押しつぶされた上に、突然の出来事に気が動転したのも合わさって、息がうまく出来なかった。
「いきなりなにするんだよ」
奈路は震え声で言った。普段の奈路なら既に三回は泣いているだろう。奈路が泣くのを我慢できた理由は、先程胸ぐらを掴まれたときに、その相手が猫耳を生やした女の子だと分かったからだった。
流石に女子に泣かされたくないという男子中学生の意地だけが、今、奈路の涙腺と両足を支えていた。
「お前が、私の可愛いマモ太郎を切り刻んだからだ」
「なんだよマモ太郎って」
奈路が言い返すと、カルマイは少し気まずそうな顔になり、頬を赤く染めた。マモ太郎と戯れるときはいつも周囲に人が居ないことを確認してからだったから、当然そのかわいい呼び名は誰も知らない。
いつの間にやら集まった野次馬たちも首を傾げていた。
そのとき奈路は、マモ太郎がなにを指すかに気付いた。
「もしかして、あのバカデカいマーモロットのことか」
「そうだ。倒したのはお前だな」
「まあ、そうだけど」
奈路はカルマイから目を逸らし、女神からもらった例の剣を見ながら答えた。倒したのは自分だが、ズルをして、だった。
「斬り刻んだのもお前だな」
「斬り刻んで倒したからな」
「よし、殺す」
「ひぃっ」
カルマイが再び奈路に掴みかかろうとすると、最初から騒ぎを見ていたハザンが、ようやく二人の間に入って止めた。
「おい待てよ」
「邪魔だ!どけ!」
カルマイが凄まじい剣幕で詰め寄ったが、ハザンは退かなかった。
「別にこいつは俺の連れってわけじゃないが、殺されるような奴じゃないのは保証するぞ」
「そんなこと知った事か、こいつは私のマモ太郎を斬り刻んで殺したんだぞ」
呼吸も落ち着き、ハザンが間に入り余裕が生まれた奈路は、よせばいいのに言い返した。
「ていうかさっきから殺した殺したってなぁ、こっちだってあのバカでかい怪物に噛み殺されされそうだったんだぞ。飼い主ならちゃんと人襲わないように躾けくらいしとけこのウスラ」
奈路が「ウスラ馬鹿が」と続けようとするのをハザンが口を抑えて止めた。
「ウスラ馬鹿はお前だ。あの小娘はここらじゃ有名人だぞ。パーティを組まずにたった一人でマスターランクまで上り詰めた冒険者だ。ギルド開設史上二人目のな」
ハザンが血相を変えて、早口でそう伝えると、奈路も流石に鳥肌が立った。
先程の異常な腕力はそれが理由か。いや、もしかしたらあれでも手加減をしてくれていたのかもしれない。
「関係ないね」
「声震えてるんだよ馬鹿」
カルマイは、奈路の肩を掴んだ。その力も、手の形をした青痣が残りそうなほど強かった。
「貴様、表に出ろ。剣士として正式に決闘を申し入れる」
「じょ、上等だよ。少し力が強いからって無茶苦茶言ってきやがって」
「いい意気だな。ついてこい」
カルマイに続いて、奈路が震える足でギルドの建物を出ようとすると、ハザンがその腕をつかんで止めた。
「なんだよ」
「悪いことは言わない。やめとけ。今から平謝りして、二度と姿を見せないことを誓え。そしたら命まで取るような奴じゃない。冒険者ごっこの続きは他の街でしろ」
「ごっこじゃない」
無意識だった。奈路は、その言葉が自分の口から出てきたのが、自分でも信じられないような顔をした。確かめるように言葉を続ける。
「そうだ。ごっこじゃない本気だ」
ハザンはため息を吐いた。
「なら好きにしろ馬鹿」
「ああ、そうするよ」
奈路は建物を出た。ハザンはスキンヘッドの頭を抑えた。
「くそったれ」
奈路を追いかけるようにギルドを出ようとするその背中に、受付嬢が声をかける。
「相変わらず世話焼きですね」
「ただの野次馬だよ」
「そんなこといって、いつも何とかする癖に」
「何とか出来たらな」
「出来るくせに」
「過大評価だな」
ハザンはそう言い捨てて外に出た。
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