第十一話「女剣士カルマイ」

 カルマイは冒険者として名を馳せていた。猫のような耳と尾が生えた獣人族の女剣士で、しなやかな筋肉を内に秘めた腕は、その細さからは考えれないほどの力があった。

 

 偶然彼女の戦闘に居合わせた冒険者の談によると、そのときカルマイは丸太のように太い首を持つ大蛇をいとも簡単に一太刀で真っ二つにしていたという。


 カルマイの名前を有名にした要因は、彼女が成し遂げた一つの大きな偉業にある。パーティを組まず、|単独行(ソロ)によるマスターランク到達。一般的な冒険者は駆け出しの頃から、ヒーラーやタンク、後衛など各々の役割分担をしたメンバー4人で冒険に望むのに対して、彼女は常に一人で行動した。


 高難度の依頼を次々にクリアしていき、ギルドを設立して史上二人目の完全ソロのマスターランク到達冒険者となったのだ。


 彼女が冒険者になったのはあくまでも死地に身を置き、剣士としての腕を磨くためだ。徒党を組まず、ただ一人で高難度の依頼に挑戦し、強力なモンスターを倒して、街に戻る。

 カルマイの日常はシンプルで、殺伐としていたが、その中にも楽しみはあった。


「今日はいるかな?」


 街の近くの草原。そこに近づくと彼女の表情は自然と柔らかくなる。

「マモ太郎ー」

 カルマイは、普段の彼女を知る者たちからすると、信じられないような優しい声音で、呼びかけた。


 しかし、返事は無い。マモ太郎というのは、彼女がこの草原でかわいがっている一匹のマーモロットにつけた名前である。

 いつもなら呼びかけたら即座に走り寄ってきて、お腹を撫でさせてくれるのに、一体全体、どうしたというのか。


 鼻をヒクヒクと動かした。

「血の匂いがする」

 彼女は異変に気づくと、無意識に剣を抜いて戦闘態勢になる。


 抜き身の剣を構えながら、血の匂いのする方向に素早く駆けると、原因は直ぐに判明した。

「マモ太郎? 」


 そこには彼女が可愛がっていたマモ太郎の、見るも無惨な猟奇的な死体が転がっていた。

 幾重にも刻まれた体は原型を保っておらず、カルマイは地面に転がっている内蔵や、若干残っている輪郭の大きさから、辛うじてマモ太郎であることを認識した。


「なんて残酷なことをするんだ」

 きっとマモ太郎を倒したものは絶命した後も、弄ぶように死体を斬り刻んだのだろう。


「マモ太郎……」

 カルマイの脳裏に、マモ太郎との思い出の日々が、走馬灯のように駆け巡る。一番最初に出会ったときも、人懐っこいやつだった。高難度のダンジョンに潜った帰りにこの草原を通った際、背後から突然抱きついてきたのだ。


 カルマイは思わずその腕を無理やりこじ開けて、投げ飛ばしたのだが、今思えば可愛そうな事をした。倒れたマモ太郎を斬り捨てる寸前に、その可愛らしい見た目に気づき、剣を収めて謝罪した。

「キュー、キュー」

 マモ太郎に手をのばして、その大きな頭を撫でる。

「許してくれるか。すまない。お前かわいいな。よし。今日からお前の名前はマモ太郎だ」

「キュー、キュー」

「ふふっ、気に入ってくれたか」


 マーモロットはずる賢い。常に自分より弱いものを狙い、強いものには媚びへつらう習性がある。カルマイはこの特定個体の巨大なマーモロットにとって、数少ない強者にカウントされただけだった。


 マーモロットからするとなんの変哲もないただの種族特性であったが、その強さ故に孤独な日々を過ごしてきたカルマイにとっては、大きな癒やしであった。

 しかしその関係も、突然現れたサイコパスの襲撃により終わってしまった。


「うぅ、マモ太郎。かわいそうに。だが敵(かたき)は取るぞ」


 つい先程まで、年相応の娘子のようににこやかだった顔が、一瞬で険しい剣士の表情に変わる。


 再度鼻をヒクヒクと動かす。獣人族の特性で人族よりも嗅覚が鋭いが、カルマイの嗅覚は、長い間過酷な環境に置かれていたお陰で、同種の中でも突出して優れている。地下深くに設置された罠の火薬の匂いや、潜伏しているモンスターの索敵も出来た。

 マモ太郎の血の匂いは、街の方に続いている。

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