第九話「国王エドワード」
国王エドワードは、窓から城下を見おろした。
街を一望できるこの場所は、城の中でも一番気に入りの場所だ。
流動する人々を見て、中々に活気のある街だと思う。エドワードは国民に慕われる王だった。エドワードもまた、国民を愛していた。
彼が統治するブレイブ王国は、クエスト大陸の中でも最大の国になる。
先王が死に、玉座が受け継がれて間もないが、すでにエドワードの名も、大陸中に知れ渡っていた。
家臣の一人が、王の間に入ってきた。
「エドワード様、武具屋のアデクが、謁見したいと申し出ています」
「ああ、よく騎士団用の武具をおろしているところか。いいぞ。通してくれ」
「ははあ」
臣下の態度を見て、エドワードはため息をつく。
「そんな大仰な態度はしなくていいと前にも伝えただろう」
「いえしかし、そんなわけには」
「私がいいと言っているからいいのだ」
「はあ。善処いたします」
「前もその返事だったな。まあよい。そなたの良いところでもある。下がれ。楽にしろ」
「は」
家臣の返事を合図に別の家臣が扉を開けた。
同時に、小太りの武具屋が部屋に入ってくる。
エドワードは、窓の前から玉座に移動した。
扉が開くと、アデクはすぐにエドワードの前に片膝を立てて傅いた。
またかとため息をつく。
「面を上げて楽にしてくれ、アデク。我が国の騎士団は、いつもそなたの店の武具に世話になっている」
「身に余るお言葉、光栄でございます」
武器屋は傅いたまま答えた。
どうやら最初の方の『お言葉』は聞こえていなかったらしい。エドワードは諦めて、話をすすめることにした。
「それでアデク、今日はどんな用で来たのだ」
「武具の献上に参りました」
「そうか。そなたの店の武具はいつも品質が高い。代金を――」
「お待ちくださいエドワードさま。代金は要りません。あくまでも、『献上』とさせてください」
「何故だ。理由を申せ」
「まず、献上する剣は一本だけ。この袋の中にあります」
そう言って、アデクは革袋を前にだした。しかし、すぐに違和感に気づいた。重量が軽すぎる。
「し、失礼」
そう言ってアデクは、革袋を開けて中身を検めた。
「無い」
「どうした。何がないのだ」
「献上させていただこうとした剣です。おかしい。確かに包んで中に入れたのに」
アデクは中身をひっくり返した。しかし剣は出てこない。底に手を当てて確かめたが、穴は空いていないようだった。
「申し訳ございません。無くしてしまったようです」
「ふむ」
嘘をついているようには見えないし、嘘をついても、アデクに得があるようには思えない。
国王エドワードは考えた。しかし分からなかった。情報が少なすぎる。
「渡そうとしていた剣は、どういった経緯で手に入れたものなのだ」
「今朝、店を訪れた客から買った物です」
「その客の名は?」
「特に名前は聞いていません。ただ、このあたりでは見慣れない、黒い衣服を着ていました」
「見慣れない衣服? 異国の魔術師か?」
「いえ、ローブのようなものではございませんでしたし、青年からは、魔力は全く感じませんでした」
武器屋のアデクは昔、中々腕の立つ冒険者だったと聞く。『魔力を感じなかった』という証言は、かなり正確だろう。何らかの異国の魔法で化かされたという線は消える。ということは、武器自体の効果か。武器を売った青年にも想定外の。
「ふむ。それ以外に、何か青年から聞いたことはあるか?」
「剣を打った刀匠の名を。これまた珍妙な名前なのですが、『メガ女神ん』と言っていました」
「メガ女神ん」
メガ女神ん。メガ女神ん。
「女神メガ」
国王エドワードは立ちあがった。玉座の後ろ、大きく描かれたステンドグラスを見る。
そこには、一人の女神と、その女神から授けられた剣を持った、一人の勇者が描かれている。
「まさか、な」
突然無くなった剣。勇者の元に戻った?
「アデク、もう一つ聞きたい。その剣は、どんな剣だった」
「幻想のようにすさまじい切れ味で、鋼鉄の鎧を、まるで水面をなぞるように斬ることが出来ました」
賢王の中で、疑問が確信に変わる。しかし、このことを相談できるほどの人物は、今の王宮の中には居ない。
別に王宮が人材不足な訳では無い。こんな大層なことを相談するに足る人物は、クエスト大陸中で考えても、一人しか思い当たらなかった。
賢王エドワードは息を整えてから言った。
「アデク。剣を献上すると言って謁見を申し出で、実際にはなにもなかったこの度の無礼は不問に処す。その代わり、今日お前の身に起こったことは、誰にも語ってはならぬ」
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