第八話「グチャグチャ」

 制服のズボンは冬服なので生地が厚かったが、それでも|易易(やすやす)と貫通している。

 患部から血が垂れてヒリヒリと痛む。かなり不愉快だ。しかし包帯なんか持ってない。今持っているのは武器屋からもらった曲剣だけだ。


 足を動かさず、耳をそばたてる。ガサガサと音は聞こえるが、草原は背が高く、マーモロット自体が緑色の体毛をして小さいため、姿を見つけることは難しかった。


「痛いッ」

 再び脛に痛みが走る。さっき噛まれた足と同じ足。しかも傷口に近い位置を半ば、ほじくられるように噛まれたため、余計痛かった。


 再び、曲剣で叩きつけるように斬る。二匹目。

 万全を期すなら、一度街に引き返したほうがいいだろう。しかし、マーモロット自体は、素人でブロンズの自分でも一撃で倒せた。


 こんな簡単な依頼すら達成できずに帰ったら、また笑われてしまいそうだ。五匹倒すまでは意地でも帰りたくない。

 その後も奈路は奮闘した。倒すたびに毎回脛を噛まれ、しかもそのうちの何回かは取り逃がしたため、奈路はマーモロットを五匹倒す間に、合計で八回も足を噛まれた。


 しかもマーモロットは頭がいいのか、あるいは単に血の匂いを嗅いでいるのか、噛みつくときは右足だけに集中していて、一番深いところの傷は少しだけ骨が見えるほど酷かった。


 足を踏み降ろし衝撃が走るたびに、あるいは足を動かし雑草が傷口に振れるたびに、激痛が襲う。

 それでもなんとかびっこを引くように歩いていると、背後の森の奥から人のような気配を感じた。


「誰だ」

 痛みを我慢しながら振り向くと、森の木々の間から、自動販売機ほど巨大なマーモロットが、大木を支えにして二本足で立って覗いていた。


「嘘だろ」

 マーモロットは奈路が片足を怪我して、うまく動けないでいることに気づくと、目つきが変わった。

 四足歩行で奈路の方に走ると、剣を持った方の腕に噛みつこうとした。奈路は倒れるようにして間一髪のところでそれを避ける。


 間近に近づいたマーモロットの、CDケースぐらい大きい門歯の隙間には人の手が挟まっていた。思わず奈路は自分の手を確認するが、問題なくついている。手は前の被害者のもののようだった。大きく開いた口の奥では、粉砕されて砂利のようになった骨と血が混ざった赤い泥が堆積している。


 恐怖を振り払い、がむしゃらに剣を振り回して、マーモロットの巨大な頭を斬りつける。しかし、それまでに五匹のマーモロットを斬っていて、剣は切れ味が落ちていたし、巨大なマーモロットの体は強靭な毛で覆われていて、奈路の一撃は、マーモロットの表面にささくれのような小さなキズを付けるだけで終わった。


 マーモロットは再び近づく。足が痛くて身を起こすことすら出来ない。多分次は避けられないだろう。


 奈路は今になって、女神に貰った剣を売ってしまったことを後悔した。あの剣が手元にあれば。

 そう思った瞬間である。奈路の両手が輝いた。あまりの眩しさに奈路自身が目を瞑り、近づいてきたマーモロットも後ずさった。


 次に目を開けたとき奈路の両手には、例の女神から授かった剣が握られていた。

「どういうことだ?」

 しかし、今は考えている暇なんてない。奈路は再び襲いかかってきたマーモロットに対して、再度がむしゃらに剣を振るった。


 剣はなんの抵抗もなく、マーモロットの体を切り裂く。そのとき、奈路の頭の中に走馬灯のように浮かんだのは、学校で受けた家庭科の調理実習の授業だ。

 「味噌汁を作ろう」という内容だった。隣の席の女子生徒が、普段から料理をしているらしく、豆腐を手のひらに乗せてきれいに九等分していた。その様子をみて奈路も真似したが、包丁を引くときに豆腐はバラバラになってしまい、手のひらから落ちてシンクの上でグチャリと潰れた。


 今奈路の目の前に広がる光景は、それと似たようなものだ。ただ白色が赤色に変わり、ばらばらになりグチャリと潰れたのはのは豆腐ではなく、巨大なマーモロットの脳と内臓だ。

 奈路は口を抑えたがこらえきれず、そのグチャグチャになった死体の上にゲロを吐いた。

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