第七話「はじめての冒険」
肩を叩かれ、振り向くと一人の男に声を掛けられた。
男は亜人ではなく人族で、歳は二十代前半程のように見える。スキンヘッドで厳つい顔をしていた。
先程、ひときわ大きな声で笑っていた冒険者で、今も笑いをこらえているように、口の端がピクピクと震えている。
ククリ刀のような形をした、刃が太く短い曲刀と、端が尖った形をした盾を背中に背負っている。
「おい、さっきは災難だったな。けどまあ、獣人族は元々身体能力が高いんだ。さっきみたいなのは、まあさっきほどタイミングが悪くてあからさまなのは中々無いかもしれんが、よくあることだ。あんまり気にするなよ」
「別に。元々気にしてないし」
奈路は不機嫌だった。目を細めてにらみながら答える。
「お前、名前はなんていうんだ」
冒険者は気にせず尋ねた。
「|奈路(なろ)|安智(やすとも)だ」
「珍しい名前だな。俺はハザンだ。よろしくな、ナロ。冒険者として長いから、なにか聞きたいことがあれば教えられるぞ」
奈路は少し考えたあとに聞いた。
「あんたのランクは?」
ハザンは胸当てから、ネックレスのようにして首から下げていた白色の冒険証を出した。
「プラチナだ。お前も少しずつ上げていけば――」
「すぐに追いついてやる」
奈路はハザンの言葉を遮って宣言した。声は震えている。
こんなこと、普段の小心者の自分だったら絶対に口に出せない。でもここは異世界でなんとなく現実感が薄かったし、あのいけ好かない女神は、今も自分の行動をトレースして小説を書いているに違いない。それを考えたら、かっこ悪い自分を見せたくなかった。
「いい意気だな。頑張れよ」
ハザンは笑いながら言った。よく笑う男だ。
奈路は黙ってうなずくと、早速受付嬢に、ブロンズランクで受けられるクエストはないか尋ねた。
「今あるのでしたら、マーモロットの駆除依頼があります。街の近くの草原で、五匹討伐してきてください」
迷わずに「それを受ける」と答えた。
「おい。マーモロットの駆除をするなら、すね当てを装備していったほうがいいぞ」
ハザンが言った。
「すね当て?」と尋ねると、「これだ」と言って、自分の足の鎧をコンコンと叩く。どうやら鎧の膝から下の部分をそう呼ぶらしい。
「ここを出てすぐそこの、アデクの武器屋で買える」
「あの武器屋、アデクって名前なのか」
「なんだ知ってるのか」
奈路はやり取りを思い出す。すね当てがほしいと言ったら、多分また、昔自分が使っていた思い入れのあるすね当てを、生暖かい表情をしながら渡してくるだろう。それを考えると、立ち寄るのは気が重かった。
「今回はなしでいいや」
「そうか。まあナロの自由だ。足が遅くなるからって、防具を一切着ないやつもいるしな」
ギルドの建物は街の外壁にあり、すぐに冒険に出られうようになっている。
奈路はそのまま街を出て、依頼の草原に向かった。マーモロットは、受付嬢も一番弱いモンスターだと言っていたし、きっと大丈夫だろう。
ギルドは街の端の方にある。少し歩いて、外壁の門番に冒険証を見せると、すぐに街の外に出られた。
「はは、すっげぇ」
遠くに連なる山々と、あたり一面に広がる緑の起伏。オレンジ色に染まった空は、なんの邪魔もなく暖かな光を地上におろしていた。
「近くの草原って言ってたし、ここら辺でいいんだよな」
これ以上進むと、森の中に入ってしまう。森の奥は木々が密集していて、昼間なのに夜みたいに暗かった。街の外は、あまり人の手が入っていないようだ。
「痛っ」
そのとき、足に彫刻刀で抉られたような痛みが走った。
見ると、モルモットほどの大きさの、柔らかそうな緑色の毛が生えた四足獣が、大きな門歯で奈路の脛に噛み付いている。
奈路は武器屋から貰った剣を抜くと、その生物の首に振り下ろした。断ち切るほどは行かなかったが、半分ほど切れて、血が緑色の毛皮ににじむと、生物は力尽き、脛から口を離す。
「すね当て買っときゃよかった」
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