第六話「ブロンズのお兄ちゃん」
奈路は店を出ると、精一杯伸びをした。肩の荷が降りた気分だった。
立ち寄った宿屋からは街一番の武器屋と聞いていたが、奈路の評価はイマイチだ。
「ああいう変な熱持ってるタイプの店員嫌いなんだよな。さっさと売らせてくれっつうの」
店のスタッフと顔なじみになって、生温かいサービスを受けるのはあまり好きではない。
半ば押しつけられる形で貰ってしまった、シミターのような形の細い曲刀を見つめ、奈路は「今度からは別の店にしよう」と呟いた。
次の行動は決めていた。テンプレート通りの行動をするのは癪だが、いかんせんそれ以外にすることもない。
冒険者としての活動を行うため、集会所へと向かう。建物はさきほど立ち寄った武器屋のすぐ近くにあった。
丸い屋根のドームのような形をした建物だ。西部劇に出てくるようなスイングドアを押して中に入ると、広い建物の中にたくさんの冒険者達が集っていた。
大きな剣を持ち、鎧に身を包んでいるもの。厳(いかめ)しい杖を持ってローブを着ているもの。それらとは対象的にバンダナを頭に巻き、身軽な装備のものもいた。
種族も混合していて、耳が生え、屈強な体躯の獣人のようなもの、子供のように顔が幼く、耳が尖っているエルフのようなもの、背が低いが四肢が太いドワーフのようなものが居た。
亜人については街を歩く中でもう見慣れていたたし、みな武装しており、変に突っかかれてもやっかいなので、奈路は極力目をあわせないようにした。
それらの冒険者達は、だいたい三、四人程度の集団に分かれて座っていた。おそらくその単位の集団で基本的な活動を行うのだろう。
奥には掲示板があり、カウンターが二つ。一つは酒を出すバーカウンターのようで、冒険を終えた冒険者や、浮浪者のような見た目の者達がそのままそこで酒をかっくらっていた。少し離れた位置からでも酒の匂いがする。出している飲み物のアルコール度数は高そうだ。
もう一つのカウンターには奥に酒は置かれておらず、酒の匂いもしない。どうやらこっちが登録やらなにやらを行う受付のようだった。
奈路は真面目そうなポニーテールにタキシードを着た受付嬢に声を掛けた。
「あの、冒険者になりたいんだけど」
「新規登録ですね、五十メセタになります」
受付嬢が五十メセタと言った瞬間に、奈路の頭の中が五十メセタの通貨量を理解する。どうやら一万メセタで、奈路が先程貰った金貨一枚になるみたいだ。
「細かいのが無くて悪いんだけど」
奈路は金貨を一枚だけだして、カウンターにおいた。受付嬢は嫌な顔ひとつせず受け取り、釣り銭と、名刺ほどの大きさのブロンズ色のカードを出した。
「このカードに手をかざしてください」
奈路は言われたとおりにする。
カードがぼんやりと光ったあと、現地の文字で奈路の名前と、IDのようなもの、いくつかの数値がカードに刻み込まれた。
「おお、光った」
受付嬢は奈路のリアクションは気にせず続ける。
「いまおこなったのは、冒険者証への情報登録と階級の調整になります。冒険者にはレートがあり、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスター、グランド・マスターの七段階の階級があります。レートは依頼を達成するたびに上がり、逆に失敗したり、長期間依頼を行っていなかったりすると下がってしまいます。階級調整というのは、登録時のステータスから、それに見合った階級にレートを設定することを指していて、調整の結果、奈路さまは一番下のブロンズからスタートということになります」
「なるほど」
受付嬢は説明慣れしているようだった。階級の仕組みも、奈路がよく遊ぶFPSゲームのランクシステムみたいで、理解がしやすかった。
「一番下のランクかぁ。あーあ、部活とかやってりゃもう少し上がったかな」
奈路は万年帰宅部の運動音痴だった。
受付嬢が気を使ったのか、苦笑いしながら言った。
「登録時の階級の調整では、最初から危険度の高い任務を受注出来ないよう、本来の実力より低いものが設定されるようになってます。なのであまりお気になさらず、これから頑張ってください」
「ありがとうございます」
奈路は苦笑する。仮に本来の実力通りに設定されたとしてもブロンズだっただろうからだ。
ギィとスイングドアが開く音が聞こえ、振り返ると腰の曲がった年寄りの獣人と、奈路より幼い、小学生位に見える獣人が集会所に入室した。どちらも柴犬のような尖った耳が頭にあったが、老人の方の耳はやや垂れている。
「おじいちゃん、強いって本当?」
少年のほうが言った。
「ああ、本当じゃよ、昔は冒険者だったんじゃ」
年寄りのほうが答えた。
「おじいちゃん嘘ばっかりだからなぁ。冒険証の登録で試してみようよ」
少年がおじいちゃんに提案すると、おじいちゃんが笑いながら答える、にこやかな会話だった。
「ああお嬢さん。すみません。冒険証の登録は出来ますかの」
「はい、可能です。50メセタになります」
奈路と同じようなやり取りをすると、年老いた獣人は受付嬢に差し出された冒険証に右手をかざした。
すると、冒険証は銀色になった。奈路より上のランクだ。
「おお、まじか」
奈路は衝撃を受けたが、二人のリアクションは微妙だった。
「なんじゃシルバーか。わしも老いたのぉ」
「なんだいおじいちゃん、子供の俺と同じじゃん」
そう言うと、子供は銀色の冒険証を半ズボンから取り出した。
奈路は恥ずかしくなり、自分のブロンズの冒険証を素早く学生服のズボンにしまったが、目ざとい子供に見つけられてしまった。
どこの世界においても子供は純粋で残酷だ。
「え、ちょっとおじいちゃん隣の人の冒険証見た? 銅色だったよ?」
「馬鹿な。そんなわけないじゃろ、あんなに年若い青年がブロンズランクなわけがない」
奈路は空気を読んでくれとばかりに顔をそむけていたが、自由奔放な子供は、気になることを確かめずにはいられない。
「ねえ、冒険証見せてよ」
奈路は無視した。
「ねえってば、冒険証見せてよお兄ちゃん。ブロンズだった気がするんだけど。見間違いかな」
奈路は顔が真っ赤になった。
その様子を見て察したのか、おじいちゃんは子供の手を引いて、出口に歩く。
「やめなさい。ほら、冒険者の邪魔をしちゃいかん。皆様すみません。お騒がせしました」
最後に一礼して集会場を出ていった。
おじいちゃんと孫の獣人が去ったあと、集会場は暫くシンと静まり返っていたが、一連のやりとりを見ていた冒険者の一人が小さく笑うと、みな我慢していたのだろう、建物の中はすぐに堰(せき)を切ったように大きな笑いの渦に包まれた。しばらくして笑いが収まったかと思うと、遠くの方のカウンターで酒を飲んでいて、やり取りを見ていなかった冒険者が何事だと尋ね、誰かが詳細を教えてやると、再び笑いが巻き起こる。
奈路は目から涙が出そうだったが、男の意地ですんでのところで堪えた。天井から差し込む光を見つめ、涙を乾かす。
「あいつなんつー表情だよ。あっはっは」
そんな様子がますます冒険者たちの笑いを誘うようだった。
女神は水晶を通してその光景を見守っていた。
「うぅっ。本来だったらここ、いきなり最上位の階級になって、その場に居合わせた全員に羨望の眼差しで見つめられるところだったのに」
「|異能(チート)を自分とは切り離した道具に限定したのが上手かったですね。一本取られてしまいました」
天使長が言った。
「そうね。ただ剣については心配ないわ。ちゃんと仕込んであるから」
「はあ」
「まあ、見てれば分かるわよ」
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