第五話「最強の剣を売れ」
建物は、街の大通りに面した立地に立っていた。二階建て。一階が武器屋で、二階が居住スペースになっている。
小太りの店主が一人で切り盛りしているが、中々に広い。壁にはいくつもの刀剣や斧、ハンマーが立てかけられている。フロアには十字の木型に、それぞれ系統の異なる鎧が飾られていた。
建物の外観は少し古臭かったが、それでも武器屋としては街で一番の評判を得ている。
店主は店の一番奥のカウンターに立ち、一つしかないドアを見つめていた。客はそこから入ってくる。客が来たら対応する。この店を始めて、もう十年になる。
ドアが開くと、一人の青年が入ってきた。
あまりこの辺りでは見ない意匠の服を着ている。それでも上下の服の黒色の生地は上等そうで、特に上に着ている服は金色のボタンが着いていて、貴族の着る服のように襟が立っている。中々に高価そうだった。
この客は良く買ってくれるかもしれない。店主はそう思った。
青年はしばらくの間、まるで初めて見るかのように、店内の武器や防具に、興味深そうに見入っていた。
ああ。よく見てくれ。うちはこの街じゃ一番品揃えがいいんだ。それでもって、一番上等なんだ。だからよく見てくれ。そしてたくさん買ってくれ。
しかし、青年が次につぶやいたのは、店主の期待に添う言葉ではなかった。
「あの、武器を売りたいのですが」
店主は落胆した。しかし表情には出さない。この店を始めて、もう十年になる。
「へい、何を売りたいんで?」
青年はこくりとうなずくと、肩に背負っていた革のストラップを前に回した。それは剣だった。
ストラップを肩から外すと、青年は鞘に収めたままの状態で、剣をカウンターの上に置いた。
「これなんですけど、いくらになりますか?」
「確認いたします」
店主はそう言って丁重な手つきで剣を触り始めたが、正直あまり期待はしていなかった。青年の剣の持ち方が、まるで素人じみていたからだ。恐らく二束三文の値にしかならず、買い取りを拒否して突っ返すことになるだろう。それでも店主は、あくまでにこやかに対応をすすめる。
箸でつかむように丁寧に剣の柄を握ると、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
この店を始めてから、もう十年になる。武器屋の見習いとして働き始めてからは二十年になるし、初めて剣を握ってからは、もう三十年になる。
だから、抜いた瞬間に分かった。その剣の価値が。
剣は鞘から抜きはなった瞬間に青白く光った。振らずとも、その場の空気すら切り裂くような切れ味の高さが伝わってくる。
「お客様、この剣の銘は? この剣は、どこの刀匠が打ったものですか?」
青年は苦笑した。少し考えた後に答えた。
「強いて言うなら、『メガ女神ん』ですかね。本人がそう名乗っていたので」
「お客さま、ちょいと離れてください」
言うと、店主は剣を持ったまま、店で一番頑丈な、フルプレートの鎧を飾った木型の前に立った。
剣の刃を、その鎧に当てる。そして、斜めに、ゆっくりとスライドさせた。
フルプレートの鎧が、まるで水のように何の抵抗感も無く、斜めに真っ二つに斬れた。言葉通りの一刀両断だ。
青年は、その光景を目を丸くして見つめていた。ありえないことかもしれないが、その剣の切れ味を知らなかったとでもいうように。
もし、そうならば教えてやらなければいけない。別に商売っ気が無いわけじゃない。ただ、創業十年の、街一番の武器屋のプライドがある。武器に対して、嘘を言うわけには行かない。
だから店主は正直に、実直に、青年に伝えた。
「申し訳ないが、うちじゃ買い取れません。情けないことですが、この武器に対する正当な対価が支払えない」
青年は困ったような顔になった。少し考えた後に言った。
「正当な対価じゃなくていいので、買い取ってくれませんか」
「勘弁してください。あの切れ味をみたでしょう」
「だからこそ手放したいんです」
店主は青年の目を見つめる。青年が、カウンターに置かれた剣を見つめる目を。それは本気の目だった。本気で、この剣を嫌っている目だ。
剣を握った自分の手を見る。なんともなかった。呪いの類はかかっていない。剣には何の代償もない。ただただ、すさまじい性能を誇るこの剣を、不思議な事に目の前の青年は本気で嫌っているのだ。
仕方が無い。商売だ。客の要望には答えないといけない。店主は思わずため息を吐いた。
「すこし待っててください」
カウンターの奥に移動する。金庫を開け、金貨が大量に入った大きな革袋を持って、またカウンターの前に戻った。
カウンターに、重い革袋をガシャンと音を立てて乗せた。
「金貨が千枚と少しある。うちで出せる最大限です。ただ、これだけあっても、その剣の価値には絶対に見合わない。金貨が一万枚あっても絶対に足りない。あなたは、その剣の本来の価値の百分の一にも、ひょっとしたらそれ以上にも満たない金額で、その剣を売ろうとしてる。バカな商売です。だから止めといた方がいい」
さて、青年がこれになんと答えるか。店主は、年甲斐もなくわくわくしながら、青年の次の言葉に耳を寄せた。
それが期待を大きく外れた答えだったので、店主は思わず吹き出してしまった。
ある意味では期待に答えたとも言えるかもしれない。
青年はこう答えたのだ。
「金貨が一枚あったら、ここの相場で宿にどれくらい泊まれますか?」
店主は吹き出し、ひとしきり笑った。その後に言った。
「失礼。ひと月は泊まれます。とてもいい宿に」
「じゃあ五枚でいいです」
「はい?」
「この剣を金貨五枚で売ります。あとは要らないです」
店主は今度は笑わなかった。ひたすら目を丸くする。
「お客様正気ですか? 今の話、聞いてなかったんです?」
「元々捨てようとしてたんです。だから、そんなに多く貰うわけにいかない」
店主はまた若者の目を見る。正気だった。
「本当に、本当にいいんですね?」
「はい。ずるしたくないんです」
「ずる」。この若者の言う「ずる」が、何を指すのか、答えは明確だった。この剣のことだろう。
だからこそ、この剣を手放したい。それも、あまり大きくない金額で。
店主はようやく青年の意図を理解した。
「分かりました。じゃあ金貨五枚で売りましょう」
革袋から金貨を五枚だけ取りだし、カウンターに積み重ねた。そして、カウンターの下から、新たに年期の入った剣を一本取りだした。
「剣を一本、サービスでつけさせてください」
青年は両手を出して、断ろうとした。
「そんな悪いです。要らないですよ」
その剣は、店主が冒険者だった頃から使っている剣だった。そんなにいい剣ではない。ただ、一番丁寧にメンテナンスし、長く使い続けてきた剣は、よく手になじむ。
だから、店に暴漢が入ってきたときの用心として、常にカウンターのすぐ下に置いていた。思い出も、思い入れもあるその剣は、店主のお守り代わりでもあった。
正直手放すのは惜しい。だが、「ずるをしたくない」という青年に見合う武器はこれだろうと思ったのだ。
「この剣は「ずる」じゃないです。強くも弱くもない、ありふれた普通の剣だ。多分お客さまが一番求めているものですよ」
青年は迷ったあげく、「じゃあ」と言って剣を受け取った。
しばらく黙って剣を見つめた後、「この鞘、紐ついてないのだるいなぁ」とつぶやいた。
「あげますよそんなの」
店主は店の奥から、肩に掛けられる紐のついた鞘を持ってきて、青年に渡した。
「ありがとうございます」
青年は笑顔で剣を受け取ると、ストラップを肩に掛けて、店を出て行った。
「毎度あり」
****
青年が去ったあと、武器屋の店主アデクは、青年が金貨五枚で置いていった剣を見つめていた。
(「ずるしたくないんです」)
「ずるしたくない。か」
青年の言葉を繰り返す。
強い眼差しを持つ青年だった(店主の脳内補正)。今どき珍しい。久しぶりに、この店を立ち上げた当初の気持ちを思いださせてくれた。
「青年。おじさんだって『ずる』はしたくないんだぜ? 」
決めた。この剣は売らない。この剣で商売をして、利益をだしてはいけない。
アデクは二階にあがり、上等なビロードの布で剣を優しく包んだ。
この剣は王様に、「無料」で献上することにしよう。来るべき
店主は大きな革袋の中に布で包んだ剣を突っ込むと、肩に背負って店を出た。ドアには『臨時休業』の札を立てかけた。
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