第39話 境界線 2【G2-2】

 宝城に案内されるまま、階段を上り、たどり着いたのは所長室だった。宝城に促されるまま、二人掛けのソファに彩芽と聡司は並んで座る。背の低いテーブルをはさんで宝城は立ったままだ。


「お茶とお菓子を用意するからちょっと待って欲しい」


 身体が動きそうになる二人を宝城は客人は座ってなさい、と静かに制して、奥の部屋に消える。彩芽たちがいる場所が応接スペース、部屋の奥の大きな机が置いてある。

 木材を贅沢に使った重量感の伝わる作りで高級だと一目でわかるが、天板の上に乱雑に置かれた何だかわからない機材のおかげで、威厳というものが感じられない。この施設にはほかに人がいないのだろうか、と二人が訝しんでいると、お盆に急須と人数分の湯飲みをのせた宝城が戻ってきた。


「茶請けが煎餅しかなかったがいいかな?」


 二人がそれぞれ頷くのを見て、宝城はお盆をテーブルにおいてから、ソファに腰を下ろす。そして、湯飲みにお茶を注いで、二人の前にゆっくりとおいた。


「支部は魔法や疑似魔法を悪用した事件の対応を目的としていてね。簡易検査はできても、本格的な検査はできないんだ」


 彩芽はお茶を冷ましながら、宝城の言葉に耳を傾ける。


「そもそも検査に使う設備がなかなか高くてな」


 やや身を乗り出して聡司が問う。


「電気代を節約するぐらいに厳しいんですか?」

「あれは気分だよ、気分。贅沢に人は使えないから自分でできることは自分でやってる」


 啜ったお茶が渋かったのか、宝城は顔をしかめる。聡司は姿勢を戻しながら、大丈夫なのかな、と彩芽にだけ聞こえる声でいった。彩芽は、声にはしなかったが、たぶん、と目くばせした。


「こういう慣れないこともやっているわけだよ」


 宝城は個別包装された煎餅を食べやすい大きさに割ってから、包装をあけて煎餅を口に運ぶ。彩芽が一口お茶を飲み、聡司が煎餅を頬張って飲み込んだのを見届けた宝城は、身体の前で手を組んで、


「さて、本題に入ろう。具体的には検査の流れだが、弦本君にはその格好のまま検査室に向かって欲しい。スタッフたちがすでに準備を終えている。検査中はいくつか質問や先の蝶を出すといったことをお願いするつもりだ」

「それだけで、いいんですか?」


 彩芽の問いに宝城は苦笑いして、


「それぐらいしかできないのだよ、今の技術では」

「その、俺はどうすれば?」

「この辺で待っているといい。ここは見た目より広くてな。下手に歩くと迷子になる」

「その時は迎えに行くよ」

「堪忍してください」


 検査自体は1時間で終わり、結果は数日後にわかるのだという。聡司は検査室までついていきたいのをこらえて、所長室で彩芽を見送り、彩芽は宝城の案内で検査室に向かう。彩芽は検査自体には不思議と不安は感じていなかった。検査の結果とどう向き合っていくかが難しい。わかったことでまわりとの関わり方が変わってしまうかもしれない。それでも、人と関わって生きていくためには大切なことだから、と前を向いて思う。

 宝城が扉横のセンサーにカードをかざすと、分厚い金属製の扉がゆっくりと開き、濃い灰色の床と黒い椅子が彩芽の視界に飛び込んできた。さらにまわりを見ると、の一部には彩芽の膝の高さほどの黒い四角錐が敷き詰められている。


「私とスタッフたちは隣の部屋から音声で案内する。それに従ってほしい」

「はい」

「もし、具合が悪くなったり、喉が渇いたりしたら、気軽にいってほしい。検査で調子悪くなったら本末転倒だろう?」

「わかりました」


 宝城はいくつかの注意事項を彩芽に共有すると、最後に椅子に座るよう促した。彩芽はそのまま椅子に座る。宝城が退室すると部屋は完全に無音になった。しばらくしてから、スピーカーが鳴る。


「聞こえているかな」

「はい」

「そちらの声もはっきり聞こえているよ。まずは手始めに蝶を数匹放って欲しい」

 彩芽は言われたまま、自分の手のひらから蝶が飛び立つのをイメージ。それはすぐに現実になり、青い蝶が自ら光を放ちながらひらひらと室内を舞う。


「蝶を好きなとげとげにとめられるかい?」


 宝城の言葉に彩芽は蝶を四角錐の頂点に止めて見せる。スポンジのようにも見えたが実際は硬い素材できている。冷たくもなければ熱くもない。


「ありがとう。ほかにも何かできることがあったら教えて欲しい」


 彩芽はしばらく、考えてから、


「結界のようなものが、出せます」


 と答え、宝城はマイクをオフにして、部屋にいるスタッフの顔を見渡してから、マイクをオン。


「範囲はどれぐらいになる? この施設を壊さない程度だとありがたいんだが」

「加減はできます。その、私から数歩分ぐらいでいいですか?」

「それでいい。やってくれ」


 彩芽の身体を中心に景色が滲み、緑色を基調とした風景に変わる。カメラで見ていた宝城たちはアラートの中、目を見開いた。彩芽の周囲に広がっている開けた森には奥行きと実体があると測位結果は告げている。カメラ越しでもその存在感は伝わってくる。しかし、床の重量センサーの数値に変化はない。


「もういいですか?」

「あ、ああ、十分だよ、ありがとう」


 彩芽を取り囲んでいた風景が霧散する。まるで先ほどまで存在しなかったかのように。宝城たちはアラートの鳴りやんだ部屋で予想外の結果に立ち尽くしていた。


「これはとんでもないことになった」

「嬉しそうですよ、所長」

「嬉しいに決まってる」

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