第40話 境界線 3【G2-3】

 スタッフが集まって、それぞれの意見を出し合っている。それを宝城は一歩離れたところから聞いていた。


「この結果は彼女の力が物質として安定している証です」

「結界を展開した時は、干渉場が広がっていた。完全に制御ができていると考えられます」

「あの結界、実体はあるんだよな」

「宙に浮いていたから床の重量計が変動しなかったんだよ。結界展開時に音の反響の仕方が変わっているから――」

「反響だけなら温度変化でも起きるでしょう?」

「この変化は結界内部の木々にあたって起きているものだよ。この変化を見て――」


 計測結果から考えられることを皆があげていく光景は見ていて心地がよい。


「皆、脱線だけは気をつけてな」

「もちろんです、所長」

「はい、所長!」


 学校かな、ここは、と苦笑しつつ宝城は、中堅の何人かに声をかける。


「問診とこうか」


 にぎやかな管制室から出ると静寂が宝城たちを包む。


「温度差が激しいですね」


 一人がこぼした言葉に宝城は頷く。比較的落ち着いている面子に声をかけたが、診察の結果次第では宝城自身を含めて温まりそうだった。



 彩芽は丸椅子にちょんと座って、診察室を眺めていた。右手には簡易ベッド、左奥にはノートPCの置かれた机があり、正面には医師や看護師用の扉がある。後ろには彩芽が入ってきた扉がある。病院にいったことのない彩芽にはこれが一般的かどうかはわからなかった。それでも、清潔に保たれ、汚れも不穏な気配もしないことだけはわかる。そんなことを考えていると、正面の扉がスライドした。


「やあ、待たせてすまなかった」


 宝城が頭を下げながら入ってくる。後ろに数名、白衣を着た男性がいる。彩芽は立ち上がって、


「よろしくお願いします」


 と一礼。宝城も浅くお辞儀してから、


「丁寧にありがとう。紹介しよう。左から、紫藤、丹下、中川だ」


 名前を呼ばれると彼らは浅く一礼をした。


「彼らには問診の記録を手伝ってもらう。一人だと少々、厳しくてな。ただ――」


 宝城は言葉を切って、


「この状況が落ち着かないなら、3人には下がってもらう」

「お気遣いありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」


 微笑する彩芽に中堅組がどよめいたのを宝城は背中で感じ取る。これは、免疫が足りてないな、と内心で呟いた。



「軽く喉の奥を確認したい。口をあけて」


 宝城に言われるまま、彩芽は小さな口を頑張って大きくあけて、


「あー」


 宝城は滅菌済みの舌圧子で、彩芽の舌を押さえ、ペンライトで喉奥を覗き込む。どこにも異常はない。虫歯の一本もないのが異常なのかもしれないが、虫歯のない人間もいる。少なくとも、口の奥あたりまでは人間と変わりがなさそうだ。早めに切り上げようと、ペンライトを動かした時にアラートが鳴った。宝城は落ち着いて、ペンライトの電源を切り、舌圧子をそっと抜いて、


「苦しかったかい?」

「いえ、大丈夫です……今のは?」

「説明すると長くなる。短く言うと、君は健康そのものだ」


 宝城の言葉にどこかはぐらかされたものを感じつつ、彩芽はありがとうございます、と言った。問診を終えた彩芽は一足先に所長室に向かう。宝城は振り返り、冷静な振りがぎりぎり成功している中堅組に声をかけた。


「どう思う?」

「あの微笑、なかなか可愛かったですね――口の奥、おそらく咽喉から下はこちらと異なる原理が働いています」


 丹下の前半の言葉を無視して宝城は続ける。


「つまり、異界が彼女の体の中にある、と」

「その可能性が高いです。あの蝶と同じように」


 ううむ、と宝城は唸り、顎に手をやる。さて、これからどうしたものか。

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