第38話 境界線 1【G2-1】

 彩芽を見送ってから千月は端末で、彩芽に関するファイルを開いた。異界化現象が進むとどうなるか、の一つの答えが彼女の存在だからだ。彩芽と彼女と一緒にいる青年はどのような覚悟を持って、前線に立っているのだろう?


 いつまでもこのままではいけない、と諭され、決意して山を下りたのが三日前。力になれそうな組織の支部に対面してきた理由を話したのが二日前。特別便で地球から瑠璃に飛んだのが一日。体力的に厳しいのでその晩は一泊し、朝一で指定された施設に向かった彩芽と聡司だったが、


「病院?」


 彩芽は建物を見た率直な感想を呟く。入口のプレートには防省魔法及び疑似魔法対策チーム本部とある。が、政府関係の組織とは思えない簡素さだ。


「学校でも近そうだ。大きい施設のわりに静かだな」

「活気がないね」

「場所を間違えているのかもしれない。その時は連絡してみよう」

「うん。行こう」


 二人はロータリー横の歩道を歩いて、正面入り口の前まできた。中を覗こうとしたら、自分たちと目があった。二人は顔を見合わせて、


「あやしい」


 特殊なコーティングでもされているのか、中の様子は伺えない。室内の様子が見えないようミラーコーティングしたり、遮光する例は聡司も知っているが、正面の入り口までそうしているのは今回が初めてだ。聡司は左腕で彩芽をかばうようにして、一歩前進する。自動ドアのセンサーが聡司を検知し、静かにガラスのドアが開いていく。

 中に入ると広い空間にでた。左側には4名掛けの長椅子がいくつか並んでおり、右手には受付カウンターがある。彩芽の言うとおり病院のようだった。


「予定より10分はやい到着だね、お二人さん」


 初老の男性の声が響く。声のほうを見ると、ぽっかりとした暗闇がある。窓も照明もない暗い通路なのだろう。彩芽は反射的に青い蝶を数匹放った。ひらひらと青い光が飛んでいき、通路の闇を払っていく。青い光に照らされて、白衣を着た男性がリノウムの床をかつんかつんと歩いてくるのが見えた。


「なかなか趣のある登場になってしまったが――」


 二人の前で歩みを止めて、


「ここの所長をやっている宝城 育海だ、よろしく頼む」


 名前を聞いて、彩芽は青い蝶たちを呼び戻して、聡司より一歩前に出て、


「彩芽です。弦本 彩芽。よろしくお願いします」

「羽田野 聡司です。お世話になります」


 若い二人を初老の男性はまぶしそうに眺めてから、


「不躾だと思うが二人の関係は?」

「恋人、です」


 消え入りそうな声で彩芽が言った。それを補うように、大事なパートナーです、と聡司は答えた。


「ふむ」


 しばらく、顎をさすってから、


「弾丸旅行をしてきたのだったな。お茶とお菓子でも食べながら、これからの話をしよう」


 宝城がくるりと回って暗闇の通路に入るものだから、二人は少し慌てた。宝城は少しだけ振り返って、その様子を確かめると、壁のスイッチを押した。天井の照明がつき、通路を白く照らす。


「あれだ、電気代の節約というものだよ」


 すたすたと歩きだす宝城の後を二人は追いかける。

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