第31話 empty space out of control【EW-B-1】

 エッジファイターズが臨時の拠点に使っていた洞窟は新しいダンジョンに繋がっていることがわかった。ベータ版の時代に作られたものが砦や城、街、そして、ダンジョンの形で残っている。当然、このダンジョンもベータ版の時代に作られて、地殻変動か何かで地中深くに沈んだのだろう。

 いつものぼろぼろの服ではなく、動きやすさ重視かつ気密性のあるボディスーツとヘルメットに身を包んだアリウムが爆撃でできた縦穴をザイルで降りていく。そして、ダンジョンの入り口に着地した。入口の封印は解かれているが、開けられた形跡はない。


「ついでにあけても良かっただろうに」


 誰ともなしにアリウムは呟く。フロアをいくつか制圧しておいて、拠点をここに移しておけば、空中からの攻撃にも耐えられただろう。実際、扉にはひび一つ入っていない。アリウムは一歩前に出て、扉に手をかざす。扉が半分にわかれ、上半分は天井に、下半分は床に吸われるように消えた。ヘルメットのライトをつけて覗き込むと、石ではなく金属か何かできているようだ。


「SFテーマかぁ」


 エイリアンとかいたら嫌だ、と思いながら、アリウムが一歩踏み込むと、手前から奥へといざなうようにあかりがついていく。銃の射撃モードを三点バーストに切り替え、索敵範囲を最大にすると、アリウムは通路を進む。振り返っても扉が閉まる気配はない。

 最初に見たエリアは通路も部屋も備品も新品同様だった。誰か使っていそうなものだけど、とアリウムは小首をかしげながら、作り立てのマップと見つけたアイテムのリストを見る。入口付近には食堂らしき大部屋、休憩室、医務室、警備室、管制室があった。管制室には入れたが機材の操作はIDがないとできないの一点張りだった。

 ただ、収穫はあった。壁一面の大型ディスプレイにはダンジョンの全体図が映し出されていた。全部で第5層でいまアリウムがいるのは第2層だ。第4層からアラートと思わしきアイコンが点灯していたから、あと2層潜ればこのダンジョンの正体がわかりそうだ。

 アリウムは椅子から立ち上がり、武器の状態をチェック。問題なし。問題があるとしたら、やや弱気の自分自身だ、とアリウムは視線をあげる。目指すは中央シャフトだ。



 中央シャフトは1層から5層を突き抜ける巨大な穴だった。人員や機材、採掘したものを運ぶための大小さまざまなエレベーターもある。こちらはレールに擦れたような汚れがついているから、何度か使っていたのだろう。

 覗き込んでみるが真っ暗で何も見えない。歩兵用の索敵レーダーの範囲は500mで、底まで届きそうにない。ゲーム外の端末で「坑道 深さ」で調べたら、1万メートルを超える坑道もあるという。


Extreme Worldだから1万メートルを超えていても驚かないよ」


 飛行ユニットを使って飛び込んだほうが手っ取り早いかな、とアリウムは考えたが、これは緊急脱出用にとっておいたほうがいい、と考え直す。エレベーターが使えるなら、エレベーターで降りるのが無難だからだ。

 待機しているエレベーターに近寄るとこれも待機状態だったのか、照明と操作パネルにあかりがともる。パネルを見ると4層に黄色、5層には赤色のアイコンが点灯している。どうやら、異変が起きているのは4層からのようだ。


「第3層まで降りて、状況を確かめてみよう」


 背後で軽い金属音がして、反射的に振り返ると、壁から座席が出ていた。座っている人間をすっぽり包むような形状だ。これは使ったほうがいい、とアリウムは直感を信じて座る。自動的にベルトで身体が固定された。アームレストにも小さい操作パネルがついていて、ここからでも階層の指定ができそうだ。第3層の最深部を指定すると、扉が閉まり、聞いたことのない言語でアナウンスが流れた。シートにアリウムは身体を押し付けると同時にエレベーターが加速した。



 絶叫マシンか何かに乗った時がこんな感じだったかもしれない、と昔連れて行ってもらった遊園地を思い出す。これの使い勝手が悪すぎて放棄された可能性に思い至ってアリウムは苦笑する。


「第3層最深部、第4層最表装との隣接フロア……」


 他と違うのは中央シャフトの隔壁が閉じている点。被害が広がらないように封じ込める必要がある何かが起きた。あるいは、下にいる。

 微かに金属がぶつかるような乾いた音が聞こえた。この中央シャフトの隔壁の下からだ。この分厚い隔壁の向こうを見る装備は手元にない。刺激を与えずに調べられる方法はないか、と考えていると、再び音がした。位置は隔壁の下。そうだ、とアリウムは小さく手をたたいた。性能のいいマイクがあるのだから録音すればいい。人間の耳ではわからない音も記録できるから、解析するときの役に立つはずだ。

 隔壁の中心にたどり着くと、アリウムはバックパックから録音機材を取り出して、設置する。マイクはもちろん真下に向けてある。その場から離れるとアリウムは録音機から伸びているケーブルの先にあるスイッチを押した。



 録音している間は気が気ではないので、アリウムはフルダイブをやめて、コントローラー操作に切り替える。何かあったらアラートが鳴るようになっているので目を離していてもいい。が、心はそうもいかないので、ほかのことをしてもどうしても気になってしまう。録音時間は30分なのに体感では1時間かそれ以上の時間が経っていた。

 フルダイブに切り替えて、アリウムの感覚はEWの中に引き戻された。深呼吸を数回してから録音機材を回収。エレベーターに乗り込み、第2層の表層、入り口のあったフロアを指定する。地上へ向かう加速の中、アリウムはこの地下に何かあるか考える。今でも動いている配管が温度や流量の変化で音を立てた、とも考えられるが、何か意思を感じたのは否定できない。


「それも記録しておこう」



 即日、提出された報告書に目を通したスグリは、


「洞窟の先の坑道、今も生きている設備、閉じられた隔壁……ろくなものがなさそうね」

「ボス戦だと思えば歯ごたえあるんじゃねぇの?」

「ボス、ね」

「想像つかないのが出てくるんだろーな」

「変なフラグ立てないでちょうだい」

「あー、すまんすまん」


 スグリはこのダンジョンをどう扱うべきか考える。ダンジョンとして開放されたことは、ゲームシステムを通じて、多くのプレイヤーが知っている。安全側に倒すなら潜るのを禁止したいのだが、さすがにそうはいかない。


「第2層から第3層中層までは探索許可、それより先は不可が落としどころかしら」

「第1層は?」

「そちらも先に調査しないと何とも言えないわね」

「全部ダメって言えないのが辛いねぇ」


 項垂れるヘゲルを眺めながら、スグリは報告書に書かれたを感じたの一文を思い出す。何もないわけがないのよね、とスグリは溜息をついた。

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