第30話 焦燥【Depth 6】
「いやはや、厄介な仕事に巻き込まれているな」
「それはお互い様でしょう」
「そうだな。やりがいはあると思うか?」
一騎はグラスに残った僅かなビールを飲み干すと、瓶を傾けてビールを注ぐ。
「やりがいは、感じてますよ。同時に焦りも感じてはいます」
誠司は座椅子の背もたれに寄りかかって、
「確かに訓練の成果も出ているし、経験もたまってきて、スムーズにはなってきた。でも、ゴールに到達するのは――」
この先を言うのはまずいと感じたのか、彼は砂肝を頬張り咀嚼する。一騎は飲み込むのを見計らって、青年に続きを促した。観念したのか、誠司は口を開く。
「ゴールに到達するのはいつになるんですか、と言わなくてもわかっていたでしょう?」
「勝手な憶測はしない主義なんだ。昔は、それで火傷した」
「それは火遊びをしてたからでしょうが」
「手厳しいな。実際、いつゴールに到達するかははっきりわからない」
はっきりと一騎に言われ、誠司はねぎまの串に手を伸ばしかぶりつく。今度は黙るためではなく、考えるための咀嚼のようだった。
「ゴールがわからないのに進み続ける。その熱量がどこから来るのかがわからない、が正しいです」
「熱量の由来か。それは、あの星に生きる人間のこだわりだ」
「こだわり?」
一騎は座りなおすと、誠司の目を見て、
「こだわりだ。原罪という人もいるそうだが、俺はこだわりと表現したい。FSと戦って、滅ぼした話は歴史の授業で習っただろう?」
「有名ですからね。確か、服読本に細かい経緯が触れられてましたよ」
「あっちの教科書だと結構、踏み込んで書かれている。しかも、章の最後でこのようなことが起きたのはなぜか、どうすれば避けられるのか、どうするのがよいか考えましょう、と問われて終わるそうだ」
誠司は裸電球風のライトを見上げた。グループワークかディスカッションの光景を思い描いているのかもしれない。
「それに今の子供たちは将来、第二次移民計画の関係者になりえるんだ。だから、なおさらな」
「理屈はわかります。それが今回の件とどう繋がるんですか?」
「そうだな。ロミオは身体の形は違っても人間だと確定している」
一騎はイカの切り身に少しわさび醤油を付けて口に運ぶ。
「相手は思考形態が少し異なるだけの人間だ。彼とコミュニケーションが成立できなければ、他の知性体とのコミュニケーションは不可能だと判断する」
「今の、エリスさんの口調そっくりでしたよ」
「今度、シアーの口調をまねてくれよ」
「海に放り込まれるのが目に見えてます。勘弁してください」
「まぁ、一発芸の類も時代錯誤のようだから忘れてくれ」
「最後の大トロ、くれたら忘れます」
「はいはい」
残りの少ない刺身の盛り合わせの皿を誠司のほうに押しやって、
「エリスの言葉にはほかのメンバーもうなずいていた。まだ、事例が集まってないが、船内で人間がロミオのようになる可能性がある」
「それは、ロミオがああなった理由がわからないからですか」
「そうだ。ほかにも最近、話題になっている異界化の件もある」
「それらの問題を原因から解決、あるいは対処法を見つけないと、新天地は目指せられない、ですか」
「火種は播種するわけにはいかないだろう?」
大トロを味わいながら、誠司は首を縦に振った。余韻を楽しみながら、
「わかりました。ゴールの先が気になってきたので頑張りますよ」
「食い物につられたわけじゃないよな」
「どちらにしても頑張るから問題ないでしょう」
「お前さん、俺にはあたりが強いな」
「正直だって言って欲しいですね」
誠司はメニューを手に取ると、次に何を頼むか探し始めた。どうであれ、彼の疑念は解消できたようだ、と一騎は心の中で胸をなでおろす。
「何食べます?」
「唐揚げでもいくか」
「量、多そうですよ」
「二人なら食いきれるだろ」
「ノリが若いですね」
「若いんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます