第19話 彼女が彼女になるまで(1)【F-EX-1】

――人類が初めてコンタクトをとった地球外生命体。

――人類が初めて戦った地球外生命体。

――人類が初めて滅ぼした地球外生命体。


 さまざまな呼び方、扱い方をされるのがFSという生き物だ。しかし、実際にコンタクトがとれたのは、人類が勝利した後だ。

 私たち人類が戦ったFSという種は滅んだが、形を変えてFSは生き延びていた。正しくは、私が助け、育てきた。文字通りの命をかけて。


「あなたは彼女が泣いているところを見たことある?」


 坂下命は地上探査車両の整備をしている青年に尋ねた。名前はハガラズという。この恒星間移民船グングニルで生まれた戦闘用アンドロイドだ。元々、戦うためのアンドロイドは船にほとんどいなかったが、FSと戦いが決まりすぐに惑星開拓支援から戦闘用に用途が切り替えられた。開戦から終戦まで最前線で戦い抜いた戦士だった。

 その戦いに加わった数千のアンドロイドたちは戦後、本来の役割である惑星開拓支援に戻っていった。

 彼は整備の手を止めて振り返り、変な質問をしてくるな、という顔で坂下を見て、


「見てねえな」

「そうよねえ」


 この流れは長くなるか、厄介になることを知っているハガラズは覚悟を決める。


「泣かないのがそんなにやばいのか?」

「泣かないのと泣けないでは大きな違いがあるわ」

「だとしても、泣かないならそれでいいじゃねえか」


 一緒に暮らし始めて10年ほど経っているが悲しさや悔しさから泣く姿を見たことがない。しかし、ハガラズ自身も悲しさや悔しさを覚えることはあっても、人前で涙を流した記憶はない。人前で泣くのをぐっとこらえられるのは悪いことではないとハガラズは考えていた。


「人知れず泣いているかも知れないぜ」

「あなたが人知れず泣いたりしているのは知っているけど」


 坂下の言葉にハガラズは一瞬だけ動き止めた。


「い、いや、泣いてねえからな」


 あからさまな動揺をするハガラズをぬるい目で見ながら坂下は続ける。


「そう、人知れずに泣いているならいいのよ。あるいは堪えているのなら」

「問題はそもそも泣いて表現する感情がないかもしれないってことか?」


 ハガラズの言葉に坂下は正解と笑う。彼女はわからなくても話を聞き、わかろうとするハガラズの性格を高く評価していた。


「人と同じ感情を体感して欲しいのよ」

「知るんじゃなくてか」

「体験しなければ血肉にならないもの」

「体験ねえ。なら、ペットでも飼ってみるか?」


 今からだとペットよりも先に自身の寿命が先に尽きるだろう、と坂下は苦笑する。

ハガラズはロールアウトから12年、アンドロイドの設計寿命は250年なので、当面の心配はいらない。問題は坂下自身だ。30半ばを過ぎているが、見た目は20代前半に見えるのは不老化処置を受けているからだ。この不老化処置は細胞の分裂速度を加速させ、若い状態を保つ。代価は寿命だ。不老化処置を受けた人間の寿命には諸説があるが、20歳で受けて40歳まで生きれば長いほうだ。

 何か別の手段があれば、その目で結果を確かめたかったのだが、それは無理な注文というものだろう。ならば、信頼できる後継に託すだけだ。


「私に何かあったら、その時は任せるわ」

「おう、任せておけ。なんたって助手だからな」


 ハガラズは歯を見せて笑ってみせた。

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