第15話 追想の変身譜、それから【Depth 4】
誠司は格納庫でクレーンに吊るされている「りゅうじん」を眺めていた。整備のために外殻が外され、フレームとそれに固定されているユニットが見える。「りゅうじん」は改修をいくつか重ね、自分が乗り始めた頃よりも使い勝手も性能も格段によくなっている。文句なしのいい潜水艇だ、と誠司は思う。が、サルベージや水中工事を行う株式会社プランクトンネットにはオーバースペックの代物だ。社長曰く、潜水艇のデータ提供と引き換えにして安く購入したそうだが、何にデータが使われているのか誠司たちには知らされていない。どうやら、社長も知らないようだ。
気になるのは建造した瑠璃星のUADSから改修案が出てくることだ。大気圏内自動防衛システムと潜水艇がどうしてもかみ合わない。海中もカバーしようとしているのなら、もっと取り回しのよい潜水艇、あるいは潜水ドローンが作れそうだ。考えたところで答えが出るわけでもなく、誠司は手すりに身体を預ける。疑問は日々の作業に埋もれ、やがて記憶の底に沈んでいった。
この疑問が再び浮き上がってきたのは、瑠璃星で事故に巻き込まれた潜水艇の乗組員を救出した後、長期の潜水探査チーム向けに補給ユニットを海中に設置する計画が作られた。その検証に誠司とシアーはオブザーバーとして呼ばれた。担当する自律潜水艇「プリステラ」の外観やスペックが「りゅうじん」に近いのが理由だ。計画にぬけがないか、あるいは問題が起きたときの対処法を誠司とシアーは語った。
自律潜水艇「プリステラ」は確かに「りゅうじん」に近い。が、コクピットにあたる部分は巨大化したAIユニットに置き換わっている。機体各部のセンサーが彼女の目として機能するよう強化されている。また、機体表面には鱗のようにフィンがびっしりと詰められている。このフィンによって水の抵抗を低減できる、と説明を聞いて、誠司はりゅうじんの発展型だと確信し、シアーは人魚のようだ、と思った。
ホテルのあてがわれた一室に二人は戻ると、誠司は背広をハンガーにかけネクタイを緩めた。シアーもシャツのボタンをあけて、互いにラフな格好になると、そのままベッドに倒れこんだ。
「これは、ハードだな」
「茹蛸になりそうだよ」
シアーの声には疲労が混じっていた。UADSの中枢機のエリスの質問がかなり細かく、回答するのに苦労した。こちらの能力を推し量りたいわけでもなければ、準備不足を指摘するものでもない、純粋な質問とわかってからいくらかスムーズになった。収穫は計画がよく練られていたこと、もうひとつはりゅうじんのデータはプリステラに活かされていることの2点だ。こんな形でデータの行き先がわかるとは思っていなかった。
「誠司は嬉しそうだね」
「りゅうじんのデータがどこに使われているか、はっきりしたからな。小骨が取れた気分だ」
「そういえば、プリステラさんについて少し調べたんだよ」
ブレスレット型の端末を操作して、内容を空中に投影する。鮮明さにはやや欠けるが大まかに内容を把握するには問題なさそうだ。
「数年前にUADSの一部機体をハッキング、コントロールを奪おうとしたが失敗。動機は自分専用のハードウェアが欲しかった、か」
ワイヤード・フィッシュと呼ばれる電子生命体たちは専用のコンピュータを持たず、人間が使っているコンピュータを間借りして生きている。間借りは人間に何かしらの対価を支払うのが一般的だ。生きていくには人間との取引が必要で、かなり不安定な立場にある。そういう存在が専用のハードウェア、身体を欲するのはおかしなことではないだろう。
「しかし、ワイヤード・フィッシュを構成するコードに物理現実に対応するものはなかった」
こちらの世界をその目で見て認識することはできない、ということか。では、あの自律潜水艇は何か。気になって続きを読み進めていく。
「対応させるために本人同意のもと、再構築を実行した。再構築作業は1年で完了、プリステラの専用ハードになったAIユニットは自律潜水艇プリステラに組み込まれ、現在は習熟訓練中……」
さらっと書かれているが、これは生まれ変わるに相当する出来事なのではないか、と誠司は驚く。黙っていると、シアーは資料を閉じて、
「明日は参加するみたいだから話を聞いてみようよ」
「そうだな、どんなやつなのか気になる」
「誠司みたいに目つきの怖い人じゃないといいな」
「このつぶらな瞳のどこが怖いんだ」
「瞳は怖くないけど、目は怖いんだよ。知らなかった?」
ちょっとは気にしているんだがな、と思いながら、誠司は立ち上がる。
「風呂わかしてくるよ」
「あ、うん」
シアーもベッドから起き上がると、ブレスレット型端末をテーブルの上におく。冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、電気ケトルに注ぎ、湯を沸かす。誠司のためにドリップコーヒーのパックをあけ、沸いた湯をカップに注ぐ。シアーは紅茶のパックを湯を注いだカップの中に沈める。
「どんな人なんだろう、プリステラさん」
それぞれ琥珀色と深紅色が濃くなっていくカップを見ながらシアーは呟いた。
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