第12話 非番の戦闘機乗り【Exp 3】
非番の時のゴースト隊の過ごし方はばらばらだ。自室で孫とビデオ通話をしている者、恋人と過ごす者、緊急脱出後に基地までたどり着けるようトレーニングをする者、そば打ちをする者と様々である。
ゴースト1こと、ダニエルは厨房の隅でそば打ち、のリカバリーをしていた。水の量が足りなかったのか、生地を伸ばしはじめるとひびが入ってしまった。こうなると、茹でても細切れのそばになるのはわかっている。それでもそばの味はするが納得はできないとガレットに作戦を変更した。
そんな彼を恋人のサラはカウンター越しに眺めながら、
「また?」
「まただ」
「つなぎを使わないそばはまだ早いんじゃないかな」
「でも、食べたいだろう?」
サラは無言でうなずく。日本で過ごす時間が長かったので、日本食というものが恋しくなる時があった。ただ、ここ南極にある基地では難易度がほかの場所とけた違いに互い。このそば粉もあの手この手を使ってようやく手にしたものだ。彼らの任務の重大性を考えれば、もっと自由に手に入ってよさそうなものだが……。
「ガレットも好きだよ、わたしは」
「そういえば、そっちの仕事は終わったのか?」
「今は休憩中」
サラはカウンターの上に頭を載せて、
「情報なさすぎー」
「なければ情報は足で稼ぐ、といつもの勢いはどうした」
サラは端末のタッチパッドに円を描くように動かして、メモをスクロールする。ダニエルからはいじけているようにも見える。
「今回は情報統制が厳しすぎ。資材の動きと、閉鎖されていた空域を考えたら、新型航空機の試験飛行で間違いないんだけど」
ダニエルは水を加えながら、そばの塊を少しずつ潰していく。手ごたえがあるだけこちらは恵まれている、とダニエルは内心苦笑する。
「そのうち、公式発表はされると思うんだけどねぇ」
言外にそれより先に知りたい。その背景が知りたい、という欲が見えていた。ジャーナリストという職業がそうさせているのではなく、もとから好奇心が旺盛なのだ。ここに彼女がゲストとしているのも、好奇心を満たすためのほうが強いだろう。
「あくまで噂だが音速の10倍以上の速度を出せる航空機の開発に成功したそうだ」
「10倍以上? わたしは20倍って聞いたよ」
「ミサイルの間違いじゃないのか?」
生身の人間では制約が多く、無人機のほうが可能性が高そうだが、その速度を生かして空中戦をするより、敵陣に打ち込んだほうが効果がある。では、向こうの星の連中は何と戦うつもりなのかが疑問だ。
「有人か無人かまではわたしもわからない」
ダニエルは牛乳も混ぜた生地の入ったボールにラップをかけた。このまま生地を一時間寝かせるのだ。忘れないよう腕時計のタイマーをセットして、
「人を乗せるならアンドロイドだろう。肉体ではどんな訓練をしても、スペックを引き出せない」
「それならAIならどうかな」
「理屈の上では可能だが、AIの権利保護条約に違反するぞ」
「ああ、そうか。そうだった」
「倫理観は大事だと言っていただろう、まったく」
と仮説というには確度が低く、妄想と切り捨てずらい会話を繰り返している間に1時間が経った。
「お腹減ったよ、ダニエル」
「そう、せかすな」
熱したフライパンに生地を落とすと、香ばしい匂いが漂い始める。ダニエルはへらで生地を平らにして、熱が均等にいきわたるようにしてやる。ここで焦がしたり失敗すると、胃に入れば皆同じ作戦に変更になってしまう。それだけは避けたい。
片面に火が通ったところで生地をひっくり返す。裏面に火が通るまでに玉ねぎとベーコン、じゃがいもを刻み、それらをまな板の上から生地の上に流すように落とす。
「そこは何か豪快だよね」
「大丈夫だ、たぶんな」
最後にカット済みのチーズをまぶして、溶けるのを待つ。焦げないように火力を弱めておく。
「なんで料理にはマニュアルがないんだ」
フィーリングで火の加減をしているダニエルが呻く。
「あるけど、細かすぎて読めないと思うよ」
にやにやしながらサラはいった。
「ちなみにわたしもダメだった。細かすぎた」
「ジャーナリストだろ、ジャーナリスト」
「うるさいよ、戦闘機乗り」
いつものやり取りを終えて、二人は笑う。ダニエルは、フライパンを持ち上げ、皿に具沢山のガレットを崩れないようにうつした。スムーズな動きにサラは小さく拍手した。
「うーん、おいしそう」
ダニエルは、サラにフォークとナイフを渡した。
「ありがとう」
「それでは」
『いただきます』
二人は日本式の挨拶をして、そばになれなかったガレットを口に運び、味わう。
「これはこれでありだな」
「でも、毎回ガレットだと悲しいかな」
本当に悲しそうな声でいうものだから、ダニエルは真剣な顔で、
「努力はするよ」
といった。
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