第11話 輪舞の観客席【Exp 2】
小高い丘の上、左には旅行鞄を置き、右には変わった形の杖を地面に突き立てて、尖った帽子とローブを着た女性が空を見上げている。雲一つない青い空だが時折り、雷鳴に似た音が聞こえてる。ただ、女性は顔をゆっくり動かして、音の鳴る原因を追いかけているようだった。
「どうしてここがわかったんですの?」
人の気配を感じて、声を発する。アズはゆっくりと息を吸って、そして、吐き出し、調子を整えて、
「特等席だからだよ」
「ここからでは見えないでしょうに」
事実、アズには今も使っている管制用術式でも、眼鏡型ディスプレイに投影されるるレーダーの光の点でしかない。しかし、光の点の動きと一致する女性の頭の動きは、飛んでいる彼女たちが見えているとしか考えられない。彼が使っている術式よりも高度な術式を使っているに違いなかった。
「見えるはずだ。君の眼なら。いや、その術式なら」
自分たちにもたされた術式は、彼女の世界の術式をこの世界の魔術体系、あるいは神話体系にあわせて再構築したものだ。それは、この世界では彼女の本来の術式が使えないからだ、と考えていたがどうも違うらしい。彼女は何かしらの手段で本来の術式を使えるようだった。
「ええ、100点を差し上げますわ」
「200点満点でないことを祈るよ」
女性は肩を軽くすくめた。
アズがここに来たのは世間話をするためではない。なぜ、アルギズとカシスを戦わせるように仕組んだかだ。先にカシスに竜后を提供し、FSの脅威度を引き上げる。危機感を覚えた人類側がアルギズを中心に対応策を打ち出すまで彼女の計画だろう。竜姫と竜后のそれぞれに関する情報の流れを遡ると、このライラックと名乗る女性が起点になっていた。
竜姫本体はスーツと飛行ユニットのデザインにしかかかわってないが、彼が着ている管制用スーツと管制ユニットの基本設計もライラックによるものだ。術式だけ考えても、現在あるテクニック――疑似魔法・疑似魔術の総称――とは比較にならないほど魔力の燃費がよい。人間が魔法や魔術を使わなくなったのはこの燃費の悪さが原因だ。これらを使いすぎると人間は生きていく気力を失い、最悪の場合は眠ったままになる。テクニックは実行できる規模、魔力消費量を極限に抑えて安全性を高めたものだ。たとえば、遠くものを10倍率で表示するテクニックを10分も使えば、魔力消費警告が出る。術式はそれ以上の倍率と時間で使っても魔力の消費はほぼない。
アズは歩みを進めて、横に並ぶ。ライラックが大きな帽子をかぶっているため、表情はほとんど見えない。それでもかまわず、
「君の与えてくれた術式は人類史を変えるかもしれない。なぜ、そんなことをしたんだい?」
「あら、そんなこと決まってるじゃありませんの? そのほうが面白いからですわ」
「面白い。論理や倫理を飛び越えるには便利な理由だ」
彼の言葉にライラックは口元をわずかにゆがめて、
「……というのは本当ですけれど、もう一つ理由があるとするなら……」
空から聞こえてくる雷鳴が少しずつ、エンジンとわかる音に変わっていく。おそらく、空中格闘戦に突入したのだ。
「ほんの少し、誰かの背を押してあげるのが、私の生き甲斐ですのよ」
「ほんの少し、ではないように見えるけどね」
彼は空を見上げたまま言った。人類史を変えるかもしれない、は誇張でも何でもない。術式が広がればこの世界は大きく変わる。広まらないにしても、アルギズとカシスの関係には今まさに変化しようとしている。彼女にとっては、人類史より、二人の関係が重要なのだとアズは理解し、随分と手の込んだことをするものだ、とも評価する。
「だって、貴方達、可愛らしいんですもの」
「見た目の話ではなくて」
「見た目も可愛いですわよ」
アズは頬が赤くなるのを感じて、わずかに顔をそむける。彼の左手に握られている管制用の機殻杖がホロディスプレイを表示した。アルギズがカシスの竜后の加速器を破壊し、模擬戦に勝利した知らせだ。無線封鎖が解除され、アルギズとカシスの通信が聞こえてくる。戦闘直後とは思えないほど穏やかな声だ。
視線を女性に戻すと、旅行鞄と杖をもって、丘を降りようとしていた。
「今度はどこへ行くんだい?」
「もちろん、面白いところ、ですわ」
女性は笑みを含んだ声で告げた。次の瞬間、強い風が吹いてアズは思わず目を閉じる。目を開けたときには女性の姿はどこにも見当たらなかった。
「背中を押すことも時には必要なんだね。いい勉強になったよ」
まったく、おかしい調子でありながらもありがたい人もいるものだ、と思いつつ前を向くと、そこには柔らかいものがあった。人の身体と理解だと理解したころには、背中に腕を回され、ゆるく抱きしめられていた。
「……それとも、貴方がもっと、面白くしてくれまして?」
耳元でそっと囁かれる。柔らかさと熱と匂いで理性が蕩けかねないので、術式でそれらの感情を制限して、彼は一歩下がる。名残惜しそうに腕をほどいた女性を見上げ、彼は告げる。
「もとからそのつもりだよ。だから、僕はここにいる」
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