第10話 竜后と竜姫の輪舞【Exp 1】

 あてがわれたコンテナ型の作戦室兼作業室に一人の少年が立っている。青い髪とサイドテールは誰の印象にも残りやすい。実際、名前を覚えてもらうのに苦労はしなかったが、彼自身が相手の名前を覚えるには苦労した。


「実弾を使った模擬戦とは……」


 資料を見たアズはずり落ちてきた眼鏡を直して、視線を戻す。術式と呼ばれる最新鋭の魔法技術を取り入れたカシスの竜后、それに対応するために急造したアルギズの竜姫。シミュレーター上での模擬戦ではアルギズの1敗1引き分けだ。初戦は遠距離射撃で撃ち負け、2戦目ではアルギズが本命を撃たせないよう牽制を繰り返していたところまではよかったが、距離を詰められてしまい、近距離格闘戦で相討ちとなった。

 竜后は高い機動性と多目的な攻撃が可能な主砲、術式による高い防御能力を持ち、長く同じ空域で戦い続けるのを得意とする。対する竜姫は音速の数十倍の速度とレールガン、機関砲、空対空ミサイルを有するヒットアンドアウェイ。遠くからならアルギズがまだ有利だが、近距離はカシスが有利だ。特に防御術式は実弾防御に特化しているらしく、打ち破るには少なくとも、搭載している兵器をすべて命中させなければならないという試算も出ていた。

 白星をあげたい竜姫チームとより実戦的なデータが欲しい竜后チームの思惑が一致した結果、今回の実弾ありの模擬戦が決まったわけだが、


「勝つのが目的ではないよね、アルギズは」


 言い終えてから、彼はジャケットを羽織る。今の格好はあちらこちら肌の露出が多いので、視覚的に寒いのだ。これでも繊維とスーツ内蔵の術式のおかげで温度は適切に保たれているのだが。


「おかげで僕にもある程度の術式が使えるのだからよしとしよう」


 作業台の上に置いてある一本の剣に目を落とす。手入れは行き届いており、照明の光を受けて白く輝いている。柄にはグリップ力を高めるためか最新の樹脂テープが巻かれていた。


「防御系の術式一式に重心調整……なるほどね」


 彼はオーダーを実現すべく、作業に取り掛かった。

 数百kmも離れた目標を見たり感じるはずがないだが、アルギズは敵意、あるいは殺意を感じていた。超音速で飛行しているため、相対距離は高速で減っていく。

 アルギズは長距離空対空ミサイルの射程に入ると同時に計4発のミサイルを放つ。レーダー上の光点となり、目標に一直線に進んで――消えた。アルギズは機首をあげ、垂直上昇する。

 先ほど飛んでいた位置を白い光線が貫いた。そして、光線は幅を増し、剣になり、水平方向に薙ぐ。射程200kmの長剣だ。果たして、彼女の想像は越えられるでしょうか、とアルギズは加速器のリミッターをためらいなく外す。待機状態にあった3番エンジンが起動する。超音速の空気がエアインテークに吸い込まれ、エンジン内で水素と混合され、爆発的に燃焼し、膨大な推力に生まれ変わる。

 大気を貫けるよう機首方向にシールドを形成し、うねるような軌道で進む。対する目標は速度を変えずにこちらにまっすぐ向かっている。その光点から分離する点が4つ。アルギズ、反射的に短距離空対空ミサイルを放つ。こちらのミサイルに狙われているとわかったのか、相手のミサイルがこちらの放ったミサイルを追尾する。絡み合うような軌道を描き、そして、起爆した。それには構わず、アルギズはレールガンを目標に向け、速射する。

 アルギズは減速し、速度モードを通常に戻す。超音速の吸気ができなくった3番エンジンが穏やかに停止し、代わりに1番と2番エンジンが息を吹き返し、即座に望んだ推力を生み出す。

 超音速で射出された弾体が目標に吸い込まれていくが、目もくれずアルギズは目標に回り込むコースに変更する。目標が、カシスが、シールドで防ぐか何かの対応をしている間に背後をとろうとしていた。遠距離狙撃のために作られたアルギズの目がカシスの姿を捉えていた。

 射出された弾体は不可視の壁に軌道を逸らされ、カシスにダメージらしいダメージを与えられなかった。が、期待通り時間は稼げた。彼女は回避行動をとり始める。逃しません、とアルギズは心の中で宣言し、揺れるように移動する目標カシスをレティクルに捉え、機関砲弾とレールガンを叩き込むが全て不可視の壁に阻まれてしまう。

 この展開は予想済みだ。目標が、カシスが使っているのはいわゆる魔法を発展させた術式と呼ばれるものだ。どちらにしても有限のリソースである魔力を消費する。無限に防御はできない。使える弾薬に限りがある点ではアルギズも同じで、弾切れよりはやく魔力切れ、あるいは術式の発動を補助する装置を破壊しなければならない。それは、カシスも理解しているから、アルギズにわざと撃たせているに違いなかった。

 先を行くカシスは主砲をバイクの要領で操っていた。普段は第2の羽として使っている加速器を主砲に連結させている。背中の羽はくの字――獲物にとびかかるときの形状――だ。天使の羽は猛禽類のそれをモチーフにしているという話をアルギズに思い出させた。

 前方を飛ぶカシスがちらりと、アルギズを見た。仕掛けてくる、とアルギズは直感し、シールド発生機関の出力をあげる。カシスの主砲を乱反射させて後方に送り込む形で来た。渦巻く風に乗った雪のようにも見える。雪は手のひらに乗れば溶けるが、溶けるのは装甲だった。アルギズは左右に不規則に機動して回避する。どうしても避けきれないものだけを手のひらほどのシールドで弾き、弾幕を抜けるとレールガンを叩き込む。

 カシスは高威力の弾体をひらりひらりと避けたが、術式を使うそぶりは見せない。先の攻撃で魔力切れを起こしているのか。アルギズは間髪入れずにレールガンと機銃を撃ちこむが、それも避けられてしまう。残弾ゼロ。それに気づいたカシスが機首を起こして、急減速をかける。一気にアルギズとの距離が縮まっていく。アルギズは身体をロールさせ、腰に下げていた一本の剣の柄を握る。

 二人が交差する直前、カシスは主砲を構え、アルギズは剣を抜くと同時に腕のスナップを利かせて投擲した。本来であれば、対物理特化の防御術式で弾かれるはずの剣は不可視の壁を貫通し、左翼の役割を担っている加速器を下から上へと貫いた。ガラスに似た破砕音とともに加速器は内部構造をまき散らし、次の瞬間に火を噴いた。即座に自動消火プログラムが起動し、消火がはじまる。

 通常飛行に戻ったカシスの横にアルギズも並んで、


『私の勝ちです』

『……魔力を帯びた剣とはね』

『ちょっと細工をしました』


 はぁ、という短い溜息のあと、


『物理防御に特化したのは誤りだったわ』

『基地まで戻れそうですか?』


 破壊したのは加速器1つだ。仮に加速器と推進器が全損しても、カシスは自力で戻れるだろう。


『急がなければ、戻れるわ』

『私が牽引します』

『途中で落とさないでね』


 冗談交じりにカシスは言った。


『そんなことはしませんよ』


 飛行ユニットから延ばされた牽引ロープが風に乗ってカシスの近くまで伸びていく。カシスは手を伸ばしてそれを掴むと、主砲のハードポイントに接続した。しっかりと固定されていることを確認すると、


『コンタクト確立、よろしくお願いね」

『ええ、お疲れさまでした』


 アルギズが後ろを見ると満足そうな表情を浮かべるカシスがいた。目線があうと、カシスは微笑みを重ねて、


『一緒にやっていけそうね』

『そうですね。安心しました』


 敵として、ではなく、同じく戦える仲間ができたことへの安心と満足感だ。それが過去、自分と文字通り殺しあった存在だったとしても。ああ、好敵手とはこのための言葉なのかもしれないですね、とアルギズは独り言ちる。それが聞こえたかどうかわらかないがカシスは、小さく笑った。

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