第9話 気晴らし【D-C-1】

 瞬子はキーボードの前で唸っていた。ゴーストのランダムトークが全く、思いつかないのだ。いつもだったら過去に書いたランダムトークや設定のメモを見ていれば何か思いつくのだが、キャラクターの動いている様子も会話している声も感じ取れない。

 すっかり温くなった紅茶をゆっくりと飲み干して、カップをそっと置く。そして、すくりと立ち上がった。今は何かすぐに出てくるものでもないのだろう、と瞬子は気晴らしに外にでることにする。

 外に出ると陽射しは温かく、風もそこまで吹いておらず、着込んでいたら脱ぐことになっていた。羽織るぐらいでちょうどいい。アーケード付きの商店街を抜けて、近くの川に向かう。この川はかつて、運河として使われていらしい。が、その痕跡は過去の資料にしか残っておらず、今できることと言えば、個性豊かな橋を眺めることぐらいだ。

 初めて気が付いた時は感動したものだが、散歩コースになると新鮮さは減ってくる。川沿いを歩いていると、何か脳裏に動き出すのを感じた。メモするためにポーチの中の端末を取り出そうか、と思うが、まだそれほどでもない。

 自分に足りていないのは刺激らしい、と瞬子は感じて、周りを見ながら歩くことにした。このあたりは、住宅地の色合いが強く、あまり、変わることはない。歩いていると、桜が咲いているのを見つけた。この時期に桜とは何だろう、と瞬子は端末で写真を撮っておく。


「スケッチができたらいいのかな」


 と呟いてから苦笑した。よく知る友人に、今できないだけでこれからできるようになるのよ、と言われそうだと思ったからだ。普段と別のことを試してみるのも悪くない。帰りにスケッチブックと鉛筆を買おう、と買い物リストに追加する。

 空を見上げると、日が傾きはじめていた。これは、帰ったほうがよさそう、と思う彼女を冷たい風が包む。羽織っていた上着に袖を通すと、急ぎ足で商店街に向かう。

何となく気になって、もう一度、空を見上げると、一筋の飛行機雲が伸びていく。こんなきれいな飛行機雲を見たのはいつぶりだろうか、と瞬子は足を止める。

 ばっと、端末を取り出すとその時の感情をテキストとして一気に入力する。

何かのきっかけになりそうだったからだ。端末をしまうと、だんだんと夜の色が濃くなり始めた道を急ぐ。

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