第8話 突撃、どこかの戦場【EW-A-1】
眼下には月明りを反射して白く輝く雲海が広がっている。乗っているのが輸送機ではなく、行く先が戦場でなければもう少しじっくり見ていたかった、とアリウムは着慣れない装備の中で身体を軽く動かした。VRMMO「Extreme World」で様々なギルド戦に参加したアリウムだったが、この強行降下用強化外骨格だけは慣れそうになかった。
そもそもザルクという名前なのが不吉でよろしくない。外骨格と言っているが古い潜水服か、宇宙服のように全身が覆われている。関節は風に負けないよう最低限の動きしかできないようになっていた。しかも、外の様子はカメラ越しだ。ヘルメットのバイザー部分に投影されている。画質はやや悪い。だが、各種センサーの取得した情報も表示されているため、情報量でいえば悪くない。
むしろ、普段の装備より防御力や情報収集能力には優れているのだが、防御を削って軽量の装備で戦うアリウムにとってこの重量が、不自由さが気になった。
「ネギ坊主」
"隊長"が話しかけてきた。実際に今は隊を率いる長なのだが、ギルドに入った頃から隊長と呼ばれているらしい。そういう風格が滲んでいたからだ、と本人は言っていたが、アリウムに確かめる術はない
「坊主じゃないよ」
やや機嫌が悪いところに妙なあだ名で呼ばれたものだから、声に思いっきりでてしまった。言ってからまずい、と思ったが、相手は気にすることなく、
「わかったわかった。降りるまでの辛抱だ」
「うん」
「飛び入りぃ、降りる時に上から戦場をよく見て、覚えるんだぞ」
割って入ってきたガラの悪そうな声にアリウムはしかめっ面をした。今は音声通話なので顔が見えることはない。
「覚えるってこの服は覚えてくれないの?」
「こいつにそこまで上等な機械は積んでない。何せ、使い捨てだからな」
「内側で着込んでいる装備に転送しても、じっくり眺めている暇はない。こちらも相手も動いているから、暇があってもあまり役には立たない」
隊長が補足する。
「……ほかの隊と合流して、情報を渡して、分析もしてもらえる」
別の男がぶっきらぼうにさらに続けた。
「運がよければな!」
「運は日ごろの行いで決まる」
「じゃあ、俺たちは合流できないに賭けるぜ」
「合流できるに賭けよう。今日はスペシャルゲストが来ているからな」
急にスポットライトがあてられてアリウムは、
「え、ボク?」
「そうだ。我々よりは日ごろの行いがよいに違いない」
『こちら機長、本機はまもなく、降下ポイントに到着します。忘れ物のないようご注意ください』
飛行機なのか電車なのかよくわからないアナウンスが流れる。
「さて、お喋りはここまでだ。仕事だ、野郎ども」
隊長のセリフに隊員たちは、それぞれの言葉で、誰もが同じぐらいの力強さで、返事をする。アリウムは遅れながら、了解、と返すのが精一杯だった。後部の貨物扉が開くと雲海の反射する光が隊員たちを照らす。扉付近の隊員が強化外骨格のローラーで加速して、空に飛び出していく。叫び声をあげる者、辞世の句を詠む者、俺は何人仕留めるだのいや俺のほうがさらに多いと掛け合いをしていく者たち、これがこのギルドのお約束なのだろう、とアリウムは理解した。
事前に教わった通り、ローラーで加速して、ほかの隊員たちと同じように空に飛び出す。アリウムはぐんぐん、と小さくなっていく輸送機を見上げ、通信チャンネルをこの場にいるメンバー指定にして、
「いいフライトだったよ、ありがとう」
『はは、ほめられたのは久しぶりだ。存分にやってきてくれ』
輸送機は翼を振って、別れを告げると急上昇していく。あっという間に輸送機は夜の闇に消えるのを見送って、アリウムはくるりと身体を回して、雲海を見る。
戦場はもうすぐそこだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます