5章

第79話 四週目

 未だに理解が追い付かず、俺は紅茶のコップを持ったままテレビを見続けていた。

 暫くしてからとりあえずコップを机に置いた。

 深く深呼吸し、ソファーから立ち上がり周囲を見回す。


「いない」


 俺はリビングを飛び出て一階の各部屋を急ぎ足で回り、田中を探した。

 だが、どこに田中の姿はなかった。

 次に二階へと捜索の場を変え、全部屋を見たが田中はいなかった。


「どこにもいねぇってことは、残りは屋根裏だが」


 そう、残るは屋根裏なのだが確認する手段がないのだ。

 そもそもこの家に屋根裏という場所はない。田中が勝手に二階の上へとすり抜けていき、空きスペースを勝手に屋根裏と称して使っているだけなのである。

 俺は二階の廊下で立ち止まり、真上を見上げる。


「田中! いるなら出てこい!」


 近所迷惑にならない程度の大声で呼びかけた。

 しかし、返答は一切なく田中が姿を現す気配もなかった。

 俺はもう一度同じように呼びかけるが、結果は同じであった。


 一度自室に寄り、慌てて部屋を飛び出たので携帯を取りリビングへと戻った。

 階段を下りながら俺は携帯でも日付を確認した。

 見間違えもなくそこには四月四日と表示されていた。

 リビングに入り俺は再びソファーに座った。


「田中はいない。世界がまた戻っているのは間違いない」


 携帯の画面に表示される日付とテレビに映されている日付を交互に見る。

 アドレス帳やメッセージ登録相手も確認し、豊橋が登録されていない事を確認した。


「何が起きているのか手っ取り早く理解するには田中を問いただすのが一番だが、何でいない。これまでだったら、必ずすっ飛んでくるはずだが」


 俺は世界がやり直された事は理解したが、どうしてこうなっているのか困惑している。何故なら俺はただ寝落ちをしただけなのだから。

 田中の言う通りならば告白をし、玉砕したことで起きえる現象のはず。

 しかしそんな事をしていないのに世界は戻った。


 どうして世界は戻った? この現象が起きる理由が違うのか? 田中のやつは嘘をついていたって事か? いや、あいつにも想定外の事態なのか? だから周囲にいない。

 そう考えれれなくはないが……


 ソファーに座りながら考えられる事を考え始めた。

 しかし考えてもループをしてしまったり、余計に頭が痛くなるだけだった。

 結局のところ田中を探し出し問い詰めるのが一番だと結論づく。


「兎にも角にも田中だ。家にいないとなると、どこに行ったんだあいつ」


 田中が行きそうな場所を思い浮かべるも、全く候補地が出てこなかった。

 そもそも田中が外出している時、どこに行っているか知らないのだから当然である。

 連絡する手段もないため、完全にお手上げ状態になってしまう。


「今ほど田中を必要としてる状況がなかったから、仕方ないのかもだが……今すぐにでもあいつと話がしたいんだよな。こんな事なら、緊急の連絡手段とか聞いとけばよかった。絶対に何かしらあるだろあいつ」


 愚痴っていると突然机に置いた携帯が振動と共に鳴り響いた。

 俺はすぐさま手に取り画面を確認する。てっきり何らかの手段で連絡して来た田中だと思っていたが、違う人物の名前が表示されていた。


「し、詩帆!?」


 想定もしてない人物に俺は動揺してまう。

 俺がどうするべきか固まっている間も携帯は鳴り続ける。

 このまま出ない方がいいのか、それとも応答すべきなのか? そもそも、突然連絡してくる理由はなんだ?

 数秒間悩んだあげく、俺は応答ボタンをタッチし携帯を右耳に当て恐る恐る声を出す。


「も、もしもし?」

『あ、ゆうちゃん? おはよう』

「おはよう。あ~……どうしたんだ、朝から電話なんて」

『何か元気ない? 体調悪い?』

「いや……寝起きなだけ」

『そう。ならいいけど。そうそう、電話したのは昨日のこと、どうせ忘れてるだろうと思ったから改めて伝えとこうと思って』

「昨日?」


 俺にとって昨日は四月二十五日であるため、何の話かチンプンカンプンであった。

 ありのままの反応をすると、詩帆はそう反応されると分かっていたかの様に少し呆れた口調で続けた。


『やっぱり。メッセだけにしようかとも思ったけど、電話で正解だったね』

「何? 全然分からないんだけど」

『時間割変更の件だよ。昨日帰り際に言われたやつ。昨日一日ゆうちゃん寝不足だか何だか分からないけど、すごく眠そうにしてたじゃん』


 そのまま詩帆の話を聞き続けると、授業変更で教科書などの持ち物が変わるという連絡だけであった。

 昨日の俺がどうして寝不足だったのかは分からないが、詩帆は俺の様子を見て心配して連絡してくれたのだ。


 改めてこの世界はやり直された四週目の世界なのだと実感した。

 こんな風に詩帆と気兼ねなく話せているのは、前の三週目の世界では考えられないからだ。


『じゃ、それだけだから。私は部活の朝練があるからもう行くね』

「分かった。ありがとう、詩帆」


 その直後何故か詩帆は言葉を詰まらせた様な反応をする。


「詩帆?」

『う、ううん。大丈夫。ちょっとビックリしただけだから』

「そう、か」

『それじゃね』


 そう言って詩帆は電話を切った。

 俺も電話を耳から離し、目の前の机の上へと置いた。


「何か最後の方、反応が変だったような……まあいいか。さて、どうするかね」


 ソファーにもたれかかり天井を見上げた。

 するとお腹が鳴る。


「あ~そういえば、朝食まだ食ってなかった。準備の途中だったな」


 俺はひとまずお腹を満たすことにした。

 状況は分からないことがあるが、理解出来ている。

 驚き慌てていたが、両手の甲に刻まれた数字も『28』とあり四週目の世界だと物語っていた。


 朝食の準備を終え俺は呑気にソファーに座りながら食べ始める。

 形はどうであれ、考えていた通り四週目の世界にこれたのだ。俺自身のリミット日数も戻っているし、これでまた詩帆を救う計画が立てられる。

 だが、問題もある。豊橋だ。


 三週目の時に突然彼女だとか言い出し、かき乱してきた。

 一週目ではなかった事態だ。四週目でも彼女が同じように現れる可能性はある。

 そうなって来ると三週目の繰り返しになってしまう。だが、それは避けたい。

 詩帆に告白するどころではなくなってしまう。


 でも、どうすればそのイベントが起こらせない様に出来る?

 現状俺に彼女から告白された記憶はない。遭ったとされる事故も怪しい。

 終盤であったプリントを届けに来たあれも嘘があると分かった。

 と手元にある情報だけで判断するなら、豊橋が言い出した俺と彼女の関係も嘘なのではと考えられる。


「受け身で先手を取られるくらいなら、こっちから接触して先にそんな関係はないと断言してしまうか」


 お腹も満たされ、頭も回るようになってきた。

 田中がいないなら今出来ることを進めようと決め、学園へと向かう準備を始めた。

 時間的に準備を終え家を出たとしても、遅刻確定の時間であった。

 だが、慌てずに急いで準備を進める。


「よし。準備オッケー」


 リビングでカバンの中身などの最終確認を終える。

 時刻は八時十五分。

 俺はカバンを持ち玄関へと向かおうとした時だった。

 突然インターフォンが鳴り響いた。


「何だよこんな時に」


 俺は足を止め、リビングにある機械で誰が来たのか確認する。

 そこに映り込んだ人物に俺は声を失ってしまう。


「……何で、何でいるんだよ」


 突然の来訪者の正体は豊橋であった。

 豊橋は少し俯いた状態で立っていた。

 俺は声すら掛けられず画面を見続けていると、急に豊橋の前に割り込むように田中が現れたのだった。


「た、田中!?」

『おーい、たかちゃんいるんだろ? 玄関開けて』

「な、何? どうしてあいつ豊橋と一緒にいるんだよ? いやいや、そもそも豊橋には田中は見えてないのか。にしても何で? あーもう意味わからん!」

『たかちゃん? おーい、聞いてる? わっちだけじゃなくて、連れもいるからさ玄関開けてよ』


 俺はそのまま画面から返答はせず、一度画面を消し玄関へと向かった。

 そして玄関を開ける。

 すると、田中が先に浮いてこちらへとやって来た。


「なんだやっぱりいるじゃん、たかちゃん」

「田中、どういう状況なのか説明してくれるんだよな?」

「うん。もう隠し事はなしにする。だから、彼女も連れて来た」

「は? 何でそこで豊橋が出てくるんだよ」

「まあまあ、こっちにも色々とあったのよ。おーい、豊橋ちゃん」


 田中に呼ばれ豊橋は恐る恐るこちらへと近づいて来た。

 何故かものすごく申し訳なさそうな表情をしていた。


「改めて紹介もいらないよね、たかちゃん。でも一応、こちらが」


 そう田中が話した直後だった。

 豊橋が勢いよく俺に向かって頭を下げると、ほぼ九十度なのではというほどの姿勢をとったのだ。

 突然のことに俺は小さく口が開いてしまう。

 そして、豊橋は小さく息を吸った。


「本っっ当に、すいませんでしたーー!」

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