第74話 思いがけない抜け道

 その日はしばらく自室で籠ったのち、駅まで出かけた。

 理由は、一目惚れがあるかもしれないと思ったためだ。

 ダメだと思いつつも、行動しなければ何も変わらないと思い動いた結果である。


 しかし、そんな簡単に一目惚れ出来る相手に巡り合えるわけなくお昼には帰宅した。

 その後は昼食をとりながら、改めて頭で考えていたことをシャーペンを使いノートに書き出した。


「自身のリミット死を免れる為には、誰かに真剣に告白しなければいけない。気持ちがどの程度かは分からないが、ある程度の関係性は必要なはずだ。現状達成できそうな相手は豊橋くらい。だけども、リミット死を回避できてもその先で詩帆が殺されてしまったらダメだ」


 各行動から線を伸ばし、その結末を簡易的に書いたりもする。

 恋愛ゲームの主人公に訪れる選択肢の分岐を書き出していることに近い。

 こういう行動すれば、こうなるであろうと推測で作り上げる。


 そもそもやり直しは、田中曰くリミット死でなければ発動しない。

 三週目の今、詩帆を救う目的を達成できる可能性は低い。豊橋のことも含め関係など全く状況が違う。

 やり直し、今回のことを踏まえて四週目を迎えるのがいい。

 しかし、それには三つつの壁がある。


 一つは自身のリミットだ。

 これで死んではやり直しどころではない。どうにかリミット死を回避しなければいけない。

 だが、そこに二つ目が出てくる。

 リミット死を回避するのは、告白成功ではいけないということだ。

 成功すればまだ続けられるが、その先はその相手と恋人同士。その人との時間が必然と増える。すると、詩帆との時間は減る。

 結果、一週目の時のように佐藤に殺されるかもしれない。

 

 今分かっている状況で詩帆を救うには付き合えれば、あの日の出来事が起きないというだけだ。その先に詩帆のリミットを解除するという目的もある。

 もう二度とあんな気持ちを味わうのはごめんだ。


 ペン先に強い力が行き、シャーペンの芯が折れてしまう。

 小さく息をつき、俺は椅子の背もたれにもたれながら新たにシャーペンのノックし芯を出す。

 背もたれから離れ、再びノートに向き合う。


「三つ目の壁が、告白を失敗できる相手。これが高い壁だ」


 そうそう好意を寄せられる相手など俺は作れない。

 現状好意を寄せられている相手はいるが、その相手だとダメなルートに入ってしまう。

 新たな相手を今から探すのはさすがに無理がある。ただでさえ、異性の友人はほとんどいないのだから。

 麗奈という選択肢も考えたが、彼女の立場や三週目での関係性で告白までもっていくのにはリミット日数が足りない。


「あーーもう! この壁で詰まる。告白できる相手なんてほぼいないのに、そこに失敗できる相手なんているわけねえだろうが!」


 俺はシャープペンを机に転がし頭を抱えた。

 そのまま机に突っ伏した後、身体を起こし椅子にだらっともたれかかる。

 天井を無心で見つめてから、ノートへと視線を戻し手に取り書き出したルートを見返す。

 数分間見つめ続け、深くため息を漏らしながら机にノートを置いた。


「くっそ……相手探しか。難題だな。豊橋は選択外、麗奈もやり直し発生条件に当てはまらない可能性がある。この状況で該当するのなんて、詩帆くらいしかいないぞ」


 両手を組みしばらく目を閉じ考え続ける。


「……詩帆くらいしか」


 俺は目を見開きノートを勢いよく掴み、ルートを再度辿る。


「いける。いけるぞ、これなら! そうだよ、なんでこの考えが出てこなかったんだよ俺。二週目の時と同じでいいじゃないか」


 詩帆相手に考えた時に書き出したルートを辿れば、四週目へと繋がったのだ。

 俺は最初から勝手に詩帆を除外し考えていた。

 詩帆は最後に告白し、成功させる相手として考えていたからかもしれない。

 二週目という実勢がある以上、成功する確率は高いはず。


 しかし不安点はある。やり直しの発生に相手の気持ちもかかわって来るのかどうかである。

 二週目は詩帆が好意を持っている状態で、告白を実施した。その結果三週目へと進んだ。

 だが今は詩帆がこちらに好意を持っているか分からない。以前声をかけた時のことを考えると二週目の時よりも下がっているのは明白である。


 仮にやり直し発生に告白相手の気持ちも影響するとすれば、この選択は失敗の可能性もある。だが、今ある手札でやり直せる可能性が一番高い。


「五分五分いや、それ以下もある。だけども、どうせ告白してやり直しが発生せずに死ぬとしても、詩帆相手なら悔いはない」


 俺は自分が満足いく行動の答えを出せたからか、物凄く気持ちが楽になる。

 しばらく、だらしなく椅子にもたれ掛かり続けた。

 その後大きく背伸びをし椅子から立ち上がる。


「よし、あとは告白する気持ちを作って全力で伝える。……改めて詩帆に告白するって決めたが、どう言えばいいんだ。二週目の時はその場の勢いというか、なんとなくその言葉が自然に出てたというか」


 すぐに俺は詩帆への告白の言葉や場所などについて頭を悩ますことになった。

 一時間後には頭から煙が出ているのではと思うくらい、頭が痛くなった。

 時刻も三時を迎えようとしていた所だったので、俺は小休憩することにした。


 ミニ菓子パンを用意し、温かい紅茶も準備。

 つかの間のティータイムを過ごす。

 そんな中ふと、机の上に置いた携帯に目がいった。


「そういえば、詩帆の両親からの返信まだだったな」


 豊橋から聞かされた事故の件、未だに返信がない事をメッセージ欄でも確認する。

 これほど返信がなにもないのも気になる。


「うだうだ考えるより、家も近いし聞きに行くか」


 俺はそう思い立ち、急いで身だしなみを整え家を出た。

 今までは直接行ったら迷惑だと考えていたが、告白をすると決めた勢いで気になっていた事を解決してしまえと行動をしてしまったのだ。


「おぉ……勢いで来てしまったが、インターフォンを前にしてやっぱり迷惑かもしれないと今更ながらに思うな」


 インターフォンを押そうか押さないかで迷っている姿は、他人から見たらちょっとした不審者であった。

 そこで俺は電話でもよかったじゃないかと気づく。

 そうだよ、電話でいいじゃないかよ。

 何で直接来たんだよ俺。

 悩み続けたことの解決策を見つけ、高揚感というべきか開放感といった気持ちから勢いで行動した自分を少し後悔する。


「あら、祐樹君じゃない。どうしたのうちの前に来て」

「あっ詩帆のお母さん」


 そこへ偶然にも買い物帰りと思われる荷物を持った、詩帆のお母さんと遭遇する。

 俺はおどおどしつつも挨拶をした。


「今日、学校早く終わったの?」

「えーまあ、そんな感じです」

「そうだったのね。詩帆からそんな話聞いてなくて。あ、詩帆に用事よね。ごめんね呼び止めたりして」


 詩帆のお母さんは優しく微笑みながら家の前の扉を開け、玄関へと向かっていく。


「あ、あの」

「ん? どうしたの?」

「その、俺のメッセージって届いてます?」

「メッセージ? えっと、ごめんなさいね。何かしら」

「えっと、三週間くらい前に昔の事で聞きたいことがありまして連絡いれたはずなんですが」

「ああ、携帯ね。あれ、詩帆から聞いてない?」

「何をですか?」

「四月の初めに携帯壊れちゃってね、新しいの買おうにもうちのパパも急な出張が入ってね。まだ帰って来てなくて買えてないのよ携帯」


 初めて聞く真実であった。

 それじゃ、俺がメッセージ送った時から既に携帯が使えてなかったのか。

 さっきの発言から、詩帆には伝えていたようだけど俺は聞いてはない。

 確かに自分の両親の携帯が使えないことなんて、わざわざ伝える事ではないが。


「てっきり知ってるものだと思ってたわ。まあ、緊急なら自宅の電話に掛けてもらえれば大丈夫だけど。そう、何か送ってたのね。ごめんね祐樹君」

「いえ、気にしないでください」

「もし私でよければ、ここで答えられるけど」

「……それじゃ」


 俺は詩帆のお母さんに豊橋から聞いた昔の事故について問いかけた。

 自分が昔事故に遭ったかどうか。

 記憶を失うほどの事故が本当にあったのか。

 詩帆のお母さんでも知っているはずだ。

 俺は言葉を伝え終え、返答待ちの一瞬が少し長く感じた。


「事故。高校前って言ったかしら」

「はい」

「う~ん、そんな事故あったかしら? 何かあればうちに連絡があるはずだけど、そんな記憶ないのよね」

「そんな事実はないってことですか?」

「ええ。祐樹君、本当にそんな事故に遭ったの?」

「いや、その……聞いただけで、覚えてないので詩帆のお母さんなら知っているかもと思って」

「そう、だったのね。でも、嘘はついてないわよ。貴方の両親から頼まれているのだから、そんな事故本当にあったら隠すことなんてしないわ」

「疑ってはないです。事実が分かっただけで、十分です。ありがとうございます」


 俺は一礼し、その場から立ち去り始める。

 その時、詩帆のお母さんから声を掛けられ足を止めた。


「祐樹君、今日は久しぶりにうちでご飯食べていかない?」

「お誘いありがとうございます。でも、すいませんやることがあるので」

「そう。それは残念。でも、いつでも遠慮なくうちにご飯食べに来ていいからね」

「はい、ありがとうございます」


 そうして俺は詩帆の家を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る