第75話 残る違和感

 豊橋から聞かされたような事故はなかった。

 詩帆、そして詩帆のお母さんからそんな事はないと証言が取れたのだから。

 俺にもそんな記憶はない。事故はなかったという事でいいいじゃないか。

 豊橋が嘘をついていたってことだ。


 そう、知りたかった真実は知れた。

 だが俺の中でモヤモヤする何かが未だに残り続けていた。

 理由は分かっている。

 それは、あの知らない記憶だ。


 あの記憶では事故らしき寸前まで見せられ、豊橋と思われる人物にその日に告白と思える行動もとっている。

 知らない記憶であり、自身の記憶かも怪しい。

 だけども何故か関係ないと思えないのだ。


 今までにその記憶は断片的だったが二度見た。発生条件なども不明。突発的に起こり次また見れるかも不明。

 豊橋はこの記憶のことを何か知っていたりするのか? いや、だが彼女が言った事故はなかったんだ。それじゃ、彼女がたまたま俺が見たあの記憶と合った嘘をついただけって事だよな。……偶然と捉えていいのか?


 初めてあの記憶を見たのは豊橋とその話をした時だ。偶然で片づけていいのか?

 今まであんな記憶の断片は見たことがない。彼女と話してあの記憶を見たとなると、彼女との話がトリガーで見たとも言えるかもしれない。

 いやだが、麗奈との会話でも見ているから偶然ともいえるか。


「あーー何なんだよあの記憶は! 記憶がないのに、妙に引っかかる。豊橋は俺の知らない俺を知っているのか? いや、知らない記憶を主軸に置くのはダメだ。ひとまずこれは後回しにしよう。今は詩帆への告白について考えろ」


 その後俺は気持ちを切り替え、詩帆への告白大作戦を練り始めた。

 いつ、どこで、どんな風に告白すべきかネットの情報なども踏まえ作戦を練った。

 時間など気にせず夢中で作業を続けた。気付いた時には夜の九時を回っていた。


 告白成功率は限りなく低いだろう。

 だが、それでも好きな相手に自分の好きという気持ちを伝えるために全力を注ぐ。

 それが精一杯の自分をさらけ出す下準備でもあるからだ。


 一度告白したことがある経験はあるが、告白は怖い。

 今までの関係を一瞬で壊す行動だ。

 成功すればより良い関係に。失敗すれば関係は悪くなる。

 まさしく一か八かの博打に近い。

 もちろん受け入れてもらえるという確証が得られるなら、当然それを得てから告白はするだろう。

 だが、そんな事はほとんど分からない。たいていは告白して初めて知るものだ。


 思いを口にしなければ相手に気持ちは伝わらない。

 当然のことだが、自分の好意を伝えるのは簡単ではない。

 伝えるかどうかは本人次第。伝えて次に進む者もいれば、隠し続け心地よい関係を続ける者もいる。その気持ちをどうするかは本人の自由である。


 俺自身リミットという特殊環境がなければ告白すらしてなかっただろう。

 だが、死というものを突き付けられ行動した結果失うものもあったが、得たものもあった。

 全てとはいわない。だが、どんな事も勝手に決めつけず口に出して伝えてみるという事も選択肢に加えるといいと俺は思う。


「あ~やっぱり、場所は学園か? いや、人目が付きすぎるのも俺が告白しずらい。となると、あの公園か丘の上の公園……いや、あそこはな」


 夕食後も自室でノートを広げ告白の作戦を立て続けた。

 しかし未だに場所が決まらない。というより、ほぼ決めようとしたことが結局決まらず後回しにし過ぎ一周してきたのである。

 要はあれだけ時間をかけたが、ほぼ全く決まっていないのだ。

 そうして夜は更けていった。


 翌日、俺は自室の机に顔を押し付けた状態で目を覚ました。

 椅子に座ったまま、寝落ちしていたのである。

 ゆっくり身体を起こすが、椅子に座ったまま寝てしまった影響で腰の辺りが痛かった。


「いてっっ……寝落ちしてたか。時間は」


 俺は机の上に置いてある時計を手に取り現時刻を確認する。

 その時間を見て俺は一気に眠気がすっ飛んだ。


「はぁ!? 十時過ぎ!? おいおい、マジかよ」


 完全に寝坊である。

 俺は急いで椅子から立ち上がったが、その瞬間足をひっかけてしまい床に倒れてしまう。

 頭などぶつけはしなかったが、鈍い痛みが身体の全身に走った。


「うぅぅ……朝から何してんだよ俺」


 ゆっくり上半身を起こしたところで、俺はふと考えてしまう。

 わざわざ焦って学園に行く必要はないのではないか。昨日も仮病で休んでいる。

 それに今はまだ詩帆への告白作戦も練りきれてない。

 ならいっそのこと、今日も仮病で休んで作戦に時間を使った方がいいのではないか。


 俺のリミット『10』だ。

 残された時間も少ない、勉学も大切だが俺としたら一度経験している勉強範囲。言い方はあれだが、受けなくても問題はない。

 今日一日で計画を作り、明日以降学園に行き詩帆と接触するタイミングを伺う。

 ……うん、それでいこう。


 少し罪悪感はあったが、俺は今日も仮病で学園を休むことにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――学園の小鳥遊祐樹が在籍するクラスにて。


「そうだ、朝は言えなかったが今日も小鳥遊は休みだ。さっき職員室に連絡があった」


 そうクラス担任が受け持つ四限目授業終わりにクラス皆に伝えた。

 すると、少しクラスがざわつく。

 だが、特にクラス担任はそれを収めることなく授業終了のチャイム音と同時に教室を後にした。


「今日も休みか。風邪でも流行ってるのか?」

「まあ、あいつも色々あって疲れたんじゃないのか」

「ねえ、あの噂本当かな」

「あ~例の。いやいや、ないでしょ」

「えーないことないでしょ」


 クラスの各所で数名の生徒が祐樹の話をしていた。

 四限目終了後のお昼時間ということもあり、クラスは一気に騒がしくなる。

 そんな中詩帆は机に教材をしまった後、ふと祐樹の机の方へと一瞬だけ視線を向けた。


「詩帆~お昼たべよ」


 そこに文香が声を掛けてくる。少し離れたところに玲奈も立っていた。


「あ、詩帆も小鳥遊の事気になる?」

「え」

「最近色々あったから気になるよね」

「まあそうだけど」

「で、ぶっちゃけ詩帆はどう思うよ? あの二人の関係」

「関係って」

「またまた~小鳥遊と豊橋に決まってるじゃんよ。二人揃って休みって怪しいじゃん。豊橋も途中からぐいぐい小鳥遊に迫ってたし」


 文香の発言に詩帆は黙ってしまう。


「おーい、二人ともいつまでそこでだべってるの? 食堂の席なくなっやうよ。文香、今日は食堂で食べるんでしょ」

「あーそうだった。今日寝坊してコンビニでご飯買うの諦めたんだ。だから詩帆も早く行こ」


 詩帆は文香に手首を捕まれ引っ張られる。

 そのまま教室の扉まで連れていかれてしまうが、そこで忘れ物に気付く。


「ごめん文香。私今日お弁当でまだバックの中」

「え、あーごめん詩帆」

「文香焦りすぎ」

「だって、怜奈が急かすから」

「詩帆ごめんね。私は先に小うるさい文香を連れていくから、ゆっくり来てよ」

「こ、小うるさいって誰がよ!」

「はいはい、行きますよ~わがままプリンセス」

「プリンセスいいね」

「お気に召してよかった。それじゃ先に行くね詩帆。食堂着いたら連絡して」

「じゃ待ってるからね~詩帆」

「うん」


 詩帆は小走りでその場から離れていく二人を見送る。

 教室の自席へと戻り、カバンの中から弁当を取り出す。

 そして食堂へと向かおうと教室を出ようとした所で足が止まる。

 その場で振り返り、祐樹の席へと目線を向けてしまう。


「(噂は所詮、噂だよね……)」

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