第73話 死に方を選ぶ

 俺はベットの上で大の字になり天井を見つめ、大きなため息を漏らす。

 部屋に田中はおらず、一回退出してもらい俺だけである。

 田中は退出する際に一度足を止め、何かを言いかけたがそのまま何も言わずに部屋から出て行った。

 結論からいうと、田中からの案は一旦保留にした。かといって、別の案が出たわけではなく、ただ先延ばしにしただけである。


 大切な人を救うために、死を選ばなければいけない。

 これは正しいのか? 救うために自身が死んでしまっては元も子もないのではないだろうか。

 相手が自分にとってどんな人かによっては、悩むことなく死を選ぶ人もいるかもしれない。もちろんそれが正しいとは言わない。


 一つしかないものを差し出す選択だ。まさしく究極の選択といえる。

 当人でなく外野からこの状況を知り、更には人間関係や生い立ちなど様々な状況を知っていたら、こうすべきだとか。なぜそっちを選ぶんだ。など、エンタメを楽しむ様に気軽に発言できるだろう。

 俺も当人ではなければそうしていると思う。


 だが、俺が直面している問題は漫画やドラマの世界の話ではない。状況は歪だが、現実である。

 もし今の俺がこの状況を外野側から見ていたとしたら、死んでやり直せるのだから誰かに好意を寄せ告白し砕けてしまえと思うだろう。

 詩帆を救うために行動しているのだから、それを達成せず死ぬのはいけない。

 やり直せるんだから、恋愛ゲーム的な気分で気楽にいけよ。

 彼女を殺したくないんだろ、ならくよくよ考えてないで進めよ。

 行動しろよ。


「……はぁ~そんな簡単に踏み切れる事じゃねえんだよな」


 俺はそのまま瞳を閉じ、その後眠りに落ちていた。

 次に目を覚ました時には外は真っ暗闇で、時計の針は夜中の一時を指していた。

 そのまま部屋の電気を消し、再び眠ろうかとも考えた。

 が、空腹とシャワーを浴びたい欲があり俺は身体を起こした。少し寝ぼけた目をこすりつつベットから降り自室を後にした。


 シャワーを浴びたからか、その後眠気が完全になくなってしまう。

 かといってこのまま起き続けていると、先ほどの事を考えることになりそうで今だけは嫌になった。

 その為、強引にでも眠ろうと部屋の明かりを消しベットに横になる。

 両耳にイヤフォンをし適当に音楽などを流し眠りについた。


 無音だと無意識に考えてしまいそうだと思い、音を流していればいつか寝落ちするだろうと考え実施したのだ。

 結果、時間はかかったが寝落ちしていた。

 目が覚めた時には朝の十時を回っていたのだ。


 その日はぼーっとしている間にお昼をあっという間に迎えてしまう。

 午後もリビングでテレビをつけながら、ただぼーっとしていた。

 どうするか考えなければいけないのは分かっているが、後回しにしていたのだ。

 ちょっとした現実逃避である。


 決断をしなければいけない。既に答えが出ているので、それを決断といえるかは怪しいが。

 このまま決断をせずずっと現実逃避をしても問題はない。

 だが、その先に待っているのは自身の死だ。

 どうするか苦しんだ結果も、そうせず目を背け続けたとしても待っているのは死である。


「あーこれって、死に方を選べってことでもあるか」


 ふと俺はそんな言葉が口から出ていた。

 生きる方法はある。

 だが、その先に詩帆が生き続ける保証はない。それじゃ意味がないのだ。


「知らなくてもいいことを知ってしまった時の気持ちってこんなんなのか」


 永遠に頭の中に靄がかかり続け、気持ちなど一切晴れる気はしない。

 しかし考えることを放棄すると、すごく気持ちが楽になった。

 ぼーっとしているだけで気分が良くなる。

 確かにこれは気持ちがいい。


 変な悩みに捕らわれず、楽しいことだけしていればいいじゃないか。

 いっそのこと好きなことだけしてしまえばいいんだ。

 どうせたどり着くところが同じなのだから、辛い道じゃなく楽な道を選べばいいじゃないか。

 そうだよ。そうすればいいんじゃないか。

 ……。







「そうじゃ、ないだろ……」


 もうこの日は考えが変な方へと向かって行っており、限界だった。

 その日は早めに就寝した。だが、全く寝つきはよくなかった。

 翌日は少し寝不足気味な状態で迎えた。


 前日よりも早く朝の八時にベットから出た。

 この日は食材がなくなって来たので、買い物でリフレッシュしようと外出した。

 家に籠りっきりになっていたより、気分は良かった。

 しかし、結局どうするか踏み切るこまでは決められなかった。


 そうして、もやもやしたまま土日が終わってしまい月曜日の朝を迎える。

 右手の甲のリミットは『11』まで減った。

 俺はリビングで朝食を食べながら右手の甲のリミットを見つめ続ける。


「……真剣に告白する相手を見つけるなら、もう動かないと」


 朝食を終え玄関へと向かい扉を開けようとしたところで、俺は動きを止めた。

 本当にできるのか、そんな相手が。

 ふとそう思ってしまったのだ。

 俺は玄関の扉に掛けた手を下ろし、数歩下がり玄関に座った。


「残り日数でそんな相手に出会える気がしない。そもそも詩帆への気持ちもあるのに、そんな相手が見つけられるかよ」


 玄関で俺は頭を抱えてしまう。

 その日、俺は仮病で学園を休んだ。


 学園に電話し、自室に戻ると部屋の前で田中に出会う。

 田中は特に俺に声を掛けてくることなく、ただこちらを見ていただけであった。

 俺も田中の顔を見たが特に声を掛けず自室へと入ろうとした時だった。


「たかちゃん」


 田中に名を呼ばれ、俺はその場で動きを止める。

 だが、そこから田中が何かを続けて言うことはなかった。

 俺はそのまま自室へと入り扉を閉めた。

 それを見届けた田中は扉を見つめた後、一階へと降りて行きそのまま家から出て行くのだった。

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