第72話 最高に嫌になる

 俺は帰宅し手洗いうがいをしたのち自室へと向かう。

 部屋に入りバックを床に落とし、ベットに倒れこむ。そのまま枕に顔をうずめ、しばらくそのままうつ伏せのまま過ごす。

 ここ最近帰ってくるとこのルーティンになっている。


 うずめていた顔を右に動かし、自身の右手の甲を見つめる。

 そこには『14』と刻まれていた。この数字は自身の死へのリミットであると改めて実感する。

 自分へと課された試練、一度だけの告白で彼女を作ること。

 詩帆の思いも分かっている。関係を深めて告白し成功すれば、詩帆の死は回避でき最初の目的は達成できるはずだった。

 その後詩帆のリミットをなくす事が大変だと思っていたのに、当初に考えていた通りには全くうまく進んでいない。それよりも、状況は最悪だ。


 豊橋の思ってもない行動や発言に振り回され、詩帆との関係は以前より悪くなった気がする。そして自身のリミットも半分を切った。

 このままだと自分のリミットに殺されておしまいだ。

 詩帆の死をなくすために田中と契約して戻ってきたのに、自分のリミットで死んだら元も子もない。


「はぁ~……くそ」


 俺は身体を起こしベットの上で胡坐をかく。

 右手の甲を見つつ、左手の甲をその横へと移動させる。左手の甲には変わらず『29』と刻まれていた。


「まだやり直せる回数はある。でも、それが出来るのはリミットに関する死のみ」


 俺はこの時こんなややこしい状況で詩帆に告白なんて出来ないと思ってしまい、左手の甲の数字を見てやり直したいと考えてしまった。

 それは自身の死を一瞬でも望んだのと同等である。

 そう理解したのは、そう考えた数秒後であった。


「何考えてんだ俺は……いくらそんな常識外の力があるからって、ゲームのリトライみたいに死を軽く考えちゃダメだろ」


 自分が特殊な状況下だからこそ生まれた考えであり、普通ならそんな事考えはしない。一週目だって、最後には背中を押されて死にあらがった。

 このまま何もしないで死を選ぶのはいけない。


 人生は一度きりだ。

 死んだらおしまい。やり直しも、過去に戻ることもできない。

 分かってる、忘れてはない。忘れてはないけれども……それでも、その考えを一瞬でも歪ませられるやり直せるという力は強大過ぎる。


 一人間が手にしていい力じゃない。この魅力に取り込まれない人はいないだろう。

 俺もその一人だが、力は永遠じゃない。

 期限があり、必ず終わりが来る。


 その時に何でもやり直せるという考えが染みついていたら、俺の人生は後悔しかない人生を歩むことになるだろうな。

 それは嫌だ。今が特殊過ぎる環境なだけだ。それを忘れるな俺。

 両頬を軽く両手で叩く。


「考えるだ、放棄するな。まだやれることはあるはず、一週目の時だってそんなにいい状況じゃなかっただろう。止まらず動いた事で成功したんだろうが俺!」

「一人で何やってるんだ、たかちゃん」

「田中」


 そこへふらりと扉を通り抜け現れる田中。

 田中は歩いてベット前の机へと飛び上がり、俺の方へと視線を向け座った。


「最初の計画がことごとくうまく行ってないって顔だね。問題は例の豊橋ちゃんかな?」

「……心を読んだな。ピンポイントすぎるんだよ」

「たかちゃんは凄いよ。わっちとの契約で得た力に飲み込まれないように自分を律したりさ。状況が最悪でも諦めず抗う姿勢も。考えていたみたいにやり直せるからって、何もせずに簡単にリミット死を選んでいたら、終わってたよたかちゃん」

「前の時はそんな事言ってなかった気がするが?」

「そうだっけ?」


 田中はとぼけ顔で首を少し傾げる。

 それ以上追及するよりも別の話を俺は切り出す。


「田中。天使は契約者のリミット内に目的達成させるために協力してくれるだよな」

「そうだね」

「……」

「え、そこで何で黙っちゃうのさたかちゃん」

「いや、なんか改めてお前を当てにしても状況が悪化するだけかもと頭によぎって」

「ひどいぞ! わっちだって役に立つだろうが」

「じゃ、詩帆の心読んできてくれよ」


 そこで田中は下手くそな口笛を吹く。

 分かっている。田中の心を読む力は万人ではなく、波長が合う人だけである。ましてや同じリミット持ちなどは同じ天使もいるためほぼ読めない。


「さっきのは出来ないのは分かってる。だから、次が本命だ」

「豊橋ちゃんだろ」

「先に言うなよ。豊橋なら読めるだろ。あいつの言ってる事とか考えを読んで来てくれよ。それが少しでも分かれば、この先の行動に踏ん切りがつく」

「……無理だ」

「は?」


 暫く沈黙が部屋を支配する。

 田中は俺から視線を外し立ち上がると、背を向ける。

 そして数秒後、田中が沈黙を破った。


「波長が合わなかった」

「もう試していたのかよ」

「うん。前に豊橋ちゃんの話を聞いた後に、ちょっと試したんだ」

「そう、か」


 再び沈黙が訪れる。

 相手の考えが分からないから行動が出来ないという訳ではない。分かれば行動もしやすいそう思っただけの事だ。

 俺は大きく深呼吸し、切り替えて田中に改めて相談をし始める。

 田中も真剣にその話に耳を傾けてくれ、意見を出してくれた。


 その結果出た案は、豊橋からの好意を諦めさせるというものだ。

 今までやっていない訳ではなかったが、それはやんわりとである。ハッキリとそれを答えてはない。

 それに踏み切れてないのは豊橋から聞かされた過去の話があるからだ。更には、今日新たにあの記憶を新たに見ているため余計である。


 田中にもそれは共有したが、真相の確かめようが現状ないかつ自分のリミットもあると考えた上で好意を諦めさせるという案に至る。

 最優先を自身のリミット日数と掲げての考えである。

 このままずるずるとやっていたら詩帆に告白するどころか、他の異性すら近づいてこない。


 最高な形は詩帆に告白して成功。だが、その達成は現状難しい。

 だからといって告白せずリミットを迎えればそのまま死。やり直しは発生はしない。

 リミット回避の為に豊橋の好意を受け入れたとしても、その先に詩帆が助かるという保証はない。前の時のように佐藤が気まぐれで殺す可能性が高い。

 また、一週目の時の様に、二度目のリミットが発現するとは限らない。これだけ一週目の時と流れが違うと田中は口にした。なので、二度目のリミットで再びやり直しを望むのはなしとなる。

 何としても回避しなければいけないのは、詩帆の死と、自身の死だ。

 

 それを高い確率で可能にするには、俺自身が残りリミット内で豊橋以外の誰かに行為を寄せ告白し失敗する事である。

 つまり、田中と相談し俺の要望を叶えるためには全力でぶつかり玉砕するということだ。

 ……最高に嫌になる。死を望むなと自分にいい聞かせた傍から、死のために行動しなければ詩帆を救う機会を失うかもしれないのだ。

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