第36話 偶然
「と、豊橋!?」
「そんなに驚くような事を私はしていないと思いますが、小鳥遊さん」
「そうですね……あはは」
俺はジッと見つめ続けて来る豊橋に対し、苦笑いする。そのままゆっくりと視線を外した。
何故ここに豊橋が? というか、何故声を掛けて来たんだ? 理由が分からんぞ。
俺が必死にこの状況を考えていると、豊橋が再び声を掛けて来た。
「それでもう一度訊きますけど、どうして小学生を見てため息をしていたのですか?」
「え。あ~それは、何と言うか、別に変な意味とかじゃなくてだな。その~諭されたというか、気付かされたといいますか」
「答えがぶれて結局何なのか分からないのですが」
曖昧な答え方に豊橋の目つきが少し鋭くなる。
確かに俺の行動は今の所怪しく映っているのだろう。小学生を見てため息をつくとか、変な奴に見られるに決まってる。
だがこれにはそんな変な意味はない。そうだよ、それを言えば……いやいや、詩帆の関係で悩んで偶然会った小学生の子と話した後に、ちょっとため息をついたなんて言えない。全部話さないといけなくなるし。
「小鳥遊さん。何で黙っているんですか? もしかして、何かやましい事でもあるのですか?」
「いやいや! それは絶対にない! 絶対に」
「では、何をしていたんですか?」
「……見送ってました。はい」
「見送っていた。誰か知り合いでも?」
「え、いや、知り合いというか、さっき知り合ったといいますか」
もう完全に追い詰められ始め、どうすればいいのか自分でも分からなくなりつつあった。話せば話すだけドツボにはまって行く感覚であった。
するとそこへ偶然か、とある人物が通りかかる。
「あれ、小鳥遊君?」
「玖羽弥先輩!」
「御木本先輩?」
「おや久しぶりだね、豊橋さん」
玖羽弥の登場に豊橋も驚きの表情をしていた。
俺は二人だけの空間が終わった事に安堵する。
話し方的に二人は知り合いなのかと俺は少しだけ、豊橋から離れながら見守った。
「何で御木本先輩がここに?」
「そりゃ、ここも俺の通学路の一つだからな」
「通学路の一つ?」
俺は自然と玖羽弥の言葉に引っかかり、それを口に出していた。
普通通学路なら通学路と言うだけのはずが、それをわざわざ一つと言うのが気になったのだ。
「そう。小鳥遊君も俺の学園での状況、この前見たでしょ」
その言葉に以前食堂で会った時を俺は思い出す。
沢山の人に囲まれ、特に女子にモテていた印象であった。
「人気者でしたね」
「自分で聞いといて肯定するのも嫌なんだけど、そうなんだよね。で、ちょっと行き過ぎた子がたまにいる訳よ。で、朝から待ち伏せしたり色々とあったのさ。後は他の人の迷惑にならないようにとかね」
玖羽弥の表情から何となく事情を察する事が出来た。
要は、ストーカー的な相手や周囲に人だかりを作る事で迷惑を掛けないように通学路を一つに絞っていないという事だろう。
人気者は人気者で大変だ。だが、その中でも玖羽弥は他人の事を考え行動している辺りは、流石だなと感心した。
「ちなみにいうと、時間もズラしてるんだよね。一応内緒ね」
「別に俺は誰にも言いませんよ」
「それは助かるよ。豊橋さんもよろしくね」
「ええ、それはもちろんです。私の方こそ、直ぐに気づけず申し訳ありませんでした」
「謝る事じゃないって。頭を上げてよ豊橋さん」
玖羽弥の言葉にはやけに素直な態度を取る豊橋。
てっきり元生徒会長であった玖羽弥とも、今の生徒会メンバーみたいに雰囲気が悪いものだと思っていた。
だが、今目の前で見ている光景はそれとは真逆であった。
普通に先輩後輩のやり取りであり、声のトーンや表情から尊敬する先輩に後輩が話す様な雰囲気であった。
「豊橋さんも風紀委員で毎日大変だよね。でも、君たちが頑張ってくれているから、皆がより良い学生生活が出来てるんだ。これからも無理のないよう頑張ってほしい。って、こんなただの先輩から言われても困るよな。つい昔の癖でごめんよ」
「いえ! ありがとうございます御木本先輩。先輩にそう言ってもらえると嬉しいです」
「そうかい? ならいいけどさ。あ、それとお節介かもだけど妹のいる生徒会とも、これからも仲良くしてやってくれ。新しく動き始めたばかりで至らない所もあるけどさ」
豊橋の表情が少し曇ったが、否定はせず「はい」と頷くのだった。
すると玖羽弥が急に俺の方へと視線を向けて来た。
「小鳥遊君ごめんね、急に豊橋さんと話しちゃって。元々二人で何か話してたんだよね。邪魔してごめんよ」
「いえいえいえ! 玖羽弥先輩が来てくれて助かったといいますか、感謝しかないといいますか」
俺の変な態度に玖羽弥が少し困惑し首を傾げる。
それを見て豊橋もふと思い出したのか、俺へと再び追求し始める。
玖羽弥は豊橋から事情を訊きようやく事態を理解するのだった。
「なるほど、そういう事だったのね。豊橋さんが怪しむのも分かるけど、小鳥遊君はそんな人じゃないよ。彼はさっき、小学生の子から感謝されていたのさ」
「え?」
「へ?」
「ん? 何か変な事でも言ったかい、俺」
どうやら玖羽弥は、遠くの方で一度俺が小学生の子と話している姿を目撃していたらしい。その後今とは違う通学路を進んでいたが、先で生徒の集団を見つけ折り返して来たのだ。
その道中で、先程の小学生の集団とすれ違い俺の話をしているのを聞いたのだと明かした。
「玖羽弥先輩、もしかして分かってて知らない振りしてました?」
「いやいや、本当にそのことで揉めていたとは知らなかったよ。ただ単に、豊橋さんが小鳥遊君とお近づきになりたいのかと」
「そ、そんな理由は一切ありません! 変に捉えないでください御木本先輩!」
「そうですよ。そんな風には見えなかったと思いますよ」
変な所で豊橋と息が合い、目が合うが直ぐに逸らした。
その光景を見て玖羽弥が「意外と気が合いそうだね」と冗談交じりに口にする。が、俺と豊橋は同時に「それはない!」と言い切ったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
下校のチャイムが学園中で鳴り響く。
部活動がない生徒は下校を始め、部活動がある生徒は部活開始の合図でもあった。
「詩帆、先に部室行ってるね」
「掃除早く終わらせてね。ラリーまでには絶対に来てよね」
「分かってるって」
詩帆は教室にて箒を持って、同じ部活メンバーに返事をする。
教室には詩帆以外に掃除メンバーとして四人おり、既に掃除を始めていた。
その後雑談などをしながら十分程で掃除は終了した。
「うみちゃん、お疲れ~」
「またね」
「軟式テニス部頑張ってね」
「試合の時は応援行くから!」
「ありがとう皆」
掃除メンバーたちからの言葉に詩帆が答えると、皆が先に教室を後にした。
そして一人になった詩帆は小さくため息を漏らした。
教室は夕日に強く照らされていた。
「(今日もゆうちゃんと話さなかったな。別に避けてる訳じゃないんだけど、何というか自分から行きずらいんだよね)」
部室へ向かう準備をしながら、再び詩帆はため息をついた。
告白を後悔してないかと言えば嘘になる。だけど、祐樹との関係に一歩踏み出せたのは良かったのではないかと思っている。
あのまま妹的な存在の幼馴染で居続けるのは、心地いいかもしれないがいずれ何もしなかった自分に後悔するだろうと思ってはいたのだった。
「さて、私も部活に行かないと」
詩帆が教室を出て廊下を歩いていると、廊下の窓から正門の方へ自然と視線が向く。歩きながら正門の方を見ていると、見慣れた後ろ姿が目に入り足が止まる。
「ゆうちゃん」
祐樹が正門へ向かって一人で歩いている姿が目に入ったのだ。
暫く見つめていると、祐樹が突然足を止め振り返る。しかも、こちらの方を見つめて来たのだ。
詩帆は目が合ったと思い込み、咄嗟にその場にしゃがみ込んでしまう。
距離的にそんな事はあり得ないのだが、反射的に身体が動いてしまったのだ。
しゃがみ込んだまま詩帆は速くなる鼓動を静めようと小さく深呼吸した。
鼓動が落ち着いた頃に、ゆっくりと顔を出し正門の方を見る。
周辺を確認したが、既に祐樹の姿はなく安堵の息をつく。
「(あれ、何で私安心してるんだろ?)」
疑問を持ちつつも、部活に行かなくてはと思い立ち上がる。
そして階段を降りようとした時だった。
前から麗奈が階段を上って現れ、互いに視線が合いその場で立ち止まった。
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