第37話 携帯の振動音
階段にてまさかの人物との遭遇に数秒間互いに黙り込んでしまう。
その静寂を先に破ったのは麗奈であった。
「海原さんと、こうして会うのは久しぶりね」
「そうですね冴島さん」
「これから部活動?」
「はい。そういう冴島さんは、生徒会ですか?」
「ええ。お互い忙しいわね」
「冴島さんに比べたら私なんてそんなでもないですよ」
互いに謙遜し合い当たり障りない会話をし終え、詩帆が階段を下り始める。
麗奈はその場で立ち止まり続けた。
そして詩帆が麗奈の隣を通り、麗奈が上って来た階段を目の前にした時だった。
「そういえばこの前の連休中、祐樹君と水族館に行ったそうね」
その言葉に詩帆は足を止め、麗奈へと視線を向ける。
「それが何か? たまたま偶然会っただけですよ」
「別に責めてなんてないわ。楽しかった?」
「……それを私に聞いてどうするんですか?」
「質問をしているのは私なんだけども」
重苦しい空気が流れ始める。
互いに視線は外さず、相手の目を見続ける。
直後、互いの携帯が振動し静かだった空間にその小さな音が響く。
暫くしてから二人は視線を相手から外し携帯を取り出す。
麗奈が連絡内容を確認し、携帯をしまう。一方で詩帆は携帯の画面をまだ見つめ続けていた。
「あ、冴島さん~ちょうど良かった。御木本会長からの連絡で」
そこへ上の階から真中がタイミング悪く麗奈を見つけ、駆け寄って来る。
真中からは詩帆の存在は見えていなかった。
だが、階段を少し降りた時に麗奈の隣にいた詩帆が視界に入る。さらには、二人だけの異様な雰囲気を感じとり、階段を下りる途中で動きを止める。
突然の真中の介入に、二人の視線が一気に真中に向けられる。
真中は自分が割り込んではいけないタイミングで自分が来てしまった事を、直ぐに察した。それと同時に嫌な汗が額から出始める。
「(これは立ち入ってはダメな状況だった……)」
動こうとしても身体が全く動かない。自分から声を掛けた手前、引くにも何かを言わなければいけないが、その言葉すら思い浮かばない状況であった。
二人からの視線に耐え切れず真中はそっと視線を外した。
すると、自然と身体が軽くなり一歩下がることが出来る。しかし、場所が階段であり更には下り状態。そこから後ろ向きに上るのは難しい。
下手をすれば転んで真下へ一直線である。
「(あ~やばい。このままやったら転ぶ気しかしない。誰か、誰か助けてくれ~)」
自分の行動を後悔しつつ、自分と同じ様にこの場に誰かが来ることを祈る。
その直後、祈りが届いたのか上の階から聞き慣れた声が聞こえて来る。
「あれ? おっかしいな。確かこっちに真中が来てたはずなんだが」
氷水が書類を片手に抱えつつ、周囲をキョロキョロとしながら階段へと近付く。
そこで変な体勢をとる真中を横目にし、立ち止まる。
「そんな変な体勢で何してるんです、真中さん」
「氷水いいタイミングで来た」
真中は物凄く小声で氷水に声を掛ける。
そして、氷水にしか見えない様に下の方を見ろというジェスチャーを送る。
それを直ぐに理解し、一歩前に出て階段下を覗き麗奈の存在を知る。
「副会長さんじゃないですか。全く、真中さんは何をして」
氷水が麗奈を見つけ、真中同様に階段を下り始める。
それを見て真中は片手で顔を覆った。そして氷水は、真中と同じ位置まで下りた所でようやく詩帆の存在に気付く。
「(あ~なるほど。それはこうなりますね)」
すぐさま真中の体勢を理解した。だが、真中と違ったのは氷水はその場で立ち止まらず、完全に階段を下り切ったのだ。
「副会長さん、突然話し掛けてすいません。外した方がいいですよね。お相手の方もすいません気付かず」
「いえ、こちらこそお忙しい副会長さんを足止めしてしまってごめんなさい。私も部活動がありますので、ここで失礼します」
詩帆は氷水が現れたのをキッカケに、麗奈に一礼し目の前の階段を下りて行く。
「急に呼び止めてごめんなさい、海原さん。さっきの件はもう忘れて。ごめんなさい」
麗奈からの言葉に詩帆は一度足を止め、視線を向けた。
それに対して何も言葉は返さず、再度一礼をし小走りで立ち去った。
「副会長さん、本当にすいません。何か大事な話をしていましたよね?」
「いいえ。偶然会った同級生と少し話していただけなので、気にしないで氷水ちゃん。それに真中君も気を使ってくれたんだよね? ごめんね」
「いやいや、冴島さんが謝る必要はないですよ。僕の方こそ、周りをよく確認せず申し訳ない」
「本当ですよ真中さん。あんな変な体勢取られた方が、逆に困りますよ」
「はい。そこは反省してって、何でお前に言われなきゃいけないんだ」
二人のいつもの様なやり取りが始まりそうになり、麗奈は軽く手を叩く。
「ほら、こんな所で三人集まっている訳にはいかないよ。由依から連絡もあったし、サクッと仕事こなすよ」
その後麗奈を中心に現状の仕事を把握し、別れて生徒会の仕事に再び取り掛かり始める。そんな中で麗奈は、先程の詩帆との会話を思い出していた。
特に携帯が同時に振動した後、ずっと画面を見ていた詩帆が気になっていた。
「(相手は誰? 友達からという顔ではなかった。少し嬉しそうで、何処か困った表情だった気がする)」
麗奈は祐樹を想像するも、それ以上の詮索を今はするのを止めるのだった。
一方で詩帆はというと、部活棟へと向かいながら麗奈との態度について後悔していた。
「(あ~何であんな態度取っちゃったかな。別にそういうつもりじゃなかったのに。いや、でもあれは冴島さんも悪い。何であんな事をわざわざ私に聞いて来るのよ。そんな事聞く意味ないじゃん)」
詩帆は一人歩きながら腕を組みながら自問自答を続けた。
「(確かに彼氏のゆうちゃんと二人で水族館行ったのは悪いと思うよ。もし逆の立場だったら、私もムカッとしちゃうかもしれないし。でもでも、わざわざ行った相手に楽しかったなんて私は聞かないよ。意味分かんないじゃん。自分以外の異性と二人っきりの遊びの感想聞いて何の得があるの? 何にもないし、嫌な気持ちにしかならないじゃん)」
心の底から出て来る言葉が止まらない詩帆。その間にあっという間に部活棟に辿り着いてしまう。
部室にて着替えながらも、そのことで頭が一杯であった。
着替え終わり、ロッカー扉に付いている小さな鏡に自分の顔が映った所で、ふと我に返る。
「(いけない、いけない。気持ちが変な方を向いてた。切り替えて、切り替えて私)」
両頬を軽く両手で叩く。その直後、水族館でのキスをふと思い出してしまう。
「ゆうちゃんは、どこまで冴島さんに言ったのかな」
小さく呟きながら鏡に映る自分自身を見つめた。
そのまま扉を閉めようとした際に、携帯が目に入る。その瞬間、友達からメッセージが入り画面が明るくなる。
特に急ぎの内容ではなかった為、部活後に返信する事にした。しかし同時に、麗奈と居る時に送られて来たメッセージにも再び目に入る。
相手は祐樹からであった。
「何よ、送り間違いって……全く、人の気も知らないで」
そう呟き携帯を戻し、ロッカーを閉め詩帆は部活へと向かうのだった。
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