第35話 心を読む側と読まれる側

 田中の言葉に俺は言葉に詰まってしまう。

 久しぶりに心を読まれている感覚を思い出し、田中に心を読まれたのだと理解する。


「心を読んだのか?」

「いや。何となく雰囲気でだよ。信じないかもしれないけど」

「そりゃあな。だって、お前は心を読める力を持ってるんだからな」

「だよね。でも、本当に心は……いや、ごめんごめん。さっきの言葉は忘れて。わっちの戯言だと思ってさ」


 その時俺は田中が初めで言葉を飲み込んだのが分かった。

 好き勝手に人の心の中を覗かれるのはたまったもんではない。それを田中はよくやっていたから、今回もそうだろうと俺は勝手に決めつけていた。

 だが、本当に田中の言う通り読んでいないとしたら、俺の発言は間違っている。もしも、逆の立場だとしたら信じてもらえないのは辛い。


 しかし、これまでの田中の行動がある為そうとも完全に思うことが出来なかった。

 人の心が読めたらなと一度は考えた事はあるが、それを明かしてしまったら相手からの信用は得ずらいよなと実感してしまう。


 田中の言う通り詩帆の件で悩んでいるのは合っている。この場でそうだと告げ、相談に乗ってもらう選択もあった。

 だが俺は、最初に認めるのではなく田中の行動を疑ってしまった。また心を読んだのかと。人の心を勝手に読むんじゃねえよという感情が先に溢れてしまったのだ。


「たな」

「たかちゃんごめんね。変に足を止めさせちゃってさ」

「……ああ」

「約束はしっかり守るからさ。心配しないで学校行って来てよ。あ、後しっかり彼女とも進展してくるんだよ~」

「余計なお世話だ」


 俺はそう返し部屋を出た。

 少し前から違和感はあった。いつもなら心を読んで来るはずなのに、珍しく読んで来ない瞬間はあった。だが、それは田中の気まぐれだろうと気に留めなどしなかった。


 もし、もしも、田中が意図的に心を読んでないとしたら俺の先程の言葉田中にとって最悪な形で伝わっているのだろう。

 俺は一方的に田中に約束を守れなどわがままを言ってばかりで、田中を信用しているとは全く言ってこなかった。

 そんな中、田中は俺に歩み寄ろうとしているのを、俺は拒絶し続けている関係性になっているのではないかと考えてしまう。


 一度階段を降りている途中で部屋に引き返し、確認しようかとも思った。

 だが、その一歩を俺は踏み出さなかった。

 ここ最近様々な事があり、その影響で色々な事を深く考え過ぎてしまっている傾向がある気がしていた。

 なので、今回の件もその傾向がある為一旦時間を空け、改めて考えてから話してみることにしたのだ。


 そんなに急ぐ話でもない。

 今優先的に考えるのは詩帆との件であると、俺の中で優先順位付けをした。

 その後リビングに戻ると、美希が目を覚ましソファーに座りテレビを見ていた。


「美希姉、起きたんだ」

「……ああ、祐樹か。おはよ」

「お、おはよう」


 美希は少し寝ボケた顔で挨拶をして来て、俺は昨日の件もあり少しだけ動揺してしまう。態度からして、昨日の夜の事は覚えてないのだろうかと疑ってしまう。

 ボーっとテレビを見ている美希に望美が顔を洗うように伝える。美希は生返事をし、立ち上がり洗面所へと向かって行った。


「望美姉。美希姉のあの感じはさっき起きた?」

「そう。急に目が覚めたのかバッと起き上がったの。ちょっとビックリしたよ」

「そうなんだ」


 俺は椅子に腰かけた所で、美希が洗面所が戻って来る。

 そのまま望美の隣の席に座った。


「あれ、私の朝飯は?」

「作ってないよ。美希姉寝てたし、いつ起きるか分からなかったからね」

「何だよ、気の利かない弟だな~」


 美希は愚痴りながら席を立ち、台所の方へと回る。冷蔵庫を開け何か食べられそうな物はないかと探し始める。

 俺はパンがいくつかあるのを教えると、美希はそれを見つけ取り出した。

 それを美希は電子レンジで温め始める。


「美希、昨日遅く帰って来るならそう言ってくれればいいのに。泊まって来るとか言ったから帰って来てて驚いたのよ」

「ごめんって望美姉。本当にあの時は泊まるつもりだったんだけど、思ったより進みが良くて日が超える前に終わってさ。そのまま友達と打ち上げ的な飲みに行っちゃって」

「介抱される側も考えてくれよな、美希姉」

「あ、もしかして家着いた後、祐樹が介抱してくれた?」


 美希からの問いかけに俺は軽く頷いて答える。

 それを見て美希は少し申し訳なさそうな表情をし、謝罪をして来た。


「次からは、見つけてもやらないからな」

「本当に悪かったよ」

「美希今日は大学行かないのよね?」

「え、うん。そうだけど」

「それじゃ、その件についてよ~く私とお話しましょうね」

「は、はい……」


 望美は笑顔であったが、雰囲気が少し怒っている感じで俺も美希も少しのけ反る。

 いつも優しい人が怒るほど怖いと言うが、望美が全くその通りだと俺は思っていた。

 俺はこのままここに居ると変に巻き込まれそうだと思い、少し早いが登校する事に決める。


 家を出て通学中に、小学生の集団を目撃する。

 するとその集団にいた男子が俺を見つけると、突然駆け寄って来た。

 何事かと思い俺は慌てていると、その少年に声を掛けらた。


「あの時のお兄ちゃんだよね?」

「え?」

「忘れちゃった? ほら、髪飾り一緒に探してくれたじゃん」

「あ~! あの時の子か」


 目の前の子は以前、麗奈に告白しようと通学路で待ち伏せしていた際に女の子の髪飾りを無くし、それを一緒に探していた少年の一人であった。

 まさかこの場でその時の子と出会うとは思わず、俺は驚いていた。

 あの日以来、改めてお礼を言おうと俺を探していたらしい。

 だが、通学時間が全く違うので会う事がなかったのだ。


「確かもう二人くらいいたよな?」

「今日は日直で先に行ってる」

「そうか。で、髪飾りは返せたのか女の子に」

「うん。謝りもして仲直りもした。あの日、一緒に探してくれてありがとうお兄ちゃん」


 こう真正面から感謝されるのに慣れてない俺は、少し照れくさくなってしまう。

 少し話をして分かった事だが、どうやら髪飾りをしていた女の子の事が気になっており、ちょっかいをかけていたらしい。

 その結果、悪い方へと発展してしまった経緯だとか。


「他の二人も同じだとライバル多いな」

「でも僕が一番あの子の事好きだから大丈夫!」

「凄い自信だ。俺にないものを君は持ってるね」

「お兄ちゃんも彼女いるでしょ。あの日一緒にいた人」


 直ぐに詩帆の事だろうと分かった。だが、他に彼女がいるとわざわざ小学生の子に伝える気にもならず、どう答えるべきか考えてしまう。


「別に隠さなくてもいいよ。だって、あの人ずっとお兄ちゃんの事見てたしさ」

「え」


 そこでその子は集団で登校していた他の子に呼ばれてしまう。

 その子が返事をした後、俺の方に再び視線を向けて来た。


「僕も頑張るから、お兄ちゃんも彼女に見捨てられないように頑張って」

「お、おう」

「じゃあねー!」


 その子は元気に手を振りながら集団の方へと戻って行った。

 俺はその子に軽く手を振って見送った。


「見捨てられないようにか……はぁ~」

「何を小学生を見てため息をついているのですか?」

「え?」


 突然背後から話し掛けられ、俺は驚きつつ咄嗟に振り返った。

 するとそこに居たのは、学園の風紀委員である豊橋であった。

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