第34話 現実じみた夢

 その日見た夢は、水族館での一件であった。

 詩帆と二人で水族館を周り、最後にはキスをして別れて帰宅する流れである。しかもよりよって、キスの所がリアルで夢のはずなのに何だか感覚まで残っているのだ。


「はぁー」


 俺はリビングの台所にて水を一杯飲み、ため息をつく。

 時刻は深夜の二時。

 もう一杯水を飲み、真上を見上げる。台所の電気が眩しく目に入って来る。俺は右手で両眼を覆い息を吐いた。


「あそこまでリアルな夢を見ることなんてあるのか?」


 自問自答をするも答えなどない。ただの偶然、もしくはあの日が自分が思う以上に強烈に印象に刻まれていた証拠なのではないかと考える。

 俺はコップを洗い台所に置いてから、台所前にある椅子に座る。そのまま机に両肘をつき手を組み、そこに額を乗せた。


 詩帆の告白以来、彼女の気持ちに対し逃げずに向き合うと決意をした。だが、実際は何も出来ていない。それどころか麗奈との時間を楽しんでいる。

 その罰なのか、自分が決めた事を忘れてないかと言わんばかりの夢なのでは一瞬考えてしまう。

 忘れた訳ではない。だが、どうしていいか分からなくなりつつあった。

 告白以来未だに詩帆とは話せていないし、目すら合わせてもいない。


 詩帆と話すことが正解かも分からず、逆に話し掛けない方がいいという考えもある。メッセージをしようかとも考えるも、送る言葉が思いつかない。

 正解は何なのか、やってはいけない行動は何なのか。ネットに頼ってもバラバラな答えしかなく、余計分からなくなるばかりである。


「告白された側ってのはこんなにも悩むもんなのか。する側も大変だが、される側もその気持ちに対しての答えだからより辛いな」


 俺は顔を上げ、唇を軽く触り夢で味わった感覚を思い出す。

 あの日の柔らかく唇同士が触れ合う感覚が未だに残っており、忘れる事が出来なかった。今日麗奈ともそんな雰囲気になったが、重なる事はなかった。

 が、もしあそこでキスをしていたら似た感覚を味わえたのだろうか。もしかしたら全く違う感覚なのではないかと考えていた。


 変な方に考えが進んでしまい、俺は首を軽く横に振った。

 背もたれにもたれかかり数回深呼吸してから立ち上がる。そして台所の電気を消そうと振り返った時だった。

 目の前に美希の顔があり驚いてしまう。


「うぁ!? み、美希姉? はぁ~ビックリさせないでよ。いつの間に帰って来てたの?」


 美希は全くその場で微動だにしておらず、俺だけが驚き少しのけ反っていた。

 話し掛けても反応がほどんどない美希に俺は疑問に思い近寄る。

 すると、微かにお酒の匂いがするのだった。


「もしかして、また飲んで帰って来たの?」

「うるはいな~別にいいはろ~」

「(呂律がちょっと回ってないな。格好からちょっと前に帰って来た感じか?)」


 私服の上に白衣を着っぱなしの状態であった美希は、少し目がとろんとしていた。


「ほまえこそ、何いっちょまへにため息つきまくってんだ~かほのじょがいるくせに、はめいきなんてつくな~」

「聞いてたのかよ。ほら美希姉、水今持って来るからソファーに座って」


 俺は美希をソファーへと誘導し座らせる。急いでコップに水を入れ持って行き、ゆっくりと飲ませた。美希は全く抵抗する事無く、水を飲み干す。


「ありはとう」

「はいはい、どういたしまして」

「もういっぱ~い」

「今持って来るから」


 コップを持ち立ち上がった時だった。突然美希に服を掴まれる。

 俺は突然の事に驚き直ぐに振り返った。


「祐樹、なはみ事があれば何でもいへよ~いつでも相談のるから~。迷惑かへていい姉じゃなくて、ごへんね」


 そう告げると掴んでいた手を離し、そのままソファーに倒れしまう。

 俺はコップを机に置き美希を軽く揺らす。しかし、全く起きず寝息をたて始めてしまう。気持ち良さそうに眠る美希に起こす気力が出ず、俺は頭を軽くかいた。


「酔うと調子が狂うんだよな……」


 寝ている美希を部屋に運べる自信が全くないため、このまま寝させてしまう事にする。俺は二階から布団に代わるものを持って来て美希に被せる。

 すると美希は小さく「ありがとう」と呟き、身体を少し縮めた。

 その後俺は一杯だけ水を入れ、美希の寝ている前の机に置き電気を全て消して自室へと戻った。


 自室に戻りベットに横たわり寝ようとするが、目が覚めてしまったのか全く寝れる気がしなかった。時刻は夜中の二時三十五分。このまま朝まで起きている訳にもいかず、俺は強引にでも寝ようと目を瞑った。

 暫くは全然眠れず体勢を変えたりし続けたが、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。


 そのまま朝を迎えられれば一番良かったのだが、そうは行かなかった。

 何故か不思議と先程と同じ夢を見てしまい、また目が覚めてしまう。

 時刻は朝の五時前であった。朝日はまだ昇っていないが、微かに空が明るくなっていた。

 その後は時間的に眠らず起きていた方がいいかと思い、俺はベットから起き上がり暫く自室で動画など見て時間を潰した。


 同じ夢を二度続けて見たことなどはあえて考えないため、俺は動画を見続けた。

 どうせ考えても分からない現象であった為である。

 だが、動画を見ていても何処かではそれについて考えている自分がいるのだった。


 朝の六時を過ぎた所で、動画を止め俺はリビングへと降りて行き朝の準備に入った。リビングでは美希が未だにぐっすりと眠っていた。

 朝の七時を超えた頃に望美が二階から降りて来る。

 挨拶を終え、リビングで寝ていた美希に驚き俺に経緯を聞いて来る。俺は朝食を食べながらありのまま話す。


「もう、美希ったら昨日と言ってる事が違うのは困るわね」

「まあ美希姉だし」

「それで片付けちゃダメなの、祐樹」


 望美は俺が準備した朝食を食べながらため息をつく。

 俺は先に朝食を食べ終え、一度着替えに自室へと戻る。

 部屋で制服に着替え、時刻を確認する。いつもより早い行動のお陰で、まだ出発するまで時間があった。

 一度リビングへと戻ろうとした時に、不意に上から田中が眠そうな顔をして現れる。


「ふぁ~あ。おはよう、たかちゃん。いつもより早いね」

「まあな。目が早く覚めてな」

「珍しいね。今までそんな事あったけ?」


 変に鋭い質問に俺は一瞬黙ってしまう。


「今までなかっただけで、俺にだってそういう日はあるんだよ」

「そっか。もう学校行くの?」

「いや。まだ早いからリビングで時間潰す。美希姉も起きるかもしれないし」

「姉思いだね~たかちゃんは」

「うるせえ」


 そうやり取りを交わした瞬間、ふと前にも似たやり取りをした感覚がふと浮かぶ。

 だが、それがいつなのかは全然分からなかった。


「どうしたのたかちゃん? ボーっとして」

「あ、いや。何でもない。家に居るのはいいが、姉ちゃんたちに見つかるんじゃないぞ」

「だから、見えないから大丈夫だって。気にし過ぎだって。後この部屋と屋根裏しか行かないから安心してよ~」

「分かってても念には念をだ。お前が来てから変な事ばかりあるからな」

「酷いなたかちゃんは。まあでも、仕方ないか。わっちはしっかりと約束は守るんで任せてよ」


 微妙に信用でない部分もあるが、俺はそこで田中との会話を終える。

 そのまま田中を残し部屋を出ようとした時だった。

 急に田中に呼び止められる。

 俺は足を止め振り返ると、妙に真剣な顔をした田中が俺を見ていた。


「ねえ、たかちゃん。しほちゃんの事で何か悩んでたりする?」

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