第32話 近付く唇

 俺の言葉に麗奈はポカーンとする。暫くしてから、麗奈はゆっくりと顔が赤くなった。お互いの顔を見ることが出来ず、視線をずらし無言の時間が続く。

 公園で遊ぶ子供たちの声だけが響き渡っていた。


「そんなにいい唇だったの?」


 麗奈は未だに視線を合わせず少し俯いたまま、俺に問いかけて来た。

 てっきりその話題から離れると思っていた為、俺は驚いてしまう。


「う、うん」


 俺は驚きのあまり取り繕わずにありのまま答えてしまう。すると麗奈も視線を上げた際に、視線が合う。

 その際に俺は咄嗟に謝ってしまう。変な事をまた口にしてしまったので、反射的に謝罪していたのだ。


「祐樹君って謝ってばっかりだね」

「だって、嫌な思いさせただろうし、悪い事したなって思ってさ」

「別に私は嫌な気持ちにも、悪い事されているなって思ってはないよ。だから、とりあえず謝っておけばいいや的なのは止めて欲しいかな」

「……ごめん」

「また謝った。責めてもないんだから、謝らなくていいよ祐樹君」


 麗奈の言葉に俺は頷いて反応する。

 確かに言われてみれば勝手に判断し、良くない事をした悪い事嫌な思いをさせたと思い反射的に謝っていたとな実感する。

 ほぼ癖というより、反射的な行動だった。いつからとかではなく、嫌われたくない、悪印象を与えたくないという気持ちから麗奈にそういう態度を取っていたのだと思う。


「これからは気をつける。ありがとう麗奈、教えてくれて」

「うんん。私もめんどくさい部分出しちゃってごめん」


 そのまま俺たちは改めて自分の性格など、どういう風に捉えられているかなどを軽く話した。恋人同士と言っても、しっかり相手を認識して話し始めたのはごく最近である。

 なので、まだ相手の事を知らない事も当然ある。そしてすれ違いも当然ある。しかし、言葉に出す事で事前に防げたり誤解を解けたりは出来る。


「なんか今日だけで、知らなかった祐樹君を知れた気がする」

「俺もだよ。想像していた部分と事実にギャップがなくなった感じ」

「こうしてゆっくりお互いの事を話す時間って今までなかったもんね。傍から見たら今の私たちってどう見えると思う?」

「恋人じゃないの? こうして二人っきり公園で話してる光景だと。麗奈は?」

「私も同じだよ」

「そう思ってて聞いたのかよ。何だか試されてるみたいだな」

「先に言っちゃ、誘導してたり言わせてるみたいで嫌じゃん」


 わがままで他の誰にも見せたことのない様な態度に、俺はさらに惚れてしまう。

 こんな可愛い女の子が自分の彼女なんだと改めて実感する。

 なんて最高な時間で至福なんだろうか。命をかけて告白してよかった。

 今ならそう言える。神様ありがとう。


 その時、ホットスナックを包んでいた紙袋が風で飛ばされ下に落ちる。

 俺は直ぐに拾おうと座ったまま手を伸ばす。すると、麗奈も同様に手を伸ばしており同時に紙袋を手に取り、視線が合う。

 顔が近く反射的にのけ反りそうな場面であったが、何故か互いに退く事はなくそのまま見つめ合う。

 そして引き寄せられる様にゆっくりと近付いて行った時だった。


「あ! えっちい事してるー!」


 小学生男子の声が大きく響き渡る。

 俺たちは咄嗟に顔を離し、体勢を戻し視線を正面へと向けると一人の小学生男子がこちらを指さしていた。


「ちゅーしようとしてたでしょ。ちゅー」

「いや、そんな事は」

「ちゅーう、ちゅーう、ちゅーう」


 俺の言葉には全く聞く耳を持たず、その子は何故か手拍子しながらちゅーという言葉を連呼し始める。それを聞きつけ、遠くにいた他の子たちがこちらへと視線を向ける。

 どうすればいいか分からず俺が慌てていると麗奈が冷静にちゅーと声を上げ始めた子に近寄った。


「私たちはちゅーはしてないよ。ちょっと顔が近かっただけ」

「嘘だ。ちゅーしようとしてた」

「好きな人とのちゅーはね、誰かに見られちゃいけないからしてないよ。君も好きな子がいたら、その子とのちゅーは誰かに見られたくないでしょ? それとも今みたいに誰かに見られながら、何か言われながらちゅーしたい?」


 麗奈の言葉を聞いたその子供は急に静かになり、こちらに来てない女子の方へと視線を向けた。

 俺は麗奈がその子供に具体的に何を話しているのか小声でよく聞こえていなかった。だが、麗奈が話しかけている子供がちゅーの事で騒いでいたので、ちゅーに関する話なのではないかと何となく推測がついた。

 そしてその子は麗奈に小声で何かを言うと、指切りして戻って行ったのだった。


「凄いね麗奈。俺、テンパってお手上げ状態だったよ。ありがとう。どうやって落ち着かせたんだ?」

「ん? それはね~内緒。あの子と私だけの秘密だから」


 そのままたわいもないやり取りを続けていると、麗奈は何かを思い出した様に携帯を取り出す。暫く携帯に向かったまま何かを調べると、突然俺にその画面を見せて来た。


「心理テスト?」

「そう。今うちのクラスで流行っててね。後は相性占いとかも。祐樹君のクラスじゃ流行ってないの」

「女子の方はあんまり分からないけど、爆発的に流行ってはないかな。やってない訳じゃないと思うぞ」

「そうなんだ。祐樹君のクラスだと何が流行ってるの?」

「うちのクラスは、特にこれという流行はないな。旬なドラマとかアイドル、アニメやゲームと色々とやったり話している人がいるかなら。賑やかクラスだと思うぞ」

「それはそれで楽しいクラスね。じゃ、今から少し心理テストしない?」


 俺はそのまま麗奈の勢いに押されるがまま、心理テストを始める。

 何処かで聞いた事がある様な、ない様な質問をされ選択肢からこれだというものを選び、その結果でどう思っているか当てるゲームだ。

 確かに男女でやるには面白いし、女子同士なら尚更の内容であろう。

 だが、男子だけでやる事なんてない。


 初めてやる訳じゃないが、選択した内容が必ずしても合っている訳じゃないと分かっている。だが、そういう風に相手に認識されてしまうのが恥ずかしい。

 いや、そうやって合ってる合ってないと盛り上がるものなのだこれは。

 俺はそんな風に言い聞かせながら麗奈からの心理テストに答えて行った。

 結果、俺は愛され願望が強く、相手に尽くし、失恋したら未練たらたらな女々しい男子という判定をされる。


「何だかやればやるほど、祐樹君のイメージが変わって行くね」

「麗奈さん、もう勘弁してください!」


 俺が両手を合わせお願いすると、麗奈は笑いながら「終わりにしようか」と言ってくれた。

 それに俺は安堵の息をつく。途中で、逆に質問してやろうと思ったが隙間なく次々来るため、俺は反撃を諦めたのだ。

 心理テストのお陰でどっと疲れてしまい、小さくため息を漏らす。


「勝手に盛り上がっちゃったね。ごめんね」

「いやいや、楽しかったしいいよ。でも、次やる時は俺からも聞くから覚悟しててよ」

「うん、楽しみにしてる。あ、ごめんごめん。終わりにするって言ったけど、最後に一つだけやりたい質問があった。あと一個だけいい?」


 少し上目遣いな頼み方に俺はたじろぐ。また、ここまで来たら一個でも二個でも変わらないと考え至る。


「いいよ。よし! どーんと来い」

「頼もしい。それじゃ最後ね。貴方の命はあと一年もないです。そんな中貴方はある異性に片想いをしています。最後にこの気持ちだけは伝えたい。ですが、相手とはそこまで親しくありません。一方で異性で他に長年親しく相手から好意があると薄々分かる相手もいます。その相手の事も貴方は悪くないと思っています。その時あなたは、どうしますか?」

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