第30話 御木本兄妹

 俺は御木本兄妹と共に麗奈がいる席へと向かっていた。

 先頭は御木本妹が歩き、俺は何故か御木本兄と並んで歩いている。

 前生徒会長と話すのはもちろん初めてである。相手は俺の事を知っており、気軽に話し掛けて来ている。


「あ、俺のことは由依もいるし玖羽弥って呼んでくれ。皆もそうしているし」

「は、はあ。それじゃ、玖羽弥先輩と」

「うん、よろしく小鳥遊君。今日初めて会ったばかりだけど、俺は一方的に君の事を知っていたんだよね」

「まあちょっと前に騒動にもなりましたからね。嫌な目立ち方ですけど」

「確かにそれもあるけど、それ以前から俺は知っているんだよ。具体的には去年からかな」

「え? 接点ないと思いますけど」


 玖羽弥は何故俺の事を去年から知っているのかを話し始めた。その話を聞いて俺はその訳に納得した。

 彼がまだ一年生の頃、三年生に美希がいたのだ。その時玖羽弥は、一年生ならがにして生徒会に入っており、仕事上美希と関わる機会が多かったそうだ。

 その時に美希から俺の話を時たま聞いていたらしいのだ。そして入学する事も最後には漏らしていたらしく、玖羽弥は一方的に俺の存在を知っていたのだ。


「いや~小鳥遊先輩には色々と迷惑を掛けられたよ。大変だったけど、楽しかったね。あの人と話す時間は非日常的で俺の楽しみだったよ」

「姉がその節はご迷惑をお掛けしました」

「あははは。謝る必要なんてないよ。というか、話に聞いていた通り本当にいい弟だね」

「俺がですか? いえいえ、美希姉からすればウザったい弟で面倒な奴っていう認識だったと思いますよ。なので、いい弟っていうのは勘違いかと」

「まあ、そういう事にしておくよ」


 玖羽弥が爽やかに笑う。

 俺は基本初めて話す相手には人見知りで、全然話せない。だが、姉の知り合いかつ一方的に知られている状況だからなのか、珍しくそんな事なく普通に会話が出来ていた。


「兄さんは、いつも距離を詰めるのが速いですね」

「あ~ごめん小鳥遊君。嫌な気持ちにさせたよね。俺の悪い癖なんだ」

「小鳥遊さん。すいませんうちの兄さん、初めてでもグイグイ行く癖があるんです」


 由依が足を止め振り返り、わざわざ俺に対して謝る。

 それを玖羽弥は苦笑いしつつ見守る。その後、俺に対して片手で申し訳ないというポーズをする。

 直後、由依がその態度を見ると玖羽弥に対し軽く注意を始めた。

 その様子に俺はどことなく親近感が湧いた。


「本当に今後注意するから。それよりも由依、今は小鳥遊君もいるし先を急がない?」

「はぁ~そうですね。小鳥遊さん、すいません変な事に巻き込んでしまって」

「いやいや。俺も姉がいるんで分からないもないっていうか」

「え、小鳥遊さんお姉さんがいるんですか?」


 そこで俺は初めて由依に自分に姉がいる事を話した。今まで俺が姉の事を話した相手は羽石と牛尾田の二人だけである。なので、この学園で俺に姉がいる存在を知っているのは数少ない人物だけである。

 その後は由依と妹、弟だからこその話で少し盛り上がった。その間玖羽弥は、何とも居ずらい表情をしていた。

 そんな話をしているうちに、麗奈がいるテーブルに到着する。


 そのテーブルには麗奈以外にも生徒会メンバーが座って昼食を取っていた。

 麗奈の隣には氷水が座り、更にその奥には真中が座っていた。

 真中とはこうして顔を合わせるのは初めてである。だが、彼が麗奈に告白し玉砕しているのを一方的に見ているので俺は少し申し訳ない気持ちになる。


「あれ、祐樹君。由依と玖羽弥先輩と一緒に来たの?」

「うん。入口付近でバッタリ会ってね。というか、全然探せなかったから案内してもらったんだ」

「麗奈。小鳥遊さん呼ぶなら、場所くらい伝えておきなさいよ。この中から探すのは無理でしょ」

「ごめんね。分からなかったら連絡くれるかなって思って。不親切だったね」

「そんな謝らないで。大丈夫だったしさ」


 そのまま玖羽弥が奥の席に行き、次に由依がその隣に座る。俺は気を使ってもらってなのか、麗奈の前に座らせてもった。

 俺が机の上で弁当箱を広げると麗奈と氷水が反応して来た。


「え、小鳥遊先輩お弁当なんですか!? 母特製弁当的な」

「いや、今うちは両親とも海外でいないから自炊だよ」

「マジすか!? 尊敬するっす」

「へ~祐樹君って料理得意なんだね。どれも美味しそう」


 覗き込んで来る麗奈に俺は少し弁当を麗奈の方へ押した。


「何か一つ食べる? 口に合えばだけど。あ、嫌だったらいいよ」

「嫌な訳ないじゃん。そうだな~じゃ、卵焼きで」


 麗奈は自分の端で俺の弁当から卵焼きを一切れ取り出す。

 そして口へと運び、美味しそうに食べた。


「すっごく美味しいよ祐樹君!」

「それは良かった」

「私、全然料理上手くないから祐樹君にお返して何か作ってこれないな」

「そんな気を使わなくていいよ」

「気とかじゃないよ。彼女として、このまま彼氏にやられっぱなしじゃ立つ瀬がないでしょ」

「そんな事ないと思うけど」

「あるよ。祐樹君に彼女っぽい事何も出来てないしさ」

「あ~おほん。二人の空間の所申し訳ないが、私たちもいる事を忘れないで欲しい」


 由依の言葉で俺と麗奈は互いに反省し、少し耳を赤くした。

 その光景に氷水は笑顔で「ごちそうさま」と小声で呟き、玖羽弥は笑顔で見守っていた。そんな中、真中だけはこちらに睨んで来ていた。

 そりゃ自分が好きだった相手が、別の相手とイチャイチャしている様な場所を見たらそんな風になるよな。

 俺は真中の事を考え反省していると、真中が小さくため息をついた。


「冴島さん。その人が、噂の彼氏ですか?」

「うん。そうだったね、真中君には紹介してなかったね。彼が私の彼氏、小鳥遊祐樹君だよ」


 麗奈に紹介され、俺は少し立ち上がり真中に自己紹介し軽くお辞儀する。

 真中はそれに対し軽く礼をし返してくれる。


「真中彰吾しょうご。同学年で生徒会では書記をしている。よろしく」

「よろしく」


 少しそっけない態度であったが、真中は自己紹介を終える。

 その直後、隣に座っていた氷水が小声で何か真中に伝えた。そのまま小さな言い合いが始まるも、直ぐに終わる。

 雰囲気的に喧嘩ではなさそうだが、この場でそれを問いかけるのもどうなのかと思い俺は特に何も言わず言葉を飲み込んだ。


 するとそれを察してくれたのか、隣にいた由依が小声で教えてくれた。

 どうやらあの二人は日常的にあのようなやり取りをする仲らしい。

 先輩後輩であるが、氷水が真中に対しズバッと言葉を伝えるのだとか。

 決して見下している訳ではないらしい。


「仕事に影響はないし、言えることを言える関係って意外とないし私としては相性はいいんじゃないかと思っているの」

「そうですかね?」

「あ! 御木本会長! もしかして、そいつにここが相性いい的な事いいましたね!」

「ちょ! 会長さん。それだけはやめてくださいよ。真中……さんと相性いいとかあり得ませんから」

「お前今呼び捨てしたろ、氷水」

「はて、何の事ですかね真中さん。私先輩を呼び捨てとかしませんよ。という事で、小鳥遊先輩真中さんとは決して相性がいい訳じゃないので、そこは間違わない様に」

「そうだぞ小鳥遊! こんな後輩と相性がいい訳ないからな、そこだけは覚えておけよ小鳥遊!」


 その後も二人は小さな小競り合いを続けるも、玖羽弥が仲介に入り終了する。

 俺はそのやり取りを見た後、由依に視線を向けた。


「ね。相性良さそうでしょ」

「確かに」


 それから俺は麗奈を含め生徒会メンバーと共に昼食を取り、皆と仲を深めた。

 食後も暫く雑談をした後、御木本兄妹が先に席を立った。

 それからもう暫くしてから、俺と麗奈たち全員で席を立った。

 食堂を出ると氷水は図書館へ、真中は友人からの電話で離れて行った。

 そして俺と麗奈は急に二人っきりになってしまう。

 暫く無言のまま廊下を歩いていたが、このままじゃせっかくの二人の時間が勿体無いと思い俺が口火を切る。


「あ、あのちょっと歩かない?」

「え?」

「あいや、その、もう歩いているけど、何ていうかまだ昼休みはあるし、せっかく二人っきりだし何処かで話さないっていう誘いっていうか、何と言うか」


 俺がテンパりにテンパった姿と言動に、麗奈は笑っていた。


「ちょ祐樹君、焦り過ぎでしょ。あははは。笑っちゃってごめんだけど、さっきのは笑っちゃっうって、あははは」

「そ、そうだよね。あはは」


 顔から火が出る思いの中、俺は苦笑いをした。

 もし時間が戻せるなら今のを無かった事にしたいくらいだ。

 その後、麗奈と共中庭へと向かった。


 中庭にはもちろん他に生徒がいたが、俺たちは空いているベンチに座った。

 そのままさっきのテンパった話から始まり、午前の授業や俺の自炊の話などをした。もちろん俺ばかりではなく、麗奈の話も聞き互いに知らない事を知れるいい時間を過ごした。


「あ、ごめん。ちょっと連絡が来たみたいだから携帯見てもいい?」

「全然それは構わないよ。というか、そんなのに許可取らなくていいよ」

「そう? 分かった、ありがとう」


 麗奈は俺に背を向けながら携帯に届いたメッセージを確認し始める。

 俺は遠くを眺めながら、なんて幸せな時間なんだとしみじみとしていた。

 あ~麗奈との会話ずっとしてたいな。楽し過ぎるだろ。

 彼女だから? いや、相手が麗奈だからだろ。間違いない。このまま一生時間が過ぎない欲しいわ。


 だがそれが叶わない事は分かっている。

 彼氏彼女ならば、ここで終わったとしても放課後一緒に帰れたりするからいい。

 しかし麗奈は忙しい生徒会、しかも副会長となれば放課後なんて一緒に帰れる機会は少ない。

 俺はこの幸せな時間をもっと過ごしたいあまり、生徒会の仕事がなくなればいいのにと思ってしまう。直ぐに最低な考えだったと反省した。


「ごめん、ありがとう祐樹君」

「いやいや。何か急用の連絡だった? もしそうなら、そっちを優先してもらっても」

「いやそういうのじゃなくて。その」


 突然黙る麗奈に俺は首を傾げる。

 麗奈はチラチラと俺の方を何度か見た後、身体を俺の方に向けて来た。

 そして少し苦笑いをしながら口を開く。


「由依からね。今日の生徒会は休みって連絡が来ただけ」

「え、マジ?」


 俺は、心の声が口から出ていた事に暫くしてから気付くのだった。

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