第28話 それぞれの葛藤
玄関の扉の鍵を開け、家へと入り玄関で俺は靴を脱ぐ。
時刻は十九時を少し過ぎた頃であった。
リビングへとは寄らずに二階の自室へと向かう。
すると、そこに美希が棒付きアイスを口にした状態でリビングから出て来て遭遇した。
「あ、帰って来た。こんな時間までどこ行ってたんだ、弟よ~」
美希の面倒な絡みに俺は無言で反応せず、そのまま階段へと向かう。
「おい、無視とは何だ! 無視とは」
「何何、祐樹帰って来たの?」
そこへ望美も顔を出す。
美希は食べきったアイスの棒を俺に向けてがみがみ口にし続ける。
俺はそんな二人に対し、一旦階段で足を止めて視線を向ける。
「ただいま。後でシャワーは入るけど、ご飯はいいや」
「何でそんな元気がない顔してるんだよ」
「……美希姉には関係ないだろ」
「なんだと! 人がせっかく心配してやってるのに、何だよその口の利き方は!」
「こらこら美希。口が悪いよ。祐樹もそんなそっけない態度取らないで」
「もう部屋に行くから、今日は構わないで」
俺は二人に冷たい態度をとり、階段を上がって行く。
そんな俺が美希は気に入らないのか、睨みつけ追いかけようとするが、望美がそれを止めた。
「何するんだよ望美姉。あんな態度取られて頭に来ないのか?」
「あからさまに何かあった感じでしょ。何処に行ってたか分からないけど、誰かと何かあったんじゃないの。今はそっとしておいてあげましょう」
「っ……はぁ~だったとしても、あの態度はねえだろ」
美希は手に持ったアイスの棒を口に咥え、それを強く噛みしめ不満そうな態度でリビングへと戻った。
それを見届けた望美は、二階へと少し見つめてからリビングへと戻って行くのだった。
俺は部屋に入り、斜め掛けバックを地面に置き捨てる。
電気もつけずにベットへとそのままうつ伏せに倒れた。
暫くしてから起き上がり、窓から入る月明かりを見つめる。
その窓から対面側に詩帆の家が見えた。
無言で数秒見つめた後、視線を外しベットに座る体勢に変え両手で顔を覆い頭を抱える。
二時間程までに起きたカフェでの出来事を思い出す。
たわいのない会話でまた明日からいつも通りの関係に戻れると思っていた。
だが、そうはならなかった。
詩帆からの告白。今まで片想いをしていたと初めて知った。
片想いがどれほど辛く、今日の言葉を言うのにどれほど勇気を振り絞ったのかよく分かる。
だからこそ、俺のこれまでの態度は詩帆からしたら辛かったと思う。
知ったかぶりをしたいわけではないが、どうしてもそう考えてしまう。
気持ちを知ってしまったからこそ、目を背けられなくなった。
もしかしたら、俺は薄々詩帆の気持ちに気付いていたがあえて見て来なかったのかもしれない。
今日も途中自然と詩帆に話させるのを嫌がった。このまま話続けさせると何だか嫌な感じがするという気持ちが何処かにあったのだ。
終わってからようやく実感する、自分への嫌悪感。
最低だ。詩帆に対しても、麗奈に対しても。
「俺は……俺は……」
その日、部屋には誰もやって来なかった。
俺は一人勝手にネガティブな感情になり、反省し、後悔し、嫌悪した。
忘れることなんて出来ないし、過去は変えられない。
いつまでも振り返っている訳にはいかない。嫌でも明日は来る。
立ち止まっていても時間は過ぎる。
目を背けず、嫌でも立ち向かわないといけない。
このまま逃げてはいけない。詩帆の勇気に、俺は答えを出さないとダメなんだ。
だから、怖くても震えても悩んでも苦しんでも進め。
一歩一歩進むんだ。逃げるな、俺。
俺は、その日夜は全然寝付けなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「っ~~!」
「いつまでそうしてるんだい、うみちゃん?」
佐藤はぬいぐるみの龍の姿で、クッションに顔をうずめ悶える詩帆を見て何度目かのため息をつく。
すると詩帆がクッションからようやく顔を出す。耳は赤く、頬も少し火照っていた。
そのままクッションを握りしめたまま佐藤へと視線を向けた。
「だって。だって。こ、こここ、告白しちゃったんだよ! そんなつもりはなかったんだけど、何かこう気持ちが溢れちゃって。あーもう! 明日から学校なのにどうすればいいのよ!」
再び詩帆はクッションへと顔をうずめ、悶え始める。
佐藤はダメだこりゃという表情をし肩をすくめる。
「しちゃったもんは仕方ないでしょ。返答はもらってないなら、まだ脈はあるって事でしょ。なら、成功率を上げるために明日からも普段通りに接するんだよ」
「そんな事無理だよー! 絶対意識しちゃうし、普通に話せないから」
「それは小鳥遊祐樹だって同じ。こっちは何にもなかった様な態度で揺さぶるんだよ。そしたら向こうはモヤモヤする。そう簡単に楽にさせちゃダメさ」
「それ逆効果にならない?」
「うっ……確かにそういう考え方もある」
突然の反論に、佐藤は確かに祐樹ならば相手が何ともなければ、深く考えなくてもいいかと捉えてしまうかもと思ってしまう。
詩帆は今日の告白によって、もう元の関係には戻れないと考えていた。
成功しても失敗しても元の幼馴染には戻れない。関係が壊れるのが嫌だったから告白が出来なかったのもある。
だけれど、一歩踏み出さなければ何も変わらないと分かっていた。
恋愛は恋した方が負けなのだ。何故ならその気持ちを伝えない限り、ずっと連れ添わなければいけないのだから。
相手と近ければ近い程、それは大きな重荷になる。
気持ちを伝えるのにも伝えずに隠すのにも辛く苦しい時間だ。決して楽にはなれない。
「(あ~どうして告白なんてしちゃったんだろ。あの場の雰囲気に呑まれた? いや、自分の気持ちが止められなかった感じなのよね。普段ならグッと我慢出来るのに)」
詩帆はクッションから少し顔を出しながら、自分の行動を振り返る。
携帯も帰って来てから怖くて見れてすらなかった。
未だに鼓動も速くなっていた。
「とりあえず、明日は変に避けずに自然体で過ごして相手の出方を見る」
「うう~ゆうちゃんの様子か……どんな感じで明日顔合わせればいいの?」
「それは……いつも感じでいけるよ、うみちゃん」
「そのいつもの感じが出来ないから困ってるんだよ~!」
その日佐藤は詩帆の愚痴に夜遅くまで付き合わされるのであった。
――その日の深夜。
ほとんどの人々が寝静まり、明かりも消えた時間。
大きな桜の木が特徴である公園のベンチにて、田中が座っていた。
田中は灯りに照らされたベンチにて、月を眺め続けていた。
そこへ一匹の黒い猫がやって来てベンチへと飛び上がる。そのまま田中の真横に座る。
「おやおや、珍しいすっね。黒猫ちゃんがこんな時間に一匹とは。わっちと一緒に月でも眺めたいんですか?」
「止めろ田中」
「うわっ! しゃべった!」
「いい加減分かれ。俺だ、鈴木だ」
「なんだ~すずきちゃんか。本当に猫だと思ってたよ」
「動物が俺たちの事を認識出来る訳ないだろうが。それすら忘れるポンコツかお前は」
「いや~それほどでも」
「褒めてない」
鈴木の言葉に田中は乾いた笑いを続けた。
変わらない態度に鈴木はため息をつく。
「今日はこんな無駄話をしに来たんじゃない。お前、あの日佐藤から何を提案された?」
「あの日?」
「とぼけるな。俺と会ったあの日だ。佐藤の方からも接触があったんだろ?」
暫く田中は思い出す様な行動をする。
その様子に鈴木は少しイラつく態度をとるが、声には出さなかった。
「あ~あの日ね。さとうちゃんとも会った会った!」
「で、何を提案されたんだ?」
「え、言えないよ。あれはさとうちゃんとの秘密だからさ」
「あいつの肩を持つのか。それともあいつと組んでいるのか?」
「別にそういう訳じゃないけど、秘密は秘密だから言えないだけさ。それがアドバイスをくれた、すずきちゃんでもね」
「あーそうかよ」
そこで鈴木はベンチから降り、立ち去ろうとするが田中が呼び止める。
「何だ? 話す気にでもなったか?」
「うん。条件付きだけど、すずきちゃんの質問に何でも答えてもいいよ。あの日何をしたのかとか。さとうちゃんの固有能力、とか」
鈴木はその言葉を聞き、再びベンチへと飛び上がった。
そして田中に近付く。
「嘘じゃないだろうな」
「わっちが嘘が下手なの知ってて言ってるの? 分かってる癖に~」
「……で、条件ってのは何だ?」
「お、交渉成立だね。それはね、わっちのたわいもない質問に答えて欲しいだけさ」
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