第27話 丘の上の公園

 夢を見た。内容は少し朧気ながら何故か覚えている。

 俺と麗奈が楽しげにデートしているのだ。

 場所は遊園地や水族館、観光名所など様々であった。そのまま夢が終わるかと思いきや、何故か最後に別れ話を切り出され別れるという最悪な展開であった。

 理由は浮気をした、楽しげじゃない、話が合わないなど毎回違った。夢ながら一番胸を締め付けられたのが他の女に目移りしてたである。

 そんな事は決してないが、水族館での一件が甦り麗奈の前で投影される。

 そのまま追求され、俺は事故だとか故意はないなどという言い訳しか伝えられなかったのだ。

 その後、麗奈は目の前から消え俺だけの空間となり真っ暗になる。そして暫くすると再び夢が最初から始まり繰り返されるのだ。


「朝から最悪な気分だ...」


 携帯の目覚ましで俺は目を覚ます。まだ蒸し暑くもないのに寝汗で服が少し湿っていた。

 俺は部屋を出てリビングへと向かう。


 時刻は朝の七時。部屋も暗く誰もまだ起きていなかった。

 冷蔵庫から冷えた水を取り出し、渇いた喉を潤した。

 そしてリビングへと最初に姿を現したのは田中であった。

 田中は浮遊しながらあくびをし、俺の視線に気付く。


「あ、おはようたかちゃん~」

「……おう。昨日は本当に姿現さなかったんだな」

「そうだよ。だから心配しないでいいって言ったじゃん。うあ~ねむ」

「わるい。ありがとうな」


 俺は田中の目を見てそれを言えず、少しそっぽを向いた。そのまま手に持った水を冷蔵庫へと戻す。

 田中の事だから茶化して来るかと思ったが、そんな事はなかった。

 その後、俺は食パンで朝食を作り始める。田中はリビングのソファーに座りテレビを見始めていた。


「おい田中、お前も朝飯食うか?」

「え! たかちゃん作ってくれるの? ヤッホー」

「急にテンション高いなお前。まあいいけど、食べるのな」

「食べる食べる! 楽しみだな~たかちゃんのご・は・ん♪」

「全く調子のいい奴だな」


 俺はそう言いながらも笑いながら朝食を作り続けた。

 その時だった、突然頭の中に今見ていると似た風景の記憶が出て来る。

 田中にご飯を自分から作ると言ったのは初めてであり、以前に見たことない風景であった。

 何かの夢で見た風景が偶然一致したり、思い出したりしたのかもしれない。だが、何にしろ変な体験をし俺の手は止まっていた。


「(何だったんだ、今のは。一瞬だったけど見覚えがある様な感じの風景)」


 俺が考え事をしていると、調理していた朝食から少し焦げ臭い匂いが上がる。咄嗟に火を弱め朝食の状態を確認した。

 とりあえず黒焦げにはならず、少し焦げた程度ですんだ。その後皿を二枚用意し、田中が待つリビングへと向かう。

 テレビを見ながら俺は田中と一緒に朝食をとる。


 朝食を食べ終えテレビを見続けながら、俺は詩帆からの昨日の連絡を思い出す。

 今日の夕方に呼び出しを受けている件である。

 何の話をするのだろうか? 水族館の件以外にもあるのか? 電話ではしない話って何だ?

 考えだしたら止まらず、少し不安になり始めてしまう。


 誰かに相談したくなるが、彼女である麗奈は当然言えない。家にいる姉二人にも当然言えない。茶化されるし付いて来そうなので。そして目の前の田中が一番選択肢としてまともだが、話した所で相談解決するのか分からなかった。

 そう考えた直後、田中は何かを察したのか突然振り返って来た。


「たかちゃん、わっちの事見てた?」

「え、いや、ちょっと視界に入ってただけだ」


 咄嗟に俺は嘘をつく。

 だが、田中は心を読めるので意味がないとすぐさま思い出す。

 直ぐに嘘だろと言われ、更には悩み事すら見抜かれるのだろうなと覚悟する。

 しかし、田中は俺の事を鵜呑みにし再びテレビへと視線を向けた。

 覚悟していただけに全く想像してない行動に、気が抜けてしまう。


「(あれ? どういう事? いつもならズバズバと人の考え事とか口に出して来る癖に。おーい、田中。どうせ聞こえてるだろ? おーい)」


 俺はあえて心の中で声を出し、田中に呼び掛ける。

 だが結果は変わらず、田中は全く反応しなかったのだ。

 聞こえているのにわざと反応していないだけかもとしれないと、俺は考え続けて心の中で声を出し続ける。しかし結果は変わらなかった。


 かなり騒がしい感じで呼びかけたり、ちょっと馬鹿にするような言葉も入れたが何にも無反応であった。

 ここまでやって何にも反応がないという事は、本当に聞こえていないのだろうと俺は判断する。だが、どうして突然心が読めなくなったのかと俺は考えだしてしまう。


「あれ、早起きなのね祐樹」


 そこへ突然望美が起きてリビングへとやって来た。

 俺は驚き振り返ってしまう。望美はこちらを見ていたが、俺が変に驚いている表情に少し首を傾げる。


「お、おはよう望美姉」

「おはよう。どうしたのそんなに驚いて。何かお姉ちゃんに見られたくないものでもあった?」

「え、あ、いや。そんなんじゃないんだ。朝家に誰かいることが久しぶりで」

「そうだったのね」


 望美はそのままキッチンへと向かって行った。

 俺はすぐさま田中の方へと視線を向ける。だが、そこに田中の姿はなかった。

 周囲や机の下や天井まで見たが、何処にもいなかったのだ。


 俺との昨日の約束を守っているのだろうかとも考えた。が、突然と消えた事に俺は驚きが隠せなかった。暫くすると美希もリビングにやって来るのだった。

 その後二人の姉は朝食を食べ始め、今日の予定をどうするか俺を含めて話し始める。話し合いの結果、望美に周辺を案内する事になりショッピングモールまで出かける事になるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――時刻は十六時になる十分前。

 俺は息を切らしながら、丘の上の公園へと辿り着く。


「(とりあえず間に合った)」


 公園には綺麗な夕日を見ようと未だ多くの人がいた。

 この場所はちょっとした絶景スポットとして有名な公園である。

 俺は息を整えながら、絶景が見えるポイントから少し後方に離れた場所で腰を掛けながら詩帆を探す。


 午前中から午後にかけ二人の姉と共にショッピングモールなどを案内と買い物の付き合いをしていた。事前に夕方に用事があると伝えていたが、姉二人が盛り上がってしまい抜けずらくなっていたのだった。

 しかし、強引に荷物なども渡し走って詩帆が呼び出した場所へと辿り着いたのだ。


「(マジで間に合わないかと思った。まさか、あんなに買い物で盛り上がるとは思ってなかった)」


 俺がため息をついて俯きながら今日の事を思い出していると、目の前に誰かが足を止める。直ぐに顔を上げると、そこには詩帆が立っていた。


「早いね、ゆうちゃん」

「うみ」

「私としては、来てくれないんじゃないかなって思っていた。色々と、あったしさ」

「……そうだな。でも、お前から話があるって言われて来ないなんて選択はなかったよ」

「っ、そういうとこだよ」

「何か言ったか?」

「ありがとうって言ったの。あんな突然のメッセージでごめんね」

「気にするな」


 そこで互いに視線が合い、急に黙り込んでしまう。

 何となく気まずい雰囲気に二人は同時にそっぽを向く。


「と、とりあえずここじゃなんだし、上のカフェに行こう」

「お、おう。行こうか」


 少しぎこちない感じで二人はカフェへと向かった。

 カフェには店内だけでなく、テラス席もあった。既に店内の席は埋まっていた為、俺たちはテラス席へと購入した物を持って移動した。

 地元の人でないとここにカフェがあると知らないため、ちょっとした穴場スポットである。

 特にテラス席は夕日が一番良く見える場所が多く、家族や恋人同士が集まっていたりするのだ。


「まさかテラス席になっちゃうなんてね。ごめんね、ゆうちゃん」

「うみが謝る必要はないだろ。店内が満席なんだし仕方ないだろ」


 俺たちは正面に座りながら購入した飲み物を口にする。

 左からは夕日がこちらを照らしていた。

 暫く俺たちはその絶景を無言のまま楽しんだ。


「ゆうちゃん、こないだは置いて行っちゃってごめん」

「気にするなよ。色々とあったし、うみの気持ちも分からなくないからな」

「ありがとうゆうちゃん」


 その時の詩帆の優しい顔に俺は一瞬ドキッとしてしまう。

 この場の雰囲気もあったかもしれないが、妹的な存在である詩帆にそんな気持ちになるとは思わず俺自身も驚いていた。

 俺はこのまま黙り込みそうになったので、咄嗟に話を振った。


「そういえば、この前のうちの姉たちと会ったんだってな」

「うん。望美さんも美希さんも元気そうだったね。望美さんはいつぶりだろう」

「うみ、その時俺に彼女が出来たこと言ったろ」


 その後姉の話でいつもの様な雰囲気で会話を続けた。

 俺はこれが今まで通りの関係、気楽に楽しく会話できるこの雰囲気だよと思っていた。だが、それは詩帆の言葉で元の少し緊張する様な雰囲気に戻される。


「ゆうちゃん、今日は水族館の件で話をする為に呼んだんだ」

「……そう、だったな」


 詩帆はそこで小さく深呼吸していた。

 俺はその姿を見て鼓動が速くなる。


「あの日事故があったでしょ。ゆうちゃんがどう思っているか分からないけど」

「事故だろ、故意があった訳じゃないしよ。人も多かったし、ああいう事故があっても仕方ないだろ。気にするなって言うのもあれだけど、まあ、その、なんだ」


 言葉が全然まとまらず、俺は途中で言葉に詰まってしまう。

 俺は何となく詩帆に話せないように、自分ばかり話していたが、そんな事が続く事はなかった。

 完全に出る言葉がなくなり、俺は詩帆の顔が見れずになり少し俯く。


「ゆうちゃん」

「っ……」

「ゆうちゃん、こっち見て」


 詩帆の言葉に俺は一度は逆らうが、これ以上逆らえないと思ってしまいゆっくりを顔を上げる。するとタイミング良くなのか、夕日が強く照らしだす。


「ゆうちゃん。あの日ね、あれは事故って言ったけど、本当は違うの」

「え」

「結果的に事故的になったけど、本当は故意でキスしようとしたの」


 俺は詩帆の言っている事に理解が追い付かず固まってしまう。

 だが、そんな事構わず詩帆は話し続ける。


「私、ゆうちゃんに彼女がいるの知っててそんな事しようとしたんだ。最悪最低だよね。幻滅したよね。でもね、私このまま見てるだけじゃ嫌になったの」

「……」

「……私、ゆうちゃんの事が前から好きなの。異性として」

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