第22巡 茅ヶ谷巡の寂寞貪り
あの舞台公演から早々2週間が経つ。
まだ当時の潜熱が胸に刻まれたままに、自分は食堂で学食のCセットを嗜む……ひとりぼっち大学生に戻る。こっちこそが平常運転のはずなのになぜだろうか、ちょっと寂しさを覚えたりする。心なしかチキングリルが薄味に感じるのは錯覚か、はたまた精神状態のせいか、まだよく分からない。
舞台の後。精密検査を受けた馬場園さんは、鼻骨骨折と診断されてしまったらしいけど、脳には異常が無く、他の後遺症などの心配もないんだそうだ。現在はフェイスガードを装着しつつ、舞台が興業的にも一定の成功を収めたことで、いよいよ劇団の本格旗揚げに着手する準備に勤しんでいる。ここ最近は大学にも通っておらず、しばらく逢ってもいないけど、役者及び主催者の馬場園さんをささやかながら応援したい。役者としての彼女を、まだまだ観ていたい。
その一方で、赤阪さんとは音沙汰がないというか……何度か自分の担当教員を通じてコンタクトを取ろうとしたんだけど、彼も色々忙しいらしくて、話すら交わしていない。そもそもあの演劇の下準備にもほとんど参加しなかったし、今に始まったわけじゃないと言えばそうだ。ただ勧誘されたというか、ちょっと強引にというか……とにかく赤阪さんが自分を脚本演出として馬場園さんに紹介したところから、あんな素敵な体験が出来た。そのことへの感謝の1つでも伝えたいんだけど、それは一体、いつになるのやら。
「うん……ごちそうさまでした」
両手を合わせた後。自分は完食したばかりのトレーを食器返却口へと移し置き、講義も終わったしこれからどうしようかなと思案したのち、舞台脚本担当時の影響で冷めやらぬミステリー熱から連想し、そういえば図書館に立寄る頻度が落ちていたなと思い出し、今日はそこで時間を有効利用することに決める。
自分は大学の3年生。
将来の岐路に立たされている。
目下、就職か大学院への進学か。
それはとても重要な選択肢だ。
けれど現状。ちょっとくらい先延ばしでもいいかななんて、気楽になっている。
他にも、考え事が出来たしね。
馬場園さんからは最高の脚本だと言って貰えたけれど、ほとんど役者さんたちが昇華してくれて、ちゃんとしたミステリーには程遠い内容だった自覚もある。脚本を含めたストーリーテラーとしての課題が浮き彫りになり、自分には身の程知らずな舞台を経験出来たおかげで、理想のミステリーがより鮮明になった気がする。つまりは自分も、ミステリーへの愛情もまだまだ、ということだ。
「おーカヤカヤダニっ! 偶然だなー!」
「え……——」
背後から、あまりにも聴き馴染みのある声。
一度はブラックリストに入れた声。
けれど最近は、どこかで待ち侘びていた声。
自分はすぐに振り返る。間違った名前で呼ばれていると知りながら。
そこには陽気な笑みと抱き合わせ、右手を振りに振り上げる、赤阪さんの姿がある。
今日はスーツにネクタイをしっかりと締め、不真面目に真面目といった様相だ。なんだか珍しい。
「——誰がカヤカヤダニですって?」
「あれ、違ったっけ?」
赤阪さんは嘘っぽくとぼけてみせる。
やれやれと、困ったなと、自分はわざとらしくおおよそ無意味な訂正をする。
「茅ヶ谷です。もう忘れたんですか?」
「いや、冗談だ……最初からな」
「……最初から、ね」
そう言って赤阪さんは徐にネクタイを解く。やっぱり堅苦しいのは、たとえば聖職であったとしても、彼には似合わない。本音を言えばもうちょっと誠実さというか、なんというか、そういうものを持っても良いと思うけど、まあ今すぐに指摘することじゃない。
双方で異なるマイペースで歩み寄る。
赤阪さんがのこのこと近付き、自分は立ち止まったままだ。
その出逢いは偶然か必然か。
ほどほどの疑問を、自分は失笑して訊く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます